「仕事の場」を拡大する以外に内需拡大策はない - 松本徹三

2009年09月06日 17:45

前回の記事で「大企業を締め上げたり、公共事業の無駄遣いをなくしたりして、そこで浮いた金をばら撒けば、内需拡大につながる」という考えを、「空想社会主義的」とか「高校の生徒会並みの議論」と言ってこき下ろしたら、「論拠が分からない」と言って反発される方がおられましたので、先ずその方に対するお答えから始めます。


私が先ず指摘したかったのは、「経済規模の拡大」の話と「分配論」をごっちゃにしている話が多すぎると言うことでした。「無駄遣いしている人を懲らしめて、金を使いたくても使えない人を助ける」のは、誰が考えても望ましい事ですが、「これさえやれば問題は解決する」と大衆に思い込ませようとしているかのような議論は、如何に選挙のためとはいえ、あまりにひどすぎるということです。

日本の政治家が、「最大多数(日本人)の最大幸福(経済的満足度)」を実現しようとすれば、「(日本人の間での)適正な分配」を考える前に、まず「(日本人の)雇用と所得の最大化」を考えなければなりません。

そうなると、当然の事として、グローバル経済の中で日本人の競争力を高めなければなりません。(日本は鎖国しているわけではないので。)「競争力」は「生産性」とほぼ同義と言ってもよいでしょうから、結局のところ「どうすれば生産性を高めることができるか」というところに議論は行き着きます。

日本人の生産性を平均的に高めるためには、

1)必要なインフラ整備(エネルギー、運輸交通、情報通信)

2)相対的に見て生産が低いと思われる「官の仕事」の民営化

3)規制緩和による経営の自由度の向上

4)生産性の低い分野から高い分野への労働力の移転

の四つが必要な事は明らかです。

上記のうち、1)については、「情報通信」関連で若干の懸念がありますが、この問題についての議論はまた別の機会に譲りたいと思います。

2)と3)については、もはや常識の問題と思っていたのに、現在は、これが目玉の一つであった「小泉改革」が今や袋叩きにあっている状態で、国民の大多数が支持した「郵政民営化」までが何故か失速しつつあります。これはこれで嘆かわしい状況なのですが、いくら何でも現在の状況は長くは続かず、やがて正気に戻る時が来ると思いますので、しばらくは様子を見るしかありません。

そこで、問題は4)です。

池田先生をはじめとする色々な方々が常に力説されておられるように、「派遣労働の禁止」など、雇用形態の自由度を制限するような施策は、生産性を引き下げる「最悪の選択」であり、これが今新政権の手で実行に移されようとしているのは返す返すも残念ですが、このことを今あらためて論じてみても仕方がないので、今回は一歩進んで、別の角度からこの問題を論じてみたいと思います。

経済活動は、日本に居る人達や企業に商品やサービスを供給する「内需」部門と、海外に居る人達や企業に商品やサービスを提供する「輸出・海外投資」部門からなっていますが、当然の事ながら、後者は、非常に高い生産性を持っていないと成立しません。私の懸念は、この部門を軽視する事によって、日本人全体の生産性の平均値が下がることです。

グローバル経済は国内経済以上にダイナミックに動きますから、状況が悪化すれば、「輸出・海外投資」部門での雇用や所得が大幅に低下するのは当然です。従って、労働力がより生産性の低い分野に一時的に退避する事もやむを得ません。日本人全体の生活の質が、その影響で一時的に下がる事も我慢せねばならないでしょう。しかし、これに狼狽して、長期的な産業構造のあり姿を見誤ってはなりません。

もっと突き詰めて言うなら、本来は、国内のサービス関連分野の労働市場を発展途上国にもっと解放して、日本人の労働力はより生産性の高い分野に移転させるべきなのです。そして、生産性の高い分野の多くが、揺れ幅の大きい「輸出・海外投資」部門であったとしても、そのことを恐れるべきではないのです。

尤も、高い生産性が求められる「輸出・海外投資」部門からは、「スキルセットもなく、考え方も安易な日本人はご免蒙る」と言われるかもしれません。少なくとも、今の教育制度が続き、国民に「全員が終身雇用を保証された正社員にしてもらえないような『格差社会』には耐えられない」というような甘えが何時までも残るようなら、この部門は縮小していかざるを得ず、結果として、日本人の雇用も所得も縮小し、「最大多数の最大幸福」は夢のまた夢となるでしょう。

今、私は、労働市場における日本人と外国人の関係に言及しましたが、ここでもっと論じたいのは、実は「労働市場における世代間の関係」です。

今、日本全体を覆っている閉塞感の大きな理由の一つは、社会保険制度の将来が見えず、若年層には不公平感が、中高年層には将来の生活不安が、それぞれに重くのしかかっていることだと、私は思っています。

「日本では過大な個人貯蓄が内需の拡大を妨げている」という事がよく言われますが、「先憂後楽」が身上の日本人は、余程しっかりした老後の保障が無い限りは、アメリカ人のように能天気に消費に走る事は出来ないでしょう。それなのに、頼りの社会保険制度は、あの「想像を絶する無責任体制」で崩壊し、これから訪れる高齢化社会への対応策は、今なお全く見えておりません。

そこで、一つの解決策は、「中高年層の労働市場の再構築」ではないかと私は思っています。昔と異なり、現在の六十代はまだまだ元気です。その多くは既に年金生活を送っていますが、仕事さえあればまだ働きたいというのが本音でしょう。しかし、若者達が見捨てた「農業などのきつい一次産業」を除いては、働く場はあまりありません。

中高年層の労働市場を再構築しようとするなら、先ず、各企業における「年功序列的な制度と雰囲気」を打破する事が必要です。(藤原先生のような「品格」論者には申し訳ありませんが…。)

若い人達は年寄りとはあまり一緒に仕事をしたくはないようですが、それは、別に加齢臭が気になるわけではなく、「何となく気を使わねばならない」のが嫌だったり、「職場の雰囲気を壊される」のが嫌だったりする為でしょう。これは、突き詰めると、「自分より若い奴に使われるのは嫌だ」と感じる中高年層側の方に、より大きな問題があるようでもあります。

その点からも、同じ企業内での単純な定年制の延長はよくありません。それよりも、比較的早い時期に一旦は退職するが、全く別の企業で再就職できるような仕組みを作る方がよいと思います。そうすれば、過去のしがらみや先輩後輩の関係は断ち切られ、年齢と地位の逆転から生じる心理的な問題の多くは解消出来るでしょう。思い切って海外に新天地を求めれば、或いはもっと良い結果がもたらされるケースもあるかもしれません。

しかし、もっと良いのは、定年後の人達が中心になっての起業ではないでしょうか? 現在は一時的に厳しい状況になってはおりますが、起業をする条件は一昔前に比べれば基本的によくなっています。団塊の世代の人達は、典型的な日本のサラリーマン社会を生きてきた人達でしょうが、この人達が新しい価値観に目覚め、もう一度パワーを発揮する機会は熟しつつあるようにも思えます。

何れにせよ、厖大な借金のツケを孫子の世代に残すような「人任せの内需拡大策」より、自助努力による経済全体の活性化こそが、現在の日本の問題を解決する事になるだろうと私は信じています。

松本徹三

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