蜘蛛の糸 - 池田信夫

池田 信夫

民主党など野党3党は、製造業への派遣労働を原則禁止する労働者派遣法の改正案を衆議院に提出し、記者会見で民主党の菅直人代表代行は「政権が変わっても再提出し、今後も派遣労働の規制を強化する」と述べました。この規制が実施されれば、製造業で40万人以上の派遣労働者が失業すると推定されます。

他方、余剰人員の賃金を政府が補助する「雇用調整助成金」の対象者は、昨年の1500人から今年は234万人に激増しました。社内失業している労働組合員の給料を、国が1.3兆円も肩代わりするのです。他方で「派遣切り」された労働者が正社員として再雇用される確率は、業界では5%程度と推定しています。

この話を今日していたら、ある人が「芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に似ていますね」といいました。誰でも知っている童話だと思いますが、その要点を引用しておきます(外字は代用):

御釈迦様は池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。するとその地獄の底に、建陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。この建陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。

と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこで建陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。

御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この建陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。

建陀多はこれを見ると、思わず手を拍って喜びました。この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。こう思いましたから建建陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。そこで建陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。

その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に建陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。ですから建陀多もたまりません。あっと云う間もなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

日本の経営者と労働組合は、自分たちだけは蜘蛛の糸にすがりついているつもりかもしれませんが、肝腎の日本経済という蜘蛛の糸が切れたら、彼らも一蓮托生だということに気づいているでしょうか。

コメント

  1. a_inoue より:

     民主党は、「最低賃金1000円」をマニフェストに入れるそうです。今の最低賃金だと、週40時間労働では生活保護水準以下だから、それを是正しなきゃならないのが理由。
     あまりのセンスのなさに脱力感を感じました。

  2. 海馬1/2 より:

    『蟹工船』ですか?
     実生活と、「蜘蛛の糸」のみならず、文学やアートとの相関関係を意識しないというのは、そうとうの馬鹿か、ジュブナイルやライトノベルしか読まないオタクですか?

     『蜘蛛の糸』を、任意の点で切れば、そこから下を「統計」に入れなくて良いことになりますw 
     竹中・小泉改革とはそういうものです。セーフテイランデングで10年かけて『茹で蛙』をしてきただけのことです。
    「派遣村」などは、名づけることで安心して「解決したこと」にしてしまう。『平常性バイアス』と呼ばれる集団心理に他なりませんw

     それと、「学ぶことへのインセンテブ云々」で言えば、
    「派遣労働者」と呼ばれる階層のどうしようもない怠惰性は、
    否定できないですよw 

  3. 海馬1/2 より:

     お釈迦様は、ため息を一つ御吐きに成り、
    水面から御顔を御上げに成りました、すると御目の前に綺羅里と
    光る一本の蜘蛛の糸が有ります。 見上げると御空の隙間から、
    阿弥陀様が「蜘蛛の糸」を御垂らしなさっているのが、
    見えました・・・

  4. 海馬1/2 より:

    『杜子春』

     仙人の教えどうり、「活力門」から、財宝を掘り出した
    杜子春は、毎夜贅沢な宴を繰り返しました。しかし、散財の挙句
    富も尽きると友人も彼から離れていきます。
     杜子春は、仙人の弟子になることにし修行をすることにしました。
    仙人は、「何が起こっても無言でいること」という課題をだします。
     鬼は杜子春の前に2頭の牛を挽き出し鞭打ちます。
    その牛は、紛れも無く杜子春の年老いた両親でした。
     杜子春は思わず叫んでいました、
    「これからは、介護ビジネスだ!」
     

  5. inetgate より:

    蜘蛛の糸の登場人物を対比してみると...

    御釈迦様:政府
    蜘蛛の糸:雇用調整助成金(利益をあげている企業の税金が主な原資)
    建陀多 :(雇用調整助成金を受けている)日本の経営者と労働組合(団塊世代)
    罪人たち:派遣労働者

    労働者派遣法の改正案を提出することは
    →建陀多の叫び「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は(ry」

    ということだと理解した。