杉田官房副長官はどこで間違えたのか

2020年10月14日 06:01

学術会議の問題は、国会の最大の争点になってきた。これは森友・加計のような中身のない話ではなく、政府機関の制度設計という大きな問題だが、野党やマスコミが「学問の自由」という見当違いな争点を設定しているので話が噛み合わない。

わからないのは、なぜ官邸が欠員6人を出したのかということだ。12日の記者会見で菅首相は「99人の名簿しか見ていない」と口をすべらせたが、これだと6人の任命を拒否したのは首相の判断ではなかったことになる。その後「105人の名簿は決裁文書に添付されていた」とか「任命できない人が複数いると事前に説明を受けた 」とか話が二転三転している。

「霞ヶ関のKGB」と呼ばれる男

杉田内閣官房副長官(Wikipedia)

今回の影の主役は、杉田和博・内閣官房副長官(内閣人事局長)である。彼は警察出身で、2012年に第2次安倍内閣が発足したとき副長官になり、今年で8年という史上第2位の在任期間で79歳。安倍政権の内閣人事局による官僚支配の最高責任者だが、その人事には強引だという批判が強く、「霞ヶ関のKGB」とも呼ばれる。

内閣人事局は、安倍首相が官僚機構を支配する最大の武器だった。警察の情報網を駆使して官僚の弱みを握るすごみは、前川喜平元事務次官の歌舞伎町事件を察知して追及したのが杉田氏だったことでもわかる。

2013年に杉田氏が外務省の小松一郎氏を内閣法制局長官に起用した人事は強い反発を呼んだが、乗り切った。2017年の最高裁裁判官の人事でも最高裁の推薦した候補に「1枚ではなく、2枚持ってきてほしい」と言ったという。

学術会議については、大西隆元会長(東大名誉教授)によると、2016年の補充人事から介入が始まったようだ。「2014年の半数改選では介入はなかった」というので、これは2015年の安保法制をめぐる騒動で学術会議の会員が大きな役割を果たしたことに対する安倍首相の報復だったのかもしれない。当時の菅官房長官も意思決定には関与していたはずだ。

2017年の改選では杉田氏に110人超の名簿を求められたという。このときは学術会議の希望どおり105人が任命されたので、まったく問題にならなかった。2018年には内閣府と法制局が「推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」という政府見解を確認した。

今回は学術会議が推薦名簿を提出したのが8月31日、内閣府が99人の名簿を起案したのが9月24日で、菅首相が28日に決裁したということになっている。しかし菅内閣が発足したのは9月16日。1週間あまりで105人を身辺調査して6人を落としたとは考えにくい。実質的に判断したのは杉田氏で、身辺調査をしたのは警察か内閣情報調査室の職員だろう。

任命されなかった6人全員が「安全保障関連法に反対する学者の会」の署名者で、そのうち3人が民主主義科学者協会(共産党系)の元理事、宇野重規氏(東大教授)と加藤陽子氏(東大教授)は「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人である。

他にも今回、会員に任命された人のうち「反対する学者の会」のメンバーが10人いるので、安保法だけが基準とはいえないが、政治的要因であることは明らかだ。これは違法ではないが公安警察の発想で、学者の人事を通常の公務員と同じ方式でやったのが間違いだった。

今回は官邸が定員より多い名簿を要求した形跡はない。学術会議の山極寿一前会長(京大前総長)は「政府から問題点の指摘や妥当性の検証の要求はなかった」と明言している。これが今までとの最大の違いだが、学術会議はこれを受け入れ、10月1日に6人欠員のまま、新会員を発表した。

森友・加計より検察庁法改正案に似た展開

この流れを変えたのが、10月1日の『赤旗』のスクープだった。この情報源は任命拒否された松宮孝明氏(立命館大教授)らしく、彼はその後もマスコミや野党ヒアリングに出て「学者をなめ、学術会議をこけにした」などと政府を罵倒している。

政府が危機感をもったのは、1983年の国会答弁との矛盾が国会で追及されてからだろう。内閣が諮問機関の人事に裁量権をもつのは当然だが、中曽根内閣が「推薦された者は拒否しない」と答弁していることがわかり、法制局はにっちもさっちも行かなくなった。これは解釈を変更したと認めるべきだ。

学術会議も抗議声明を出し、多くの学会で抗議声明が出され、ネット署名が14万人集まった。この流れは森友・加計より、今年4月の検察庁法改正案に似てきた。あのときも黒川弘務・東京高検検事長の定年を延長したのは杉田氏だといわれている。法案そのものは国家公務員の定年延長の一環だったが、「検察の独立性」という話になり、検察OBが反対の意見書を出したことが大きかった。

今回は官邸の混乱した対応とちぐはぐな答弁をみると、わざと欠員を出して論議を呼ぼうとした陽動作戦ではないようだ。安倍首相が8月29日に突然、退陣を表明したため、政権移行期のドタバタで学術会議の人事までチェックする余裕がなく、菅首相への引き継ぎがうまく行かなかったのかもしれない。政府にも反省すべき点がある。

しかし問題の本質は、こういう手続き論ではない。学術会議は、安倍首相が総決算しようとした占領体制の遺制であり、たびたび独立性を高めるべきだと提言されたのに、改革を拒否してきた。野党もマスコミもこの問題から逃げているが、政府は改めるべき点は改め、この騒ぎを行政改革の突破口にしてほしい。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

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