不況のきっかけと原因とは違う--池尾和人

2009年05月08日 12:42

今回の金融・経済危機の前後で、「生産能力は衰えていない」というのは physical な意味では正しい。しかし、physical depreciation (物理的減耗)が起こっていないからといって、moral depreciation (非物理的減耗)が起きていないということにはならない。


1年前に買ったノート・パソコンを偶々、使うことなく保存してあったとしよう。物理的には全く新品のままであり、減耗してはいない。それでも、既に新製品が発売されていて、同価格でも1年前よりも一段上のスペックが当たり前になっていれば、1年前のノート・パソコンの価値は減価していると経済的には評価されざるを得ない。これが、moral depreciation (非物理的減耗)と呼ばれる現象である。moral depreciation (非物理的減耗)は、技術進歩によってももたらされるし、需要構造の変化によっても引き起こされる。

今回の危機の場合、国際的な経常収支の不均衡の拡大の過程で、米国では過剰消費が生じていた。そして、この過剰消費構造に対応するかたちで生産能力の形成が行われてきた。ところが、危機の発生とともに、過剰消費構造の強制的な是正が起こり、とくに自動車をはじめとした耐久消費財需要が急減することになった。この限りで、確かに不況の契機となったのは、需要変動である。

しかし、今回の需要の落ち込みは、消費者の「信頼」が回復すれば、元の水準に回復するような一過的なものであろうか。国際的な経常収支の不均衡の拡大を伴うかたちで行われていた米国の消費水準は持続可能なものではなく、インバランスが強制的に解消された後に実現可能な消費水準は、従来よりも低位なものでしかあり得ないのではないか。そうであれば、従来の消費水準を前提にして形成された生産能力の一部は、物理的には全く毀損されていなくても、経済的には過剰なものとなっていると判断される。

そうした過剰設備の解消なくしては、景気の本格的回復はあり得ない。人為的に需要を付けることによって、moral depreciation (非物理的減耗)をなかったものにしようという政策は、(サンク・コストに拘泥した)非効率的なものでしかない。

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