総選挙に関する雑感 - 矢澤豊

矢澤 豊

ちょうど選挙戦プロパーの折り返し地点であった投票日の1週間前の週末に、友人の結婚式に出席するため一時帰国していました。そこで久しぶりに総選挙期間中の日本を体験したのですが、あまりの静けさにビックリしてしまったというのが正直な感想です。

私が「静か」だと感じたのは、やはり日本の選挙における不可解なインターネット規制が大きな要因でしょう。


多分インターネット選挙元年となった昨年のアメリカ大統領選挙では、1年間超にわたって選挙権のない私までYouTube、Facebook、Twitter、そしてメディア各社それぞれのサイトといったところから吹き出すオバマ旋風にさらされていました。

それに比べますと、今回の私の日本滞在中は、街角の選挙ポスター掲示板がなければ選挙があることさえ忘れてしまうほどでした。実家の両親はテレビを見ませんし、たまにテレビをつけて党首討論に耳を傾けてみても、一向に政策の争点に焦点がしぼられず、とりとめがなく全然しまらない。私にはどうも「選挙直前」という緊張感がさほど感じられませんでした。テレビに出演されている党首のみなさんは「晴れ舞台」と思われていたのかもしれませんが、政治家の仕事は政策を討論する事ですから、別に特別なことをしているわけではありません。日本の政治家は選挙が無い間は対立政党のセンセー同士で政権政党たることを目指したガチンコ政策討論することを避けて通ることになれてしまっているので、感覚がズレているのでしょう。

もっとも討論というのは、反対意見を際立たせる事が前提ですが、自民党、民主党、その他全ての政党が、大なり小なり小泉・竹中批判で一致していたのはどうしてなのでしょうか。異口同音に「行き過ぎた規制改革を巻き戻す」と叫ぶ様は、「なんかヘン」というのを通り越していささか不気味でした。海外に住み、海外メディアの論調を吸収し、日本国内メディアから遠ざかりながらも池田さんのブログだけはしっかり読んでいた私には、現在の日本経済の低迷は行き過ぎた小泉改革の結果ではなく、小泉政権で端緒がつけられた改革路線を、続く安倍/福田/麻生がしっかり継承しなかったからというのが世論の主流だと当然のように思っていたもので。いったいどこでどのように、日本国内における言論統制(?)がこの政界あげての小泉/竹中批判翼賛状態を生み出したのか、皆目見当がつきませんでした。どなたか事情に詳しい方、ここらへんのからくりの種明かしをご教示いただけませんでしょうか。

惨敗した自民党も当面はこの「反小泉/竹中」路線でいくのでしょうが、貧すれば鈍するとはまさにこのことでしょう。「反小泉/竹中」の踏み絵を強要した支持基盤を民主党から奪回するべく、政権運営にあたって中道路線に修正せざるを得ない民主党のはるか左の位置を目指しても、そこに活路はありません。日本の将来を質に入れたバラマキ競争で勝負を挑んでも、バラマキの恩恵にあずかる既得権益勢力にしてみれば、「バラマキしてくれる政権与党」と「バラマキを約束してくれるだけの野党」の間では相撲になりません。次の総裁が誰であろうとも、この「結党以来の危機」をチャンスと捉え、従来の支持基盤と決別し、保守本流の思想に則った「小さな政府」と「堅実な財政(Fiscal Conservatism)」、そして明確な「成長戦略」を掲げた政党として再生を目指すのが正解だと思います。この路線で行けば「自民党=若者の政党」という従来では考えられない構図も浮かんできますが、現実的にはあともう一回選挙(参院選?)で負けて「このままじゃダメなんだ」と学習するまでは、組織としての考えと実行が及ばないでしょう。

なにはともあれ今回の選挙に関連して一番暗澹とした気持ちにされたのは一連の「鳩山ニューヨークタイムズ寄稿事件」です。そのお粗末な内容もさることながら、批判を受けたとたんに「ゆがめられた」などと言い訳するあたり、自らの信念を言葉にするという政治家としてのプロ意識に著しく欠如しているといわざるを得ません。いままでの永田町記者団とのいいかげんなズブズブ関係と同様の対応の仕方では、首相として国際メディアと対峙できないということをすみやかに学習してください。

鳩山さんの「いいかげん」と、以下に転載しましたアメリカでOutstanding Interviewとしてエミー賞候補となったお隣の国の総理のインタビュー(2008年9月)を比べた時、私は一日本人として一掬の涙を禁じ得ません。(いささか時代がかった表現ですが、その通りなのでご容赦願います。)

こんな英語のインタビュー、「関係ねぇ!」と思っておられる方には、バーナード・ショーの以下の言葉をどうぞ。

Democracy is a device that ensures we shall be governed no better than we deserve.

中国は民主主義国家じゃなくて良かったね、というのが今回の皮肉なオチのようです。

コメント

  1. アロハ より:

    > たいどこでどのように、日本国内における言論統制(?)がこの政界あげての小泉/竹中批判翼賛状態を生み出したのか

    規制改革が進むと自分たちの既得権益が守れないということにTV局側が気がついたことが原因では?
    ここのところ気になるのは、TVというメディアが報道している世論と、インターネット上で盛り上がる論調が完全に食い違っていることですけれども、誰に見てもらいたいか、読んでもらいたいか、というターゲットが違うと、ここまで話が変わるものかと感じます。
    ジェネレーションギャップというものが笑い話ではなく、生活に大きな影響を及ぼしていることを示唆しているのかもしれません。

  2. アンチ巨人、アンチナベツネ より:

    アロハ様の言うとおり民放労連は世界最高の給与を守る組合です。誰が考えてもわかる矛盾でさえ、言論機関が一致団結すれば国民の多数は騙されます。週刊プレイボーイで左翼映画監督である森達也氏でさえ「民放社員の年収は今でも30代で2000万ですよ。仕事は製作会社にやらせて・・・。それで他業種では格差の解消を、という番組を作る。皆変だ、と思っても、この構造だけは変わる気配がない。」と語っています。どれだけ勇敢に自治労、日教組の弊害を語る保守政治家、評論家でも、「民放労連、新聞労連はどうなんですか?」と尋ねると「それは、ちょっと・・・。」と逃げられます。よく似たケースに、左系の医者の機関紙があります。豪邸に住んで息子が学生時代から外車を乗り回しているような院長が毎月「小泉改革が患者さんを苦しめている。自己負担をなくし、診療報酬をアップさせよう。」と書いています。一般人が思っている以上に隠れ既得権益者は自分勝手です。

  3. アンチ巨人、アンチナベツネ より:

     続きです。皆様の批判を浴びる中央官僚ですがキャリアでも退職前の50代で年収1000万を少し越える程度ですよ。もちろん公の矛盾は改善するべきですが今の報道は、あまりにも偏っています。保守派の方と話していて「マスコミは政府を批判するのが仕事だから。」という人がいましたが「甘い!マスコミ利権を守る政府なら一致団結して擁護しますよ。」と答えました。しかしここまで事実を曲げて報道し続けて、職員の方はよろしいのでしょうか。ただ残念ながらメディア内部にいる友人は、この話題になると口をつぐみます。一見、自由で民主的に思えるわが国の閉塞感は、ここが原因のような気がします。アゴラのすばらしい執筆陣に、この辺りの疑問を解き明かしていただきたい。そう願っている人は多いのでは。