「内需拡大」をめぐる混乱した議論 - 池田信夫

池田 信夫

最近、民主党が「内需拡大」を盛んにいうようになりました。「自民党は企業に金をばらまいて輸出産業で景気を回復させたが、人々の生活はよくならなかった。民主党は可処分所得を増やして内需を拡大する」という論理です。もともとマニフェストになかった「成長戦略」の項目に子供手当を入れた苦しまぎれの説明ですが、私のブログでも書いたように、これは経済学者のいう内需拡大とは違い、定額給付金と同じ所得移転にすぎない。


もっとも経済学者が正確に理解しているともかぎらず、竹森俊平氏は「内需型のサービス業はリーディング産業ではない」と批判して、「ものづくり立国」を奨励しています。これは内需拡大という言葉もよくないのでしょう。現在の問題は前川リポートの時代とは違い、日本の経常黒字が大きすぎることではなく、産業構造が片寄っていることです。労働人口の1割しかない輸出産業の労働生産性が圧倒的に高く、非効率なサービス業がそれに依存する「扶養家族」になっているいびつな産業構造が経済全体の生産性を低下させているのであって、問題は外需か内需かではありません。

むしろ今、IT分野で起こっているのは、サービス業のグローバル化です。たとえばアフリカで通信サービスを行なっているのは、ノキアなどの欧州メーカーです。彼らは端末を売るだけではなく、基地局や局舎まで含めて受注し、通信キャリアになっています。アジアでそれに対抗しているのは、中国のファーウェイ(華為)で、日本企業のプレゼンスはほとんどありません。IBMのシステム・インテグレーションの拠点も、インドのバンガロールです。金融がグローバル化していることも、いうまでもないでしょう。流通もグローバル化し、日本のユニクロもその流れに乗ろうとしています。

つまり外需から内需へというより、製造業からサービス業へのシフトが重要なのです。いまサービス業が内需型であることは事実ですが、今後はサービス業のグローバル化に成功した企業がもっとも高い成長を実現するでしょう。こういう変化が起きたのは、ITによってインフラとサービスが水平分離され、サービスが標準化されてコストが下がったためです。ところが日本の通信も金融も「内弁慶」で、まったく競争力がない。

したがってサービス業こそ、今後の成長や海外展開の見込めるリーディング産業なのです。それは従来型の貿易ではなく(主としてアジアへの)直接投資になるでしょうが、これも国内の資金需要を増やすという意味では内需拡大です。他方、中国などの低賃金労働との競争を避けるという点では、福祉・医療などの貿易不可能なサービスに労働人口を移動することも重要ですが、これは雇用創出という面が大きく、たしかにリーディング産業ではありません。両方を一緒にすると誤解する人が多いので、内需拡大という言葉はやめ、「ものづくり一辺倒からの脱却」とでもいったほうがいいと思います。