情報戦略も見直しを ―中川信博ー

中川 信博

―情報 InformationとIntelligence―

前々回「なぜ戦略的行動が出来ないか」という命題を「戦略 Strategy」の視点から私なりに説明を致しました。そして生きた「戦略」を学ぶ機会がないことが、その思考の欠如につながっていることを指摘しました。それは「戦略学」のような学問的知識の欠如という問題ではなく、「政策」と「戦略」という2つの概念とその立場意識の欠如に由来する、「戦略概念」の混同にあることを論じました。―リンクを忘れましたが、私が末席を汚している戦略研究学会ですが、平成20年12月に「日本学術会議協力学術研究団体」に指定され、民間の「戦略研究」のアカデミズムとして「戦略学」の普及、発展に寄与している団体です―

さて本論ですが、国家間の戦争でも企業間の競争でも「戦略」と共に目的達成にとって重要になりますのが「情報」です。通常「情報」と申しますと「Information」のことを連想いたしますが、本論では「情報」をインフォメーションとインテリジェンスに分けまして、そのインテリジェンスを生産、活用させ、利用する方法を概観します。そして「戦略」と「情報」がどのような関係にあり、そして最後に我国の現状がどうかをみていきたいと思います。


―インテリジェンス―

一般的な和訳としてインフォメーションを情報、インテリジェンスを諜報とする場合が多いと思います。諜報といいますと007やスパイ大作戦のような映画のイメージを持ちますが、実際のインテリジェンスは違う概念をいっております。元外務省国際情報局国際情報課課長北岡元氏の著書「インテリジェンス入門―利益を実現する知識の創造―」によるとインテリジェンスとは狭義には、

国家安全保障にとって重要な、ある種のインフォメーションから、要求、収集、分析というプロセスを経て生産され、政策立案者に提供されるプロダクトである。

としています。さらに一般的に定義致しますと、

インテリジェンスとはインフォメーションから生産され、インフォメーションの収集、加工、統合、分析、評価、解釈からなり、判断、行動するために必要な知識である。

とされています。

政策を立案する、または戦略を策定する場合の「判断、行動」に必要な知識ですから、インテリジェンスを軽視しては政策の立案も戦略の策定も、さらに付言すれば目的の達成も出来ないということではないでしょうか。

―インテリジェンス・サイクル―

インテリジェンスの定義が「判断・行動するために必要な知識」ですから、判断行動する人のことを「カスタマー」、そのカスタマーのオーダーである「要求」―こんなインテリジェンスが欲しい―のことを「リクワイアメント」―ニーズと呼ばれることもあります―と呼んでいます。そしてカスタマーの要求によってインテリジェンスを生産し配布する者を「情報サイド」としています。そしてこの一連のながれ、カスタマー → (リクワイヤメント) → 収集 → 加工 → 統合 → 分析 → 評価 → 解釈 → 配布 → カスタマーにもどり、さらにをそのインテリジェンスをもとにリクワイアメントを発する一連の循環を「インテリジェンス・サイクル」と呼びます。

このサイクルは常にカスタマーのリクワイアメントにより回転がはじまります。このことを「はじめにリクワイアメントありき」といっており、カスタマーは何らかの利益の擁護、増進のため、「判断、行動」をせまられ、情報サイドへインテリジェンスをリクワイアメントすることになります。カスタマーが「利益」を認識してその「利益」を擁護、増進―不利益の場合は阻止―しようとする瞬間に「カスタマー」は誕生することになります。

よってインテリジェンスおよびインテリジェンス・サイクルはカスタマーが自身の利益を認識し、その利益―不利益―に対し何らかの判断、行動を起こそうとしなければ、成り立たない概念といえます。この関係は「政策」と「戦略」の関係に置き換えますと、「政策」は「カスタマーの利益の擁護、推進」、「目的」は「判断、行動」すること、そして「戦略」は「インテリジェンス」とはならないでしょうか。

―カスタマーと情報サイド―

カスタマーは「利益の自覚者」としましたが、私達は日々、何らかの形で判断、行動をしております。車を買おうとするときも判断、行動というサイクルを経ています。日常、インターネットでもテレビのCMでも車の情報(インフォメーショ)は提供されています。この状態を「インフォメーションの受け手」といっています。現代ではインターネットを通して膨大なインフォメーションが溢れています。しかしそのインフォメーションからインフォメーションの受け手は何かを判断、行動しようとはしておりません。

しかし「車を買う」という利益―この場合は必要ともいえます―を自覚した瞬間、その車に関するインフォメーションは自分自身の頭の中で加工、統合、評価、解釈して、購買という判断、行動をします。このように何らかの利益がある、必要があるということを自覚することが、インテリジェンスを要求するトリガーになり、またそれを受け取る、まさしく顧客、カスタマーとなる必要条件なのです。

カスタマーは何かを判断、行動するためインテリジェンスを必要とします。よってその利益―不利益―に対して対処する充分な知識がない状態だといえます。つまりその利益―不利益―に対して素人な訳です。一方、情報サイドはカスタマーのリクワイアメントによってインテリジェンス・サイクルを回し、カスタマーへ配布する時点ではそのリクワイアメントに対し充分な知識を有しております。言い換えれば玄人な訳です。このことがカスタマーと情報サイドの関係に影響を与えております。それを「命令、影響の関係」として今日でも議論の対象となっております。

―カスタマーと情報サイドの峻別―

米国では1980年代にCI(Competitive Intelligence)として民間へインテリジェンスの活用が始まっています。当初政府機関から民間企業へ転職―天下り?―しましたJam P.Herring―CIAから国家情報官を歴任―がインテリジェンス・サイクルの導入をはかりましたが、うまくいかなかったといいます。

それはカスタマーが―民間企業の場合多くが経営者―自身の利益が何かを自覚していなかったことが原因だとしています。この人は当初、意思決定部門へ自身のミッションを説明したときに、「そんなに重要なのであればその情報を提出してくれ」といわれたそうです。

このことはどういうことなのかと申しますと、「インテリジェンス・サイクル」の項でみましたが、インテリジェンス・サイクルは起点はリクワイアメントです。そしてそのリクワイアメントは「はじめにカスタマーの利益ありき」で示したように、カスタマーが自身の利益を自覚するところからはじまります。先の意志決定部門者は何が自身の利益なのかをまったく自覚していないことがわかります。

政府機関のインテリジェンス・サイクルではカスタマーと情報サイドはリクワイアメントの受け渡しとインテリジェントの配布時点の2箇所で交わりますが、その他では極力接触を避けます。それは情報サイドがカスタマーの影響で、生産されるインテリジェンスの客観性が損なわれるのを防止するためです。

ですが情報サイドがカスタマーの利益を充分に理解していませんと、生産されるインテリジェンスがまったく的外れなものになる危険性もあります。上記企業CIではカスタマーが自身の利益を自覚していない為、情報サイドは定期的にインタビューをすることにより、カスタマーの利益を発見して、リクワイアメントを促す活動をしております。

しかし企業CIのようにカスタマーと情報サイドが濃厚に接触をはかるとき、知らず知らずのうちにインテリジェンスの客観性が損なわれる危険があることも事実なのです。

―政策と戦略とインテリジェンス―

一国政府であれば政策の立案執行、企業であれば企業戦略の策定に欠かせないのがインテリジェンスであることを概観してまいりました。そしてそのインテリジェンスはインテリジェンス・サイクルでカスタマーに生産、配布されます。政策の立案執行者や企業戦略の策定者は配布されたインテリジェンスをもとに立案執行または策定するか、新たなリクワイヤメントを情報サイドへ要求することになります。このように情報サイドは素人たるカスタマーの判断、行動に多大な影響―判断、行動のすべてを決定する場合もあります―を与えます。

ここで先に問題として提示しました「命令、影響の関係」にもどりますが、カスタマーは情報サイドが配布するインテリジェンスで判断を180度変えるかもしれません。つまり情報サイドはカスタマーの判断、行動をコントロールすることも出来るわけです。

先に「戦略」を概観しましたときに「戦略は政策に奉仕するもの」と定義しましたが、政策の立案にも戦略の策定にも、あるいはそれらを執行、遂行するにも必要な材料がインテリジェンスです。政策部門と戦略部門、そして情報部門の関係がいかに一国政府あるいは企業にとって重要なのかが理解できます。

―我国の現状―

狭義の政府と官僚機構の関係を戦略の項では政策側と戦略側で区分けしまして、互いにそのミッションを考えました。同様な関係が政策側と情報側でもあるのではないでしょうか。何も国家安全保障の場だけでインテリジェンスを利用しているわけではありませんし、内閣調査室だけが情報サイドではないと思います。

たとえば政府が経済政策を立案したいと考えるときどうするのでしょうか。今までは自民党の政調会と財務、大蔵官僚が調整をした、自民党総務会の決定が政府案になり―この時点で官僚はコミットしています―議会の議決を経て正式に「政策」となるのでしょう―おおまかに説明をしましたが、相違があればご訂正頂ければ幸甚です―。

この場合カスタマーは政府ですが、ここまで概観してきたインテリジェンスという視点でみるときに、カスタマーの利益とは?リクワイアメントとは?情報サイドはどこ?という疑問が残ります。もしかするとこの政策決定―判断、行動―に情報サイドはまったくかかわっていないのでしょうか。

これらの疑問がもしかしますと我国の政府―企業も―がかかえている組織の脆弱性であり、意思決定の問題点であるような気が致します。戦略の項ではその「思考」の欠如を指摘いたしましたが、今回の「情報」では「思考」のみならず、その「組織」も「概念」も存在していないような気が致します。

戦略の項で我国は戦後、政戦一致の独裁政体だと指摘いたしましたが、その原因は官僚機構側が情報サイトとして政府をコントロール下においている事が原因の一つではないでしょうか。カスタマーは素人ですから、判断、行動するために情報サイトに助言を求めます。

情報サイトは「カスタマーと情報サイトの峻別」の項でみたとおり、生産されるインテリジェンスの客観性を担保する為にカスタマーとの接触を必要最低限にしようとします。つまり配布されるインテリジェンスによって行なわれる、カスタマーの判断、行動を「助言」してはその生産されたインテリジェンスの客観性は損なわれるのです。

情報サイドも組織ですからその維持のため組織擁護的になるのはある程度致し方ないことだと思います。自らが生産配布したインテリジェンスがあるとき間違いではないかとの指摘を受けたときに、間違いではないと意図的にインテリジェンスを操作することは起こりえます。それ以上に情報サイドが素人たるカスタマーを恣意的インテリジェンスで影響下に置き、自らの利益増進を図る場合も起こりえます。

―現状への提言―

問題の整理をしますと、

1.政府と官僚機構に政策側と戦略側という戦略的思考が欠如している
2.情報サイドとしての組織も意識も官僚機構側の各部門にない
3.政治家側は自らの利益を理解していないのでカスタマーにもならない
4.よって官僚機構が政府をコントロールしてしまっている

たとえば今回の経済危機に対しての経済政策を立案しようとするときに、カスタマーのリクワイヤメントによって、情報サイドはインフォメーションを収集します。この場合、経済学学界の成果はインフォメーションとして収集されます。

そして情報サイドの分析官は収集したインフォメーションを加工、統合、分析、評価、解釈してインテリジェンスを生産します。その時この分析官がケインズ理論の信奉者であれば、収集されたインフォメーションが財政政策の非効率性を解釈できたとしても、恣意的にカスタマーへ財政政策の必要性を生産配布する可能性は否定できません。

あるいはこれまで配布してきたインテリジェンスを組織益から―省益といっていますが―、それを否定するようなインテリジェンスを生産配布できないのかもれません。―これは保身でしょうか―

これまで行政改革は何度となく政策に掲げられ、あるいは執行されてきましたが、表面上の統廃合は充分に行われて、スリム化されていることは確かでしょう。

しかし組織内のミッションに対する改革はなされていないではないでしょうか。それは戦略論、そして本論をふまえた情報論の視点から考えるときに初めて自覚できるのだと思います。まず官僚機構を執行側と情報側に大別して戦略と情報の理論を取り入れることではないでしょうか。

いや官僚機構側はすでに取り入れているのかもしれませんが、政治側がそれを機能させるだけの技能―カスタマーが利益を自覚する能力―がないのかもしれません。

追記

>―カスタマーと情報サイドの峻別―

米国では1980年代にCI(Competitive Intelligence)としてインテリジェンスの活用が始まっています。
に対し「民間へ」の文言を追加
H21.8.20 23:17

コメント

  1. somuoyaji より:

    官僚機構はおおいに取り入れているようです。
    省庁ごと局ごとに情報を加工してそれぞれの利益になるように政策と戦略を構築し、カスタマーたる政治家には選挙区への利益誘導その他で懐柔する。各種審議会などを利用して各業界や学界マスコミとも密接な連携をし、通達を乱発し地方公共団体を意のままにして執行にあたる。そして外部団体に「埋蔵金」を貯めて将来設計までしている。

  2. jnavyno1 より:

    >somuoyajiさん

    中川です。コメント有難う御座います。

    私が言わんとしたことを短文で明確に表現していただき恐縮です。おっしゃるとおり政治はコントロール下にあります。

    しかも第三国が関与しているとややこしいことになります。