少子化対策より「労働人口政策」を - 池田信夫

池田 信夫

民主党の経済政策は全体としてよくわかりませんが、特にマクロ経済政策はマニフェストに何も書かれていません。自民党に攻撃されて、あとから付け加えた「成長戦略」も、成長とは無関係の再分配政策です。しいていえば、子ども手当は少子化を防ぐことによって成長率を維持する政策といえなくもないが、これは経済政策としてはほとんど無意味です。その理由は、経済成長の減速の大きな原因になっているのは、全人口ではなく労働人口の減少だからです。


これは初歩的な成長理論で理解できます。Yを所得(GDP)、Kを資本投下、Nを労働人口とすると、生産関数は次のように記述できます:

Y=F(K, N)

ここでNは、実際に労働する人口です。団塊の世代の引退によって労働人口は今後10年間で9%減ると予想されており、他の条件を同じと仮定すると、これだけで年率1%ポイント近く成長率は低下します。今から「子づくり」を奨励しても、とても間に合わない。一人あたりのGDPはそれほど減少しないので大丈夫という考え方もありますが、税や年金の負担を考えると、世代間の不公平が拡大します。

しかし全人口が減っていても、Nを増やすことはできます。たとえば中国の人口増加率は減速していますが、内陸部から沿岸部に大量の人口移動が起こっているため、向こう10年は高い成長率が見込まれています。日本の高度成長を支えたのも、人口の都市集中でした。いま地方経済が疲弊して職がないのは「小泉改革」のせいではなく、農業が衰退し、さらに地方に立地していた工場の労働者が海外移転によって減ったためです。これをバラマキ公共事業で支えるのは、反生産的な政策です。都市部ではサービス業を中心に労働需要は増えており、地方から人口が移動して労働供給を増やせば成長は維持できます。

もう一つは、老人を労働人口に組み込むことです。そのためには定年制を廃止する必要があります。日本の政治家を見ればわかるように、60歳を過ぎても働く意欲や能力のある老人はたくさんいます。それが定年によって一律に解雇されるのは、年功序列によって彼らの雇用コストが高いためです。したがって年功序列をやめることは、高齢化社会に対応して労働人口を確保するために不可欠です。これは政策的に変えることは困難ですが、正社員を過剰保護している規制をやめれば、おのずから賃金は労働生産性に見合うものになるでしょう。

また非正規労働の問題は、女性差別の問題でもあります。今年の経済財政白書(下図)も指摘するように、女性労働者のほぼ半分が非正社員です。このように待遇が悪いことが、気楽な専業主婦を選ぶ原因になっていると思われます。また長期雇用を維持するために転勤の多いサラリーマンの勤務形態も、配偶者の雇用の維持を阻害しています。正社員=男性を過剰に保護していることが非正社員=女性の劣悪な労働条件をもたらしているのです。

hakusho
このように労働人口を適正に再配分すれば、成長率を上げることは可能です。そのためには労働市場を柔軟にして、年齢や性別に関係なく能力のある人が重要な仕事につけるしくみをつくる必要があります。その結果、社内失業している中高年労働者や公共事業にぶら下がっている地方の土建業者などが職を失う可能性はあります。「都市と地方の格差」が拡大する可能性もあります。

しかし都市と地方の格差というのは問題ではない。大事なのは、そこに住んでいる人の生活なのだから、地方で暮らせなければ都市に引っ越せばいいのです。戦後の日本はそうやって成長してきました。グローバル化によって地方経済の存続がむずかしくなった今は、あらためて労働人口の再配置が必要です。地方はむしろ環境を守り、「ふるさと」として観光やリゾートで生き残りをめざすべきです。

ただ労働人口の減少は急激なので、緊急の対策としては移民の受け入れも必要になるでしょう。現実には、雇用規制の強化のおかげで、製造業では中国人の「研修生」を労働者として使う工場が増えています。地方の私立大学では、欠員が出ている分を中国人研修生で埋めているのが実情ですが、この「隠れ移民」は非正社員よりさらに身分が不安定です。こうした実態を直視し、移民を受け入れて市民権を認めることも今後の課題でしょう。

コメント

  1. hogeihantai より:

    労働人口の減少が急激に起こっているのは間違いないのですが、人手不足で困っている産業も飲食、医療福祉と国内需要依存型、それもスキルを要しない低賃金の雇用に限られています。移民を受け入れても受け入れ先はこの様な所しかありません。とても日本経済の屋台骨を支える産業とはいえません。

    製造業では現在過剰気味でも10-20年先では人手不足となるかもしれません。移民を受け入れることによって企業が人件費を抑えることが出来れば企業にはメリットがありますが、日本人と同じ賃金で雇用するのであれば、移民を送り出す途上国で生産する方がましで、送り出す国の為にもなることです。移民の出身国や彼らの文化、宗教にも依りますが、欧州では移民とのさまざまな摩擦により物議をかもしています。

    日本が積極的に移民の受け入れをするなら科学者、技術者、金融等の知的労働者に限るべきではないでしょうか。昔と違い理学部や工学部には優秀な人材が集まらなくなってます。
    米国と同様、優秀な外国人が日本の大学に留学でき、卒業後も日本で働けるよう対策をうつべきでしょう。今のままでは単純労働の外国人しか日本には来ません。

  2. jnavyno1 より:

    中川です。

    先生の論文に「修身雇用制」と「年功賃金」が取り入れられた、経緯が論じられており、あくまでも経営者の合理的戦略による判断、「算盤による」という箇所があります。

    この二つの極めて日本的な雇用形態は極めて合理的な経営者の判断から生まれたということです。

    現代は経営と所有者(株主)の役割分担ができておらず、あいまい且つ妥協的なことに遠因があるのではないでしょうか。戦略は経営者、是非判断は所有者と役割分担が大切なのではないでしょうか。

    そして移民問題はまず国内の安全保障上の問題をクリアにする必要があります。「軒下貸して母屋取られる」では間抜けですので。

    その体制ができてから、経営者の合理的判断に任せては如何かと思います。戦略の選択はあくまで経営者、そしてその失敗成功の判断は所有者であるべきです。

  3. technolad より:

    >中川さん

    経営者が合理的な判断をするという根拠がどこにあるのですか?今までの日本の失敗をみると、日本は合理的なものが不合理になったとき、変化が出来ていないように思えます。つまり不合理な物を合理的な物に変えないということです。これは経営者の不合理な判断以外何物でもないでしょう。つまり経営者は合理的な判断をとるとは言えない。

  4. technolad より:

    >中川さん

    >移民問題はまず国内の安全保障上の問題をクリアにする必要があります。「軒下貸して母屋取られる」では間抜けですので。

    まるで拳銃をもった人間を輸入するかのような発言ですが、これについても在日外国人の犯罪率が本当に日本人より高いのかどうか検証する必要があるように思います。しかしながら今の日本の安全度から言えば、多少移民を入れたところでまだまだ安全な国とは言えると思います。

  5. hogeihantai より:

    東京の様な大都会では、コンビニ、外食産業等、現在でも外国人店員がいないと営業出来ない状態ですが、これも池田さんが仰るよう、地方の失業者が都会へ出てくれば人手不足は解決できるでしょう。単純労働を移民に依存せざるを得ない程、深刻な人手不足になるでしょうか。

    製造業を除けば、流通、小売、建設、金融、農業等等、生産性の極めて低い産業の雇用数は全労働人口の半数以上を占めています。規制を撤廃し、バラマキを止め、競争原理を導入すれば余剰労働力は大幅に増えます。女性と高齢者の雇用もかなり増やせます。20-30年位は人手不足は起こらないのではないでしょうか。子作り奨励は決して遅すぎることはないと思うのですが。

  6. bobbob1978 より:

    移民を受け入れる際はある程度の日本語によるコミュニケーション能力を義務付ける等の条件は付けたほうがいいかも知れません。そのために、外務省などは今からでもアジア諸国における日本語及び日本文化教育の拡充を目指した戦略を練って欲しいものです。安易に労働力を確保する手段として移民の受け入れを行えば間違いなく将来に禍根を残します。単なる労働力の受け入れではなく、「多文化共生国家日本」の創生を目指し国家百年の計のつもりで計画を練るべきです。「他者のよいところを取り入れる」のが日本の優れた特性なのですから、この件に関してもその特性を発揮すべきでしょう。
    もう国内の労働力では国を賄えなくなるぎりぎりまで移民受け入れを渋っていてはいざというとき不逞な人々まで受け入れざるを得なくなりかねません。今からでも海外において「日本になじみやすい移民の教育」しておくのが肝要だと思います。そうすれば単に「金目的」で来る移民ではなく、「日本の文化に興味を持つ」移民を集めることが可能になるでしょう。

  7. 松本徹三 より:

    hogeihanntaiさんが言われるように、各企業が外国人の技術者や有能なマネージメントスタッフを積極的に受け入れることは、日本人社員に刺激を与えるためにも、海外企業や自社の海外法人との連携をうまくやるためにも、きわめて有益だと思います。
    (米国のハイテク企業などではインド人の活躍が目立ちます。が、日本企業もこれに学ぶべきです。)

    しかし、日本語の難しさと多くの日本の企業文化の特異性を考えると、これがうまくいくかどうかには自信はもてません。

  8. nikudangochan より:

    外国人移民を受け入れる場合、日本の国内企業に底辺労働者として入社した移民が日本人とくらべてキャリアパスで不利な立場になるようだと、モラルの低下による治安悪化が懸念されるかもしれません。

    日本企業に日本人も外国人も公平に扱う覚悟があるでしょうか。

  9. jnavyno1 より:

    中川です。

    >経営者が合理的な判断をするという根拠がどこにあるのですか?

    言い方が悪かったです。経営者の「自由」な判断ではいかがでしょうか。

    >まるで拳銃をもった人間を輸入するかのような発言ですが、これについても在日外国人の犯罪率が本当に日本人より高いのかどうか検証する必要があるように思います。

    微妙な問題ですので慎重に発言しますが、 ヨーロッパでは旧植民地国やアラブからの移民を受けれ、それが問題化しております。前者ではフランスで暴動になり、後者では特にオランダで社会問題化しております。旧植民地宗主国はその責任として移民を受け入れておりますが、その実は国内植民地を形成して国際競争を勝ち抜こうとしているようにも思えます。このモデルは自国民を使って中国が成功させております。

    さすがに人権に敏感なヨーロッパですから、中国のようにいかず顕著に問題化したと思いまが、しかし中国でも年間9万件の暴動が発生しているとの報道があり、最近ではウイグル人労働者が中国人経営者との間でちトラブルとなりました。その暴動は十数人から数万人まで多種多様あります。数十人でも固まれば暴走になるということを認識しなければなりません。
    なかかな難しい問題だと思います。