何らかの分野の「専門家」をして、その意見を発表せしめる場を提供している「アゴラ」。
そこに一応「法律家」としてメンバー参加させてもらっている私ですので、目下話題の「裁判員制度の導入」に関して、なにか一言あってしかるべきなのではと、(読者諸賢における期待の有無は別にして)自分でも思っている次第なのですが、いささか自分でもあきれるくらい制度そのものに対する興味がございません。
そこに一応「法律家」としてメンバー参加させてもらっている私ですので、目下話題の「裁判員制度の導入」に関して、なにか一言あってしかるべきなのではと、(読者諸賢における期待の有無は別にして)自分でも思っている次第なのですが、いささか自分でもあきれるくらい制度そのものに対する興味がございません。
私が刑事事件関連の仕事から足を洗って以来、巡る星霜、早や十余年。しかも私の場合は資格を取得したイギリスにおいて、ヒヨッコ法廷弁護士時代に4年間ほどMagistrates Court(治安判事裁判所と訳される)をドサ回りしていた程度のかかわり合いです。
少々説明が必要かもしれませんね。
治安判事裁判所は、「Magistrates(治安判事)」と呼ばれる裁判官が軽犯罪事件の公判と、重犯罪事件の予審を行う法廷です。治安判事は原則として一般人。つまりはその地の名士。 例外として弁護士が任命される場合もあります(特にロンドンなどの大都市部の裁判所に多い)。
治安判事は別名Justice of Peaceと呼ばれ、その名が示す通り、(少なくともタテマエ上は)その担当地域の治安(Peace)を維持するという大役を仰せつかっているのです。
私の個人的経験は、こうした治安裁判所に赴き、前日の夜にパブで飲み過ぎて大暴れしてしまい、警察にお世話になってしまった、どこかの国の某芸能人みたいな容疑者の保釈請求をしたり、万引きでつかまり既に犯行を認めている被告の量刑に際して情状酌量の弁論をしたり、自分を捨てた元カノ女を「殺す」とわめいて殺人脅迫罪に問われたオトコの保釈請求をしたり...(この最後の事件は私が見事に保釈を勝ちとったあと、被告がすぐに車で彼女を町中追いまわすという事態に発展。元カノは無事だったものの、車は大破。被告は再び収監され、監獄内で自殺未遂に及ぶという悪夢のような展開があったのでした。)とにかく、かなり精神的に滅入る、そして全然お金にならない、かなりトホホな仕事の連続でした。まぁ、こうした「トホホ」な仕事がイギリスの新米法廷弁護士の修行なのですが。
もっとも私が「トホホ」としていた一方で、生まれて初めて裁判所に出頭する羽目になったり、ブタ箱にぶちこまれたりしていたクライアントからすれば、「あなたの国選弁護士です」といわれて藁にもすがる気持ちで目を上げたところに、私という謎の東洋人(?)がいたわけですから、彼らのあの時の気持ちを慮ると...私は寛大な国際性をもって私という法律家のハシクレを育ててくれたイギリスという国とその法曹コミュニティーに一生足を向けて寝むれません。
とにもかくにもそういった次第で、残念ながら私は、あの「陪審員の紳士淑女の皆様!」という、法廷弁論を実際に自ら行った経験がありません。そういう弁論をしている先輩弁護士のとなりに座って、ノートをとっていたことならありますが。
しかし、当然ながら法廷弁護士研修期間中は、将来そうした法廷弁論をするべく教育をうけていました。その時の数々の経験も、十余年経った今でも赤面と胃痛なくしては思い出せない思い出ばかりなのですが、興味のある方にはそのころのエピソードをまとめた文章を以前、私の個人的なブログにアップしていますのでそちらをご参照ください。
話がだいぶそれましたが、私がこのようにイギリスで四苦八苦していた1990年代の後半に、日本からとある弁護士会のご一行様や、弁護士会の委託を受けたという弁護士先生方が、よくイギリスにお見えになっていたのです。皆さんの目的は、日本において将来一般人の参審制度を導入するにあたり、イギリスの陪審員制度を視察するということでした。
「矢澤さん。やはり陪審員制度はイギリス法制度の基本のキホンですよね!」
とおっしゃる、善意と意欲に満ちあふれた弁護士先生たちに向かい、当時は今よりもずっと正直で世渡り下手であった私は、
「いやぁ...民事裁判における陪審員制度は、名誉毀損事件を除いて全廃になっていますし、刑事事件においても最近『ギネス事件』という複雑な詐欺背任事件において陪審員を9ヶ月近く拘束しておきながら、起訴取り消しとなったという事例をうけて、ホワイトカラー犯罪における陪審員制度は見直しに入っているというべきですね...第一、陪審員裁判がイギリスにおける全て裁判に占めるパーセンテージは一ケタですよ...。」
などと、大学で教わった通りのことをそのまま言ってしまい、あの当時すでに一般人による参審制度を推進するべく運動中だった皆様に大いに水をさしていたのでした。
かくいうわけで、結局「裁判員制度」という形で結実した日本の参審制度ですが、わたしはここ十数年来の懐疑派なのです。
第一、英国の法制度をその歴史から学んだ私に言わせれば、制度だけを導入しても、なんにもならないと思えたのです。
英国史における陪審員制度の起源、つまりは「同輩による裁判(Trial by JuryもしくはTrial by Peers)」の起源は非常に古いです。この制度が明文化されたのはマグナ・カルタ(1215年)によってですが、この当時のイングランドは多民族国家でした。つまりアウトローとして法の保護の外に至るまで落ちぶれたロビン・フッドのような没落土豪はアングロ・サクソン系の先住民。ノッティンガムの長官がその虎の威を借るイングランド王はプランタジネット家の人間で、その取り巻きともどもフランスからやってきた、ノルマン人の末裔であり、フランスにも領土をもつヨソモノたちだったのです。
ここら辺の事情はロビンフッドの物語や、サー・ウォルター・スコットの歴史小説「アイヴァンホー」、そしてピーター・オトゥールとキャサリン・ヘップバーン主演の映画「冬のライオン」などをご参照ください。(この社会構図は言語としての英語の発展にも影響しています。つまり百姓は牛を「ox(ドイツ語ではOchse)」と呼び、それが領主様のテーブルにのる頃には「beef(フランス語ではboeuf)」になるといった具合。)
とにかく、こうした征服民と被征服民という緊張した社会情勢のなかで生まれたのが、「同輩による裁判への権利」、つまりは陪審員制度なのです。このノルマン人対サクソン人という対立の構図は、領主対農民、資本家対労働者という具合 に時代とともに変遷しつつ、それぞれの時代における社会的背景として英国法制度の下における陪審員制度のレゾン・デートルとなり、その制度の存在意義を裏付けていたのです。
こうした歴史に根ざした社会的価値観なくして、制度だけを輸入するのは、まさに「画竜点睛を欠く」のたとえ通りじゃないかと私には思えたのです。
しかし最近では、この裁判員制度も「必要悪」なのではないかと思うようになりました。
日本人は法制度、とくに刑事法制度に関心が無さ過ぎます。これは日本人独特の「ケガレ」の思想に根ざしていると思われるのですが、「犯罪」にたずさわるものを、容疑者はもとより、警察も、法曹も、いっしょくたに「カタギには関わりないこと」と敬遠し、まともな議論をしません。こうした社会風土が 検察/警察権力の独走を許し、冤罪事件を産み、 ついには国民の大多数が望んでいない裁判制度の導入までをも容認せしめているのではないでしょうか。
幾人もの無実の人が獄につながれようとも、「あっしにはかかわりねぇことでござんす」という国民が、ついに法の下の正義のありように目覚めるきっかけは「なんでこんなバカな制度に血税が費やされているんだ」という、より卑近な悲憤かもしれません。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(通称LSE)という風変わりな大学で法律を学んだ私は、「オートポイエイシスな法律」というケッタイな法哲学を学ばされました。誤解を恐れずに極めておおざっぱに言えば、これは「法律とは政治や経済などと並立した社会におけるコミュニケーションの一手段である」という学説です。例えば「同性結婚」が許されるのかどうかという問題に対して、社会の構成員はまず「政治」という手段でこれを議論し、次に「法律」という手段でこれを定義します。同様に、なにが法の下の平等であり、どのような刑事法制度がみんなが期待している正義をより納得のいく形で実現してくれるのか、という命題は今の日本において「政治」と「法律」という媒体を通じて今後より活発に議論されるべき問題です。
こうした視点から考えると、今回の「裁判員制度騒動」も問題提起としての存在意義があるのではなかろうか、と思えてきた今日この頃です。
なお、個人的には日本の刑事法制度改革のまず第一の目標は、日米安保協定の下、実質的に認められている在日米兵に対する治外法権の撤廃であるべきだと思っています。フィリピンでさえ(といったらマニー・パッキャオの祖国に失礼ですが)、フィリピン人女性を暴行した容疑で米兵を起訴できているのに(もっとも容疑者側から大金をもらった「被害者」女性が証言を撤回したようですが)、日本の警察/検察は満員電車でつかまった自国民の痴漢容疑者は鬼のように責め立てるくせに、メリケンさんにはみっともないまでに及び腰です。占領は今でも続いてるのです。日米安保協定の下の実質的治外法権に固執する米軍の一番の理由は、不当な(と彼らには思える...そして多分そのとおりです)容疑者の勾留期間と、警察/検察の尋問手法。日本の安全保障に貢献してくれている米軍のごく一部、少数のナラズ者の所行であることは理解していますが、沖縄(そしてその他の基地の町)の婦女子の涙を犠牲にしても譲れない治安維持上の理由などあるのでしょうか。
日本人は刑事法制度の有り様と共に、「国辱」という言葉の意味も考え直すべき時期にきているのではないかと私は思うのです。
オマケ。あぁ...オレもこんなことしてみたかったなぁ...。
少々説明が必要かもしれませんね。
治安判事裁判所は、「Magistrates(治安判事)」と呼ばれる裁判官が軽犯罪事件の公判と、重犯罪事件の予審を行う法廷です。治安判事は原則として一般人。つまりはその地の名士。 例外として弁護士が任命される場合もあります(特にロンドンなどの大都市部の裁判所に多い)。
治安判事は別名Justice of Peaceと呼ばれ、その名が示す通り、(少なくともタテマエ上は)その担当地域の治安(Peace)を維持するという大役を仰せつかっているのです。
私の個人的経験は、こうした治安裁判所に赴き、前日の夜にパブで飲み過ぎて大暴れしてしまい、警察にお世話になってしまった、どこかの国の某芸能人みたいな容疑者の保釈請求をしたり、万引きでつかまり既に犯行を認めている被告の量刑に際して情状酌量の弁論をしたり、自分を捨てた元カノ女を「殺す」とわめいて殺人脅迫罪に問われたオトコの保釈請求をしたり...(この最後の事件は私が見事に保釈を勝ちとったあと、被告がすぐに車で彼女を町中追いまわすという事態に発展。元カノは無事だったものの、車は大破。被告は再び収監され、監獄内で自殺未遂に及ぶという悪夢のような展開があったのでした。)とにかく、かなり精神的に滅入る、そして全然お金にならない、かなりトホホな仕事の連続でした。まぁ、こうした「トホホ」な仕事がイギリスの新米法廷弁護士の修行なのですが。
もっとも私が「トホホ」としていた一方で、生まれて初めて裁判所に出頭する羽目になったり、ブタ箱にぶちこまれたりしていたクライアントからすれば、「あなたの国選弁護士です」といわれて藁にもすがる気持ちで目を上げたところに、私という謎の東洋人(?)がいたわけですから、彼らのあの時の気持ちを慮ると...私は寛大な国際性をもって私という法律家のハシクレを育ててくれたイギリスという国とその法曹コミュニティーに一生足を向けて寝むれません。
とにもかくにもそういった次第で、残念ながら私は、あの「陪審員の紳士淑女の皆様!」という、法廷弁論を実際に自ら行った経験がありません。そういう弁論をしている先輩弁護士のとなりに座って、ノートをとっていたことならありますが。
しかし、当然ながら法廷弁護士研修期間中は、将来そうした法廷弁論をするべく教育をうけていました。その時の数々の経験も、十余年経った今でも赤面と胃痛なくしては思い出せない思い出ばかりなのですが、興味のある方にはそのころのエピソードをまとめた文章を以前、私の個人的なブログにアップしていますのでそちらをご参照ください。
話がだいぶそれましたが、私がこのようにイギリスで四苦八苦していた1990年代の後半に、日本からとある弁護士会のご一行様や、弁護士会の委託を受けたという弁護士先生方が、よくイギリスにお見えになっていたのです。皆さんの目的は、日本において将来一般人の参審制度を導入するにあたり、イギリスの陪審員制度を視察するということでした。
「矢澤さん。やはり陪審員制度はイギリス法制度の基本のキホンですよね!」
とおっしゃる、善意と意欲に満ちあふれた弁護士先生たちに向かい、当時は今よりもずっと正直で世渡り下手であった私は、
「いやぁ...民事裁判における陪審員制度は、名誉毀損事件を除いて全廃になっていますし、刑事事件においても最近『ギネス事件』という複雑な詐欺背任事件において陪審員を9ヶ月近く拘束しておきながら、起訴取り消しとなったという事例をうけて、ホワイトカラー犯罪における陪審員制度は見直しに入っているというべきですね...第一、陪審員裁判がイギリスにおける全て裁判に占めるパーセンテージは一ケタですよ...。」
などと、大学で教わった通りのことをそのまま言ってしまい、あの当時すでに一般人による参審制度を推進するべく運動中だった皆様に大いに水をさしていたのでした。
かくいうわけで、結局「裁判員制度」という形で結実した日本の参審制度ですが、わたしはここ十数年来の懐疑派なのです。
第一、英国の法制度をその歴史から学んだ私に言わせれば、制度だけを導入しても、なんにもならないと思えたのです。
英国史における陪審員制度の起源、つまりは「同輩による裁判(Trial by JuryもしくはTrial by Peers)」の起源は非常に古いです。この制度が明文化されたのはマグナ・カルタ(1215年)によってですが、この当時のイングランドは多民族国家でした。つまりアウトローとして法の保護の外に至るまで落ちぶれたロビン・フッドのような没落土豪はアングロ・サクソン系の先住民。ノッティンガムの長官がその虎の威を借るイングランド王はプランタジネット家の人間で、その取り巻きともどもフランスからやってきた、ノルマン人の末裔であり、フランスにも領土をもつヨソモノたちだったのです。
ここら辺の事情はロビンフッドの物語や、サー・ウォルター・スコットの歴史小説「アイヴァンホー」、そしてピーター・オトゥールとキャサリン・ヘップバーン主演の映画「冬のライオン」などをご参照ください。(この社会構図は言語としての英語の発展にも影響しています。つまり百姓は牛を「ox(ドイツ語ではOchse)」と呼び、それが領主様のテーブルにのる頃には「beef(フランス語ではboeuf)」になるといった具合。)
とにかく、こうした征服民と被征服民という緊張した社会情勢のなかで生まれたのが、「同輩による裁判への権利」、つまりは陪審員制度なのです。このノルマン人対サクソン人という対立の構図は、領主対農民、資本家対労働者という具合 に時代とともに変遷しつつ、それぞれの時代における社会的背景として英国法制度の下における陪審員制度のレゾン・デートルとなり、その制度の存在意義を裏付けていたのです。
こうした歴史に根ざした社会的価値観なくして、制度だけを輸入するのは、まさに「画竜点睛を欠く」のたとえ通りじゃないかと私には思えたのです。
しかし最近では、この裁判員制度も「必要悪」なのではないかと思うようになりました。
日本人は法制度、とくに刑事法制度に関心が無さ過ぎます。これは日本人独特の「ケガレ」の思想に根ざしていると思われるのですが、「犯罪」にたずさわるものを、容疑者はもとより、警察も、法曹も、いっしょくたに「カタギには関わりないこと」と敬遠し、まともな議論をしません。こうした社会風土が 検察/警察権力の独走を許し、冤罪事件を産み、 ついには国民の大多数が望んでいない裁判制度の導入までをも容認せしめているのではないでしょうか。
幾人もの無実の人が獄につながれようとも、「あっしにはかかわりねぇことでござんす」という国民が、ついに法の下の正義のありように目覚めるきっかけは「なんでこんなバカな制度に血税が費やされているんだ」という、より卑近な悲憤かもしれません。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(通称LSE)という風変わりな大学で法律を学んだ私は、「オートポイエイシスな法律」というケッタイな法哲学を学ばされました。誤解を恐れずに極めておおざっぱに言えば、これは「法律とは政治や経済などと並立した社会におけるコミュニケーションの一手段である」という学説です。例えば「同性結婚」が許されるのかどうかという問題に対して、社会の構成員はまず「政治」という手段でこれを議論し、次に「法律」という手段でこれを定義します。同様に、なにが法の下の平等であり、どのような刑事法制度がみんなが期待している正義をより納得のいく形で実現してくれるのか、という命題は今の日本において「政治」と「法律」という媒体を通じて今後より活発に議論されるべき問題です。
こうした視点から考えると、今回の「裁判員制度騒動」も問題提起としての存在意義があるのではなかろうか、と思えてきた今日この頃です。
なお、個人的には日本の刑事法制度改革のまず第一の目標は、日米安保協定の下、実質的に認められている在日米兵に対する治外法権の撤廃であるべきだと思っています。フィリピンでさえ(といったらマニー・パッキャオの祖国に失礼ですが)、フィリピン人女性を暴行した容疑で米兵を起訴できているのに(もっとも容疑者側から大金をもらった「被害者」女性が証言を撤回したようですが)、日本の警察/検察は満員電車でつかまった自国民の痴漢容疑者は鬼のように責め立てるくせに、メリケンさんにはみっともないまでに及び腰です。占領は今でも続いてるのです。日米安保協定の下の実質的治外法権に固執する米軍の一番の理由は、不当な(と彼らには思える...そして多分そのとおりです)容疑者の勾留期間と、警察/検察の尋問手法。日本の安全保障に貢献してくれている米軍のごく一部、少数のナラズ者の所行であることは理解していますが、沖縄(そしてその他の基地の町)の婦女子の涙を犠牲にしても譲れない治安維持上の理由などあるのでしょうか。
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