「命か経済か」の不毛な論争を超えて~「Go To」問題の再整理を

篠田 英朗

作・胡麻油/Photo AC

日本医師会の中川俊男会長が、新型コロナの感染拡大と「Go Toトラベル」との関係について「エビデンス(証拠)がなかなかはっきりしないが、きっかけになったことは間違いない」と発言したことが、波紋を広げている。

この問題の背景には、結局われわれは何をしているのか、についての意識共有が図られていないことが存在していると思う。船橋洋一氏などは、「日本モデル」という概念を使うのは「日本特殊論だからダメだ」と言い続けているが、他国をどれだけ模倣できたかどうかを評価の中心に据えなければならない理由はない。

おかしな事業評価手法 ~ 日本学術会議、そして民間臨調報告書

「Go To」をめぐる論争を考えるにあたっても、私たちが今何を目標にして、そのために何をしているのかを意識化する作業が、まず大切ではないかと思う。

「命を取るか、経済を取るか」の短絡的で不毛の論争が広がりすぎた。そこにいつのまにか、どうしても全てを政府の責任したい左翼勢力と、それに反発する勢力のイデオロギー論争がからみあってきて、大変なことになってきている。

日本は、2月の段階から、ウイルスの撲滅を目指すのではなく、「重症者中心主義」で「社会経済活動との両立」を基調とした「抑制管理」を目指している。

三極化する世界の新型コロナ対応 ~「日本モデル」は抑制派の代表

「Go To」をめぐる論争も、まずはその点をよくふまえたうえで、行うべきだろう。

私は「第二波」の際に「日本モデルvs.西浦モデル2.0」という文章を連続シリーズで書き、最後は「日本モデル」の勝利を宣言して、終わりにした。

安倍首相に贈る日本モデルへの賛辞 〜 日本モデル vs. 西浦モデル2.0の正念場⑧

その時の大きなテーマは、「第一波」の際に大きな論争を呼んだ「人と人との接触の8割削減」だけが新型コロナ対策なのか、あるいは日本が追求してきている「抑制管理」アプローチに妥当性はあるのか、ということだった。私が「日本モデル」の勝利を宣言したのは、過剰な「人と人との接触の削減」を求めることなく、新規陽性者数の抑制に成功したからである。

ただし「第二波」の抑え込みは、感染者数をゼロにしたことを意味せず、「第二波」以前の緊急事態宣言終了直後の状態に戻ったことも意味しない。「第三波」における医療施設の負担が「第二波」のときよりも大きいのは、「第一波」終了時ほどの低水準までには、入院者数などが下がっていないところから「第三波」が始まったためだ

そこに早くから予測されていたとおり、冬に入って「換気」の徹底が不十分になる季節では、新規陽性者数の拡大の力学が高まり、いわゆる「第三波」の状態への突入が始まった。したがって「第二波」への対応と全く同じ対応で全く同じ結果が得られるとは言えない。政府の分科会が10月の段階から冬に備えるべきことを提言していたように、また11月9日に緊急提言という形で記者会見も行ったように、「第二波」とはまた違う対応が求められていたことは間違いない。

ただ、それはもう「人と人との接触の8割削減」をするかどうかの選択ではない、ということは、はっきりしている。

ウイルス撲滅を目指して国家財政が破綻するまで全国民毎日PCR検査に狂奔するか、ウイルスなど存在していないと強弁して何もしないか、の選択肢も、検討されていない。

「命か経済か」で言い争う必要もない。

政府は邪悪で無能なので否定されるべきかどうか、の国民投票を実施する必要もない。

すべては過去10か月ほどの間に蓄積した経験と、さらなる理論的推論とを組み合わせて、より精緻に行う「抑制管理」の政策の問題だ。

その観点から「Go To」キャンペーンについて考えてみよう。

「Go Toトラベル」のウェブサイトを見ると、次のような記述が見られる。

Go To トラベル事業は、ウィズコロナの時代における「新しい生活様式」に基づく旅のあり方を普及、定着させるものです。

 「Go Toイート」のウェブサイトにも次のように書かれている。

Go To Eatキャンペーンは、感染予防対策に取り組みながら頑張っている飲食店を応援し、食材を供給する農林漁業者を応援するものです。

これらの事業趣旨は、全く国民に理解されていないと言っていいだろう。「煽り」系メディアの意図的な扇動報道によるところが大きい。ただ、与党政治家たちが、「経済は止められない」といった誤解を招く悲壮感あふれた発言を繰り返すために、誤解が助長されている面があることも否めない。

日本の「抑制管理」を目指すアプローチでは、社会経済活動を止めるのでなく、感染拡大を防ぎながら、社会経済活動を続ける方法こそが、重要である。そこで政府は、事業主が積極的に感染拡大防止策を導入することを推奨する目的で、十分な予防策をとっている事業者を選定し、広く公にし、その事業者の感染予防と両立した活動を奨励する目的で、「Go To」を導入しているのである。

したがってまずは、この目的を十分に周知徹底する「コミュニケーション」のあり方を検証すべきだ。

さらにチェックして奨励している「感染予防策」が、果たして適切で十分な内容を持ったものであるかを、一定期間をへた後に検証する作業も、当然あっていいだろう。それがなければ国民の信頼も得られないし、事業の趣旨にも合致しない。その際に、「Go To」に対して不信感を持っている方々の意見も、より具体的なレベルで、よく聞いてみたらいい。

「日本特殊論はダメだ!」と言われているうちに、本当に「命か経済か」の不毛なイデオロギー論争に陥ってしまい、これまでの日本の現実的で堅実な取り組みの意義が全否定されてしまうことがないように、切に願う。