「高福祉・低負担」の幻想 - 池田信夫

池田 信夫

きょう麻生首相が自民党のマニフェストを発表します。その骨子は民主党とのバラマキ合戦の様相を呈してきましたが、少し争点も見えてきました。それは自民党が中福祉・中負担という言葉を明記し、民主党の高福祉・高負担路線を批判していることです。これは重要な論点で、民主党の主張する「高福祉・低負担」などという幻想より正直なアジェンダ設定です。


1980年代以降、先進国の政策はサッチャー・レーガン以来の「低福祉・低負担」の小さな政府か従来の大きな政府か、という問題を争点とし、2大政党もこの問題を争ってきました。ところが日本では、小泉政権が一時、小さな政府を打ち出した以外は、与野党ともに大きな政府志向で、国民に本質的な選択肢が与えられていません。麻生首相も小泉政権以来の「市場原理主義」はとらないと明言しました。つまり日本には、小さな政府をめざす政党はないわけです。

高負担か低負担かという問題は、言葉を変えると、所得の再分配に政府がどこまで関与するかということです。北欧のように国民負担率が70%を超えても、再分配によって老後の生活が安定するというメリットが明確であれば、国民がそれを支持することもあります。ところが日本の国民負担率は40%に満たないのに、北欧より「重税感」が強い。それは税金の浪費や年金会計の破綻によって低福祉・高負担になっているという感じを国民がもっているからです。

だから重要なのは、まず財政や年金会計のゆがみを是正して、福祉と負担を均等化することです。その場合、負担を減らすことは政府の権限を減らすことと一体です。民主党のいうように「無駄づかい」を減らせば、公共サービスを減らさないで負担だけが減るなどというフリーランチはありえない。無駄づかいを減らすことは規制撤廃と一体であり、民主党が規制改革に言及しないのは「小泉改革」を敵視する左派の影響でしょうが、政策の整合性が欠けています。

もう一つの問題は、所得を誰から誰に再分配するのかということです。この点の違いはかなり明確で、自民党が従来型の業界団体や農協などを通じて利益供与する方式を続けるのに対して、民主党が子供手当や農業所得補償という形で直接再分配に切り替えるのは、自民党の集票基盤を「中抜き」するという戦略もあるのでしょうが、意味のある政策です。供給側から消費側に補助の対象を切り替えることは、市場メカニズムをゆがめないという意味でも望ましい。

しかし自民党も民主党も書いていない真の問題は、これが若年層から老年層への再分配だということです。今でさえ、生まれてくる子供が生涯で4000万円の純債務を負う世代間の不平等が世界一といわれる日本で、これ以上、老年層を優遇すべきなのでしょうか。

もちろん今の老年層は戦後の繁栄を築いた世代であり、若いころは今よりはるかに貧しい生活をしていたはずです。若い世代は、老年層の築いた経済大国で楽な生活をしているのだから、その恩返しをすべきで、相続なども考えると必ずしも不平等ではない、という意見も一理あります。自民・民主両党がそう考えているのなら、世代間でネットの再分配がどれだけ行なわれるか、そしてどの程度が適正と考えているのかを示すべきです。

それをしないで、負担が増えないで福祉だけが増えるという幻想を振りまいて問題を先送りしていると、10年とたたないうちに財政は行き詰まります。特に民主党が長期的な成長率の見通しも財政の見通しも示さず、「4年間は増税しない」という約束しかしていないのは無責任です。少なくとも10年後の福祉と負担の関係はどうなるのか、具体的な数字を出して有権者に選択を求めるべきです。

コメント

  1. aizu1945 より:

    池田さんの言いたいことは分かりますが、民衆の素朴な気持ちとしては、まず、公務員の給料を2割から4割カット、天下りのある財団法人、独立行政法人への補助金全面カット、米軍への「思いやり予算」カット、ODAの無駄つかいカット、などをまずやってくれというのではないでょうしょうか?そのあとで必要な増税の負担なら甘んじるということでは?

  2. a_inoue より:

    aizu1945さん

     「無駄遣い」の定義って何なんでしょうか?その合意に膨大な政治的エネルギーが必要だからこそ、うまくいかないのです。
     独立行政法人といえば、国立大学法人もそれに入ってますが、補助金をカットした場合、私学助成金の類も全面カットですから、大学の学費はいくらになるでしょう。

  3. aizu1945 より:

    a inoue さん

    分かりやすく乱暴な表現をしますが、「無駄遣いのお金」=「天下りのある組織のお金」ではないでしょうか。国立大学法人はなにかの魂胆がない限り文科省役人の天下りは受けいれてはいませんので該当しないと思います。学費はイタリア、ドイツ、フランス並みに無料にすべきではないかと思います。

  4. a_inoue より:

    >国立大学法人はなにかの魂胆がない限り文科省役人の天下りは受けいれて

     国立大学法人には、文部科学省も含めて、元キャリア組の職員はたくさんいます。もちろん、私立大学だって、受け入れています。教育関係の外郭団体にも多くが天下っているでしょう。
     よって、その方法はNGです。

  5. hogeihantai より:

    補助金という利益供与を政府から受ける人には投票権を与えない仕組みにすべきだ。今のような政党によるバラマキ競争は、政治家による選挙買収に等しく公職選挙法違反ともいえる。このような利益供与がいかに投票行動を左右するかは、60歳以上の投票率が20歳代のそれの2倍もあることに如実に示されている。

    補助金は大学や団体でなく受益者個人に直接与えるようにすれば、誰に投票権がないか特定できる。利益供与を受けない人達に政治家が選ばれるようになれば、補助金の向け先や金額も公正に決めることが出来るようになる。衆愚政治の根本的原因は今の補助金制度にあるといっても過言ではない。

  6. porcobuta より:

    「無駄遣いを減らす事は規制撤廃と一体である」つまり小さな政府を目指すとも言い換えられる事はわかります。
    しかしながら、TV等での天下りや「わたり」の報道を目にするにつけ、たとえ「無駄づかい」を減らしても、公共サービスは減らない部分が結構あるのではと思っています。
    それは税金を使いながら、1)そもそも全く公共に対してサービスしていない。 2)非常に非効率な公共サービス(社保庁の例や国の機能重複した地方事務所等)があるからです。従って現実には現状公共サービス側がフリーランチを貪っているだけであり、無駄を無くすのはフリーランチを返して頂くだけの話です。
    そこから先がやっと無駄づかいと規制撤廃が一体になるのではありませんか? 腐敗や慣習によって日本の公共サービスはそこまで理想的な状態には無いと思います。自民・民主とも内部に異なる意見も含みながら、表面上大きな政府志向になってしまうのはそれぞれ既得権益を代表するものが勢力を持っているように見えるからで、やはり池田さんもおっしゃる通り、総選挙前に不謹慎ではありますが政界再編が今から望まれるのかと思います。

  7. a_inoue より:

     いや、だから、どうやって「無駄遣い」を特定するのかと聞いてるんですよ。情報は全部官僚が握っています。2年や3年族議員をやったぐらいじゃ、勤続30年の官僚には勝てない。

  8. a_inoue より:

     人の話にケチつけてばかりいるのもなんなので、私の答えを書いておきます。
     地方自治体に権限も財政も分離して、トライ&エラーを繰り返すべきだと思います。日本全体で失敗したら破滅的結果を生みますが、自治体が個別に破たんするなら、大した問題ではない。
     行政改革に失敗すれば、財政破たんで夕張化、成功すれば、税は安く行政サービスは良くなり、人口は増えることでしょう。「足による投票」ですね。
     重要なことは、地方間格差を補助金で是正せず、むしろ、格差拡大を奨励することです。

  9. bobbob1978 より:

    「地方自治体に権限も財政も分離して、トライ&エラーを繰り返すべきだと思います。日本全体で失敗したら破滅的結果を生みますが、自治体が個別に破たんするなら、大した問題ではない。
     行政改革に失敗すれば、財政破たんで夕張化、成功すれば、税は安く行政サービスは良くなり、人口は増えることでしょう。「足による投票」ですね。
     重要なことは、地方間格差を補助金で是正せず、むしろ、格差拡大を奨励することです。」

    個人的には全面的に賛成です。いわば政策の自由競争社会です。効率的で無駄のない政策の地域に人が集まり、そうでない地域は過疎化する。これは当然の摂理です。ただ「自由競争」が嫌いな人々は反対するでしょうね。あと以前池田さんのブログでも少し話題が出たような気がしましたが、日本では移動に伴うコストが高いのもこのような制度の障壁になるでしょう。敷金礼金や引っ越し代を含めると移動に軽く40~50万程度は掛かってしまいますから。