「NTT分割の議論は2周遅れ」の意味 - 松本徹三

2009年10月15日 06:00

またまた原口総務大臣の発言に関する話で申し訳ありません。一般市民の関心がもう一つで、「暖簾に腕押し」状態になるではないかと危惧していたNTT問題が、俄然ホットな議論を呼びそうになってきたので、私には「ここは徹底的に追求したい」という気持ちが特に強いのです。何卒、情状ご酌量のほどをお願い致します。


そもそも、原口大臣が「2周遅れ」と批判したのは、2006年5月の時点で「通信と放送のあり方に関する懇談会」(通称「竹中懇」)が出した「NTT東西のアクセス網の分離」に対してだと思いますが、当時の「竹中懇」のメンバーとて素人ではないのですから、そこまでコケにされては心穏やかであるわけもなく、「何故2周なのか?」と当然問い質したいところでしょうし、原口大臣もどこかの時点でこの問いに答えられる積りでしょう。

しかし、私には、この「2周」の根拠が大体「推測」出来るような気がするので、敢えてここで私の「推測」を披露したいと思います。(頼まれてもいないお節介でご免なさい。)

米国では、1984年に、グラハム・ベルによる電話システムの発明以来の伝統を引き継いできた巨大な垂直統合型の「AT&T」が、長距離ネットワークの運営と研究開発・機器製造を行う「新AT&T」と、7つの「地域電話会社」の計8社に分割されました。そして、その後、「新AT&T」は、研究開発・機器製造部門を「Lucent Technology」として自主的に分離しました。

ところが、その後、8社に分割された電話会社は、複雑な合併と吸収を繰り返し、現在は「Verizon」と「AT&T」の2社に再編された形になっています。このことをもって、「ほら見ろ。結局元に戻ったじゃあないか? 分割は失敗だったのだ」と言っている人が結構居るのです。

ですから、原口大臣が、「その後の統合」どころか、「最初の分割」さえもがまだ出来ていない日本の現状を指して「2周遅れ」と言われるのなら、それは正しいと言えます。そして、「2周遅れた出発点から行おうとしている如何なる改革も、2周遅れを取り返す事は出来ない」と言う意味で、そういう発言をしておられるのなら、それもそれで理解出来ます。

しかし、それでは、当初アメリカで行われた「分割」は間違っていたのでしょうか? 「無駄な遠回り」だったのでしょうか? 私は決してそうは思いません。

アメリカでは、先ず「分割」によって「動かし難い山のように見えたAT&Tの圧倒的な独占状態」を打ち崩し、その後「各社それぞれの自由意思」によって、即ち「競争環境の中で生きていく為のそれぞれの経営戦略」によって、合併・統合が繰り返されたのです。もし、最初の「分割」がなかったら、その後の動きもなく、現在のような状況にはならなかったでしょう。

「真の『建設』は『破壊』の後でしか出来ない」という言葉がありますが、アメリカがやった事はまさにこれでした。それに対し、「身内に甘く、正邪の区別を曖昧にしたままで『まあまあ』とお互いを庇い合う」傾向の強い日本では、通常このような「破壊」は出来ず、従って、「真の建設」もなかなか出来ないようです。

ちなみに、現在の「Verizon」と「AT&T」はどのようにして形成されたのでしょうか?

「Verizon」は、7つの地域電話会社のうち東部に位置した2社、NynexとBell Atlanticが中核になり、これに中西部のAmeritechと西海岸のPacific Telesisの一部が吸収されて形成されました。「固定通信サービス」と「携帯(無線)通信サービス」の二部門から成り立っていますが、「携帯通信サービス」は、もともと地域電話会社系と独立無線通信会社系の二系統に免許が与えられた経緯がありますので、前者を引き継ぐ「Verizon」は、ごく自然に一大勢力を形成するに至ったのです。

これに対して、「AT&T」の方はもっと複雑です。前述のように、全国の携帯通信サービスの約半分は、McCaw CellularやLin Broadcasting等に代表される独立系無線通信会社が行っていたのですが、これらの会社が合併・吸収を繰り返した挙句、最終的に「AT&T」と合併、ブランドとしてより価値のある「AT&T」を会社名にしました。一方、「Verizon」系とは別の地域電話会社を糾合した「Cingular」(南部のBell Southと南西部のSouth Western Bellが中核)も、最終的にここに吸収されたので、ここに、「全ての部門でVerizonと拮抗する力を持つ新しい会社」が、昔ながらの「AT&T」の名の下に誕生したわけです。

(なお、「Verizon」と「AT&T」に次ぐ第三位の通信会社は、元々「旧AT&T」と対抗する立場だった独立電話会社系の「Sprint」であり、第四位はドイツテレコム系の「T-Mobile」ですが、今回の議論とは直接関係がないので、ここでは説明を省きます。)

さて、このように複雑な合併・統合によって二大勢力が誕生したのですが、その経過においては、もともと同じ釜の飯を食っていた旧AT&Tの各社の間に激しい競争がありました。繰り返しますが、このような競争がなければ、合併も吸収も何も起こらなかったのです。

そもそも、当初の「AT&T分割」の条件自体が、日本の「見せかけのNTT分割」とは似ても似つかぬ厳しいものでした。私はまさにその現場に居合わせていたのでよく知っていますが、「経営の分離」を確実に担保する為に、昔の友達にちょっと電話して情報交換をしたり、意見を求めたりする事すらもが禁止されていた程です。グループ各社で頻繁に人事交流が行われているNTTの現状とは、全く比較になりません。

私はアメリカで長く仕事をし、アメリカの会社にも10年近く勤めましたが、「何でもかんでもアメリカのやり方が良い」等とは毛頭思っていません。しかし、こと「通信分野での独占の弊害に対する戦い」ということだけに限るなら、アメリカと日本の差は「2周遅れ」程度の生易しいものではないと感じています。

1984年のAT&T分割以来25年の間、日本で起こった事は何だったのでしょうか? 要するに「実質的なことは殆ど何もしなかった」と言うに等しかったように思えます。 

そして、1996年の「持ち株会社」による「ごまかし決着」以来、「先延ばしに次ぐ先延ばし」の挙句、ようやく約束の2010年が訪れようとしている現在、新政権の総務大臣が「2周遅れ」を取り戻すためにやろうとしている事は、皮肉にも、「実質的なことは殆ど何もしなかった」どころか、「25年間全く何もやらなかったのと同じ元の状態に戻す」事であるかのようなのです。

その間に、日本の通信システム・機器製造会社の国際競争力はほぼ壊滅状態になりました。「日本の技術競争力を確保する為に必要ということで、NTTの研究開発部門をそのまま温存したにも関わらず」です。

「通信インフラの充実と低コストの実現」という面からも、日本は国際的に低い評価しか与えられていません。ADSLで世界最安値のサービスが実現したのと、携帯通信サービスで不完全ながらも或る程度の競争環境が実現しているのが、唯一の救いとも言えますが、このいずれについても、新興勢力の頑張りに負うところが多かったのも事実です。

さあ、これからどうするのか? 今度こそ誤魔化されないように、全ての議論がオープンにされ、その内容が詳細に吟味されなければならないと私は思っています。そして、出来る事なら、私自身も、是非ともその議論の中に参加させて貰いたいと切望している次第です。

松本徹三

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