蜘蛛の糸 - 池田信夫

2009年07月12日 21:40

民主党など野党3党は、製造業への派遣労働を原則禁止する労働者派遣法の改正案を衆議院に提出し、記者会見で民主党の菅直人代表代行は「政権が変わっても再提出し、今後も派遣労働の規制を強化する」と述べました。この規制が実施されれば、製造業で40万人以上の派遣労働者が失業すると推定されます。

他方、余剰人員の賃金を政府が補助する「雇用調整助成金」の対象者は、昨年の1500人から今年は234万人に激増しました。社内失業している労働組合員の給料を、国が1.3兆円も肩代わりするのです。他方で「派遣切り」された労働者が正社員として再雇用される確率は、業界では5%程度と推定しています。

この話を今日していたら、ある人が「芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に似ていますね」といいました。誰でも知っている童話だと思いますが、その要点を引用しておきます(外字は代用):

御釈迦様は池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧になりました。するとその地獄の底に、建陀多と云う男が一人、ほかの罪人と一しょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。この建陀多と云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。

と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこで建陀多は早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ。」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。

御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、この建陀多には蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報には、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下しなさいました。

建陀多はこれを見ると、思わず手を拍って喜びました。この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。こう思いましたから建建陀多は、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。

ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、数限もない罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。そこで建陀多は大きな声を出して、「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚きました。

その途端でございます。今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、急に建陀多のぶら下っている所から、ぷつりと音を立てて断れました。ですから建陀多もたまりません。あっと云う間もなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。

日本の経営者と労働組合は、自分たちだけは蜘蛛の糸にすがりついているつもりかもしれませんが、肝腎の日本経済という蜘蛛の糸が切れたら、彼らも一蓮托生だということに気づいているでしょうか。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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