民主党のピンチとチャンス - 池田信夫

池田 信夫

今年中に民主党政権が誕生することは確実と多くの人が考えてきましたが、小沢一郎氏の政治資金問題で情勢が急転しました。私の印象では、4日の記者会見は訴訟戦術としては非常に拙劣だと思います。小沢氏は、大久保秘書が企業献金と認識していたのかどうかという根幹の事実関係について、検察に対抗できる証拠を何も示していません。10年以上にわたって総額2億円以上の献金を受けていた西松建設が献金元であることを「いちいち詮索しなかった」という説明も不自然です。


常識的に考えて、検察が何も証拠なしで強制捜査に入ることは考えられない。今回はすでに西松建設の家宅捜索で豊富な物証を得ていると思われるので、早くも「秘書が西松建設に請求書を出した」といったリークが出ています。「不公正な国家権力の行使」を糾弾する全面対決路線は、事実関係がくつがえると執行部を巻き込んで民主党全体の危機に波及しかねません。

本質的な問題は、小沢氏の政治力がこれによって失墜したことです。もちろん判決が確定するまでは推定無罪なので、田中角栄のように最高裁まで争うことはできるでしょう。しかし第一秘書が刑事被告人になっている状態で、小沢氏が首相になることは考えられない。秘書は24日までに起訴されるので、起訴事実が明らかになった段階で小沢氏も進退を判断することになるでしょう。

1993年の細川政権発足以来、日本の政治はずっと小沢氏を中心に回ってきました。それは自民党の中枢にいた彼の人脈や影響力が、ほとんど自民党総裁より強かったからです。私はジャーナリストとして小沢氏を取材していたころから、彼は大きな歴史観・国家観をもって政策を論理的に語る、日本では稀有な政治家だと思ってきました。本来は10年ぐらい前に彼が首相になって、政権交代と世代交代を進めるべきでした。

ところが小沢氏は肝心の局面になると政局的に立ち回って失敗し、何度もチャンスを失ってきました。そのうち彼が『日本改造計画』で掲げた自由主義的な政策は、小泉純一郎氏によって(不完全とはいえ)実行され、小沢氏の賞味期限はもう切れてしまいました。今度が最後のチャンスでしたが、それをこういう事件で失うとは、身から出た錆とはいえ、つくづく不運な政治家というしかない。

民主党の中でも、見かけほど小沢氏の基盤は強くありません。今までは総選挙で勝つために結束してきただけで、実際の中核は岡田克也氏を中心とする若手に移りつつあります。小沢氏が前の参院選で掲げた農家への所得補償などのバラマキ政策は、党内でもあまり支持がありません。小沢氏の退陣と一緒にこうした「空手形」を清算し、世代交代を実現して新たなマニフェストをつくることができれば、今回の事件は民主党にとってチャンスとなるでしょう。