学術会議はGHQのつくった「学問の戦後レジーム」

2020年10月12日 11:40

東京・六本木の日本学術会議(編集部撮影)

学術会議をめぐる議論が迷走している。菅首相が105人の推薦のうち99人の名簿しか見ていなかったことが「日本学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する」という学術会議法に違反していると野党は騒いでいるが、彼らは内閣に上がってくる膨大な決裁文書を首相がすべて見ろとでもいうのか。

「内閣総理大臣が〜する」という実務は内閣のスタッフが行うのであり、この場合は杉田官房副長官(内閣人事局長)だろう。ただこれは首相が本件をそれほど重視していなかったことを示唆している。今のような騒ぎになることを計算していたら、落とした6人の名前ぐらい見たはずだ。

内閣法制局の1983年答弁についての矛盾した説明も、準備不足をうかがわせる。もともと内閣が諮問機関の人事をその機関に白紙委任することはありえないので、民主的統制のまったくきかない従来の運用が異常であり、今回はそれを正常化しただけだ。

学術会議法は「学界の新憲法」

この異常な運用の背景には、学術会議法が学問の世界の新憲法だった歴史がある。戦前には日本学士院と学術研究会議があったが、戦争に協力した学術研究会議は解散され、幹部は公職追放になった。それを総理府所轄の政府機関として再建したのが日本学術会議だった。元会員の生駒俊明氏(東大名誉教授)はこう書いている。

日本学術会議は、戦後間もない時期にGHQが日本の「軍国主義」を廃絶し「民主主義」を根付かせるために、学者を組織し学界を日本社会の思想的バックボーン形成の中心に据えようとして、日本政府に作らせたものである。したがって、その組織構造は会員選出法を含めて極めて「民主的」であった。すなわち、ある一 定の資格をもつ「学者」が一票の選挙権を持ち、「学者」全員の直接選挙で会員を選出した。

学術会議は日本の再軍備を防ぐために政府に送り込まれた監視役であり、そのためには外郭団体ではなく政府の中枢に置く必要があった。ところがこの制度設計は裏目に出て、共産党が学術会議を乗っ取り、1950年の戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明などの極左的な方針をとるようになったため、吉田内閣はこれを民営化する方針を打ち出した。

学術会議が設立された4年後の1953年に、学術会議は民営化に反対する要望書を出している。ここでも「日本学術会議の設立に当つて異常な関心を示したGHQが、それを国家機関とすることを認めた」と、GHQの意向を強調している。

学術会議が諮問機関として機能しなくなったため、政府は学術審議会をつくり、学術会議に諮問することはほとんどなくなった。この状態を是正するため、1983年に学術会議法が改正されて学会推薦になり、共産党支配は弱まったが、今度は学会ボス支配になった。生駒氏はこう書いている。

少しでも自分の分野を予算配分等で有利に導こうと駆け引きが始まった。文部省の科学研究費補助金の審査委員に少しでも自分達の仲間が入るようにする。政府に対する勧告や要望はどう見ても我田引水としか思えないもので、「この分野の研究は大事であるから政府は予算をつけろ」と読めるものが頻発した。

腐敗した学術会議に代わって、科学技術庁の中で調整役だった科学技術会議が2001年の省庁再編で内閣府の総合科学技術会議になり、諮問機関としての役割を果たすようになった。総合科学技術会議の中に、学術会議改革委員会が設けられた。

2003年に発表された学術会議の改革案では、欧米主要国のアカデミーのような政府から独立した法人格を有する組織とするよう求める総合科学技術会議と、それに抵抗する学術会議の主張が両論併記のまま「今後10年以内により適切な設置形態を検討する」と約束し、問題を先送りした。

その後も2015年に内閣府の有識者会議が提言を出し、経団連が提言を出したが、いずれも「国から独立した法人格」をもつことが望ましいとしている。

政府から独立したアカデミーになるしかない

このように学術会議は学問の世界の「戦後レジーム」だが、死に体になったので放置されていた。その政治利用が安保法制のころからまたひどくなったので、政権が人事に介入したのだろう。

菅首相があえて6人の欠員を出し、自民党がさっそくプロジェクトチームをつくり、河野行革担当相が学術会議を行革の対象にした手際のよさをみると、意図的に「きわどい球」を投げて改革のきっかけにしたようにもみえる。

いずれにせよ、この問題が国会の最大の争点になることは確実だ。学術会議側は「6人を任命拒否した理由を説明しろ」というが、政府が諮問機関の人選を決めるのは当たり前で、誰を任命しなかったか個別に説明する必要はない。人事の独立性をもつ民間団体になることを拒否したのは、学術会議なのだ。

民営化の話が出てくると「論点のすり替えだ」と逃げるが、これこそ論点の矮小化だ。上でもみたように、学術会議が無用の長物になったのは、改革を拒否して占領体制の遺制を70年も放置し、「国営組織」の権威にしがみついてきたからだ。これを機に特殊法人や独立行政法人などの中途半端な制度設計も見直し、完全民営化できるものはすべきだ。

政府の科学技術予算はもっと増やす必要があるが、学術会議のように学会ボスが科研費を仕切って老人がポストを独占する状況が、日本の科学技術をだめにしている。今までも多くの関係者が提言してきたように「政府から独立したアカデミー」として人事も予算も独立するしかない。その予算は政府が委託研究費として支援すればいい。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

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