あまりに悠長な民主党の年金制度改革

2009年10月14日 10:00

学習院大学経済学部経済学科教授/鈴木亘

「ミスター年金」こと長妻昭議員が厚生労働大臣になって1ヶ月近くがたつが、国民の関心が高い肝心の「年金改革」について、あまり情報が伝わってこない。今のところ、彼が「年金問題」について決断した内容は、1.年金記録問題について、2010年に2000億円、2011年に4000億円を計上し、包括的な照合を行なうシステム作りや一括訂正のための法案整備を行なって、年金記録照合や救済を急ぐこと、2.自公政権下で既に民間人に採用内定を出していた日本年金機構(社会保険庁の後継組織)について、その発足を歳入庁発足までの「つなぎ」として認めたこと、3.日本年金機構と国税庁を合併する「歳入庁」発足を2013年までに行なうこと、という3点のみに過ぎない。


就任当初の混乱があるにせよ、国民が民主党政権によせる期待のかなりの割合は、「年金制度改革」にある。各種世論調査によれば、国民の関心は「年金記録問題の解決」よりも、むしろ最低保障年金設立などの「年金制度自体の改革」にあるのであり、自公政権末期に破綻しかけていた(国民にも、そのことはうすうす気づかれていた)年金財政の立て直しこそ、早急に手を付けなければならない課題である。今のところ、民主党は年金記録問題の対処を最優先し、年金制度改革は2013年までの4年間をかけてゆっくり議論するという方針を採っているが、これは事実上の棚上げ・先送りである。しかし、年金財政を取り巻く現状を考えると、そう悠長に構えることは出来ないだろう。

すなわち、自公政権末期には、選挙対策のために、今後の予定運用利回りを4.1%に設定するなどの「粉飾決算」を重ねていたが、実は、少子高齢化の進展や景気・株価急落によって、「100年安心プラン」は実質的に崩壊している。私の手元の年金シミュレーション・モデルでは、2055年には厚生年金の積立金は枯渇してしまうのであり、その建て直しが急務だ。底割れが続く国民年金未納率への対処や、昨年秋から10兆円近い損失を計上している積立金の運用方針見直し(基礎ポートフォリオの改定)も待ったなしの課題である。また、今後の4年間という時期は、大量の「団塊の世代」達がちょうど年金受給者に転じる時期であり、年金改革が遅れれば遅れるほど、大きな負担を将来世代に残すことになる。つまり、4年後の改革では「遅きに失する」のであり、早急な改革が求められる。

そこで、ここでは民主党がマニュフェストに掲げていた年金改革案について、現時点での課題を考えてみることにしたい。民主党の年金改革案の骨子は下記の4点である。

(1)現在、厚生年金(サラリーマン)、共済年金(公務員)、国民年金(自営業、農林水産業、無業)の3つに分かれている年金制度を1つの制度に統一する。

(2)どんな低所得者・無業者でも最低7万円(月額)の年金受給を保障する「最低保障年金」を創設する。財源は、消費税である(「政策集インデックス2009」によれば、消費税率は5%。税収全てを年金財源とする「年金目的税化」をする)。

(3)所得の15%を保険料として徴収し、現役時代に収めた保険料総額に比例した形で、老後の年金受給額が決まる「所得比例年金」を創設する。

(4)改革案への移行は、旧制度と新制度を並存させつつ、40年程度の移行期間をとる。

現段階では、これ以上の具体性は無いため、詳細な制度論議は不可能であるが、今後早急に詰めてゆくべき課題は大きく3点ある。この課題を今後の改革論議の中でどう克服するかが、民主党の年金改革案の成否を決めることとなるだろう。

まず、第一の課題は、最低保障年金の財源規模である。つまり、最低保障年金を、所得比例年金がいくらの人まで受給できる規模にするのかという点である。実は、前回の参院選の際、当時の小沢代表が「現役時の平均年収が600万円を超えると最低保障年金が減り始め、1200万円超で打ち切る(0円となる)」と発言しているが、今回のマニュフェストでは、それを取り下げた形となっている。

小沢発言当時、民主党は、最低保障年金財源に充てる消費税率を3%としていたが、この小沢スキームでは明らかに3%の規模を超えることから、自民党と厚労省の批判が集中した。そのため、今回はその轍を踏まないために、細部を定めず、しかも、充当する消費税率も5%に引上げているわけである。しかし、私の手元の年金シミュレーション・モデルでは、改革当初でも5%強、将来的には7%ぐらいが必要になると見込まれる。財源が足りなければ、消費税率を引上げるか、所得比例年金の収入を流用することになるが、どちらも国民の納得を得ることは難しい。

端的に言って、「最低保障」とする銘打つ年金を、年収1200万円の高所得者まで受給できるということは理解に苦しむが、これは、これまで民主党の支持基盤として影響力の強かった「連合」の要望であるらしい。連合は大企業の正社員を中心とする労組であるため、いわば、金持ちの労働者の労組なのである。その組合員たちの多くに最低保障年金を支払うとすれば、驚くべきことに年収1200万円までということになってしまうのである。今回、国民の幅広い層から支持を受けた民主党が、連合をどこまで説得し、現実的な財政規模に最低保障年金を抑えることができるかが一つのポイントである。

第二の課題は、これまで国民年金に加入していた自営業、農林水産業の人々の所得把握の実現性である。クロヨン(9:6:4)、トーゴーサン(10:5:3)などといわれているように、わが国の自営業、農林水産業従事者の所得把握率は、サラリーマンに比べて非常に低いが、このままの状態で民主党案に移行すると、実は大変なことが起きてしまう。

つまり、最低保障年金は所得比例年金が低ければ低いほどたくさん受け取ることができるから、所得を低く偽ることで、自営業、農林水産業従事者は大きく得をすることができるのである。極端な話、所得ゼロと申告すれば、最低保障年金は、まるまる満額、負担無しで全額を受け取ることが可能なのである。その一方で、実際にあった所得の中から、銀行預金や個人年金で貯蓄を運用しておけば、公的年金よりもはるかに利率の良い老後資産が蓄えられることになる。

現在、そうした動きが起きないのは、彼等が加入する国民年金が、定額負担、定額給付であるからである。つまりは、嘘をついても負担は減らず、給付は増えないので、何の得にもならないからなのである。それでも、未納・未加入率は非常に高く、満額まで保険料を納付するものは極めて少なく、自分で貯蓄や個人年金に加入する人々が多い。

嘘をついたほうが得という仕組みになれば、その動きは益々加速し、最低保障年金への「ただ乗り」が広範に起きることは想像に難くない。民主党が進めようとしている納税者番号導入や歳入庁創設によって、所得把握をどこまで厳密にすることができるかが、まずは年金改革実現のための前提条件である。その意味で、納税者番号導入や歳入庁創設は、2013年までどころではなく、なるべく早急に、かつ確実に実施されなければならない。

第三の課題は、所得比例年金の制度的性質である。所得比例年金は、保険料として支払った総額が老後、年金として「比例的」に戻ってくる制度とされており、積立方式への移行のような印象を与えているが、実はどのような財政方式をとるのかはっきりしない。しかし、それが真の積立方式を意味するのか、それとも賦課方式を維持したままの修正なのかで、「世代間不公平の改善」、「年金財政の維持可能性」の議論は、大きく変わってくる。

もし、この所得比例年金を完全に積立方式にするのであれば、現在、賦課方式の元で運営されている現行制度が抱える540兆円の「年金純債務」をどう処理するのか、その道筋を明らかにすべきである。積立方式とは、年金保険料として支払った総額(を運用した額)が、年金として受け取る受給総額に等しい方式であるが、所得比例年金創設で新たに保険料負担が大幅に増える自営業、農林水産業の人々にとっては、このようにきちんと「年金が戻ってくる」制度でなければ、改革案に納得することは難しいだろう。

しかし、現行の年金制度は、既に賦課方式(現在の年金受給者を現在の現役世代が支える方式)で運営されており、改革後も、現在の年金受給世代への年金支払いを続けてゆかなければならない。その現在の年金受給世代、あるいは、もう直ぐ年金受給世代になる人々に対して、政府が今後支払いを約束している年金受給総額(厚生年金分のみ)は、実は670兆円も存在しており、現在持っている積立金の130兆円を除いても、まだ540兆円もの債務超過が存在している。つまり、我々は、全く新しい白いキャンパスに絵を描くように改革を行なうことは出来ないのであり、古い絵を塗りつぶすように、この債務の処理に道筋を付けない限り、新しい積立方式の年金に移行することは出来ない。

あるいは、もともと民主党案はスウェーデン方式をお手本にしているとされているので、?確定拠出で原則、賦課方式を維持したまま、?一種のイリュージョンとして積み立てられているイメージを国民に持たせる「見なし確定拠出方式」という制度を考えている可能性もある。しかしながら、スウェーデンでこうしたイリュージョン方式が可能であったのは、スウェーデンが少子高齢化のほぼ終わりつつある、緩やかに少子高齢化が進む国であるからである。

日本のように、世界最速のスピードで少子高齢化を突き進む国が、スウェーデンと同じことを真似ることは、はっきり言って不可能である。「見なし確定拠出方式」とは、年金保険料の総額に何らかの「係数」を掛けて、将来の年金受給額が決まる方式である。係数は、過去世代への支払いや運用状況によって決定され、拠出した金額に「比例」して年金受給額が決まることになる。しかし、その係数が保険料支払い総額の10割から9割、8割、7割、6割・・・と、世代が後になるに従って下がってしまっては、いくら「比例」していても世代間不公平は明らかである。つまり、現行の賦課方式と何ら変わらないという印象になるのであり、馬脚が現れてイリュージョンにならない。

こうした所得比例年金のあり方しだいによっては、自公政権のちっとも安心ではない「100年安心プラン」と、結局は何ら変わらないのである。もともと、世代間不公平や年金財政の維持可能性に大きな問題を抱える現行の3つの制度(国民年金、厚生年金、共済年金)を合併するだけでは、問題は何も解決せず、そのまま継続されることは明らかである。むしろ、国民年金を一元化してその規模を大きくしただけ、より年金債務額が増加することになりかねない。その場合、低年金者対策がある程度進んだとしても、現在よりも世代間不公平が拡大し、年金財政の維持可能性が益々低くなるため、改革がむしろ裏目に出る可能性すらある。そうした最悪の事態にならないよう、我々は、今後の改革論議を注視している必要がある。

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