新聞社 - 日本の「神経系」は大丈夫か

2009年10月16日 13:42

磯崎哲也事務所代表/磯崎 哲也

昨今の日本は政権も交代してバタバタと落ち着かない状況であるが、こうした状況の下で心配されるのが、社会の状況を的確に伝える「神経系」たるマスコミの経営状況の悪化だ。
マスコミは、マスコミ自身の経営状況についてはほとんど報道しないため、一般市民には、マスコミが今どういった状況にあるのかは、わかりにくい。


言わずもがなではあるが、こうしたマスコミの苦境は、単に景気が一時的に悪化して広告費が減少しているというだけではなく、人々の生活の中で「ネット」が急速に台頭してきていることによって引き起こされている。実際、日本だけでなく、アメリカやヨーロッパなど世界各国のマスコミで、前年比二桁の売上ダウンや巨額の赤字の発生といった現象が同時並行的に起こっている。

マスコミの中でも「テレビ」は、在京キー局各社が上場しており、各社の売上や利益の大幅な減少や一部企業の赤字転落については、投資家等を通じて社会にもそれなりに伝わっている。
また、テレビCMの業種構成が変わったり、人気テレビ番組が終わったり、人気キャスターや大物芸能人が番組から外れたりといったことを通じても、一般の視聴者にも「ただならぬ事態」が発生している雰囲気は伝わっているだろう。

テレビ局は、外部委託という「削りシロ」も多かったし、ライブドアや楽天による買収で「資本の論理」の洗礼を受けているので、まだ良い方だとも言える。
もし仮に、過去の歴史にライブドアによるニッポン放送(フジテレビ)の買収という「事件」が存在しなかったら、百億円単位のコスト削減を伴う経営改革を社内に説得するのは今よりずっと難しかっただろう。そういう意味では、テレビ局各社はホリエモン氏に感謝してもいいかも知れない。

これに対して、日本の新聞社は全社非上場であり、こうした「資本の論理」の洗礼を直接受けていない。
また、出版社の売上が書籍や雑誌、映画、アニメといった多種多様な事業から構成され、柔軟に変化しうる余地があるのに対し、大手新聞社は、(日経は、情報ビジネスや出版に多角化が進んでおり多少状況が異なるものの)、数千億円の売上を持つ巨大な「単品事業」の性格が強い。しかも、人材や設備等、内製化された固定費的な部分が多く、テレビ局のような「削りシロ」も少ないと想定される。
このため、経営改革を行うにも、従業員や設備といった「自らの体」にメスを入れないといけないことになる。「資本の論理の洗礼」を受けていないことに加え、株主も「内輪」で構成されているため、「株主のため」といった説明も説得力を持ちにくい。

また、あまり知られていないが、新聞社は非上場企業にも関わらず法令による詳細な開示が行われている。過去のファイナンスの経緯等から、読売を除く、朝日・毎日・産経・日経の各社は、金融商品取引法に従って「有価証券報告書」を提出しており、金融庁のサイトEDINETを見れば、誰でも無料で上場会社並の細かさの経営情報を知ることができる。

この新聞社の今後の行く末を占うキーワードの一つが「継続企業の前提」だ。

企業が開示する決算(財務諸表)は、「企業が近々破綻する危険が少ない」ことを前提として作成されている。
例えば新聞の輪転機は、新聞社以外に転用できるとも思えないので、万が一、大手新聞社が破綻して輪転機を売りたいということになっても、買う人が現れる可能性は低い。つまり、企業の財務諸表の資産の価額は「売れる値段」では載っていないのだ。
このため、財務諸表を見る場合には、その企業が近々破綻する可能性があるのかないのかが極めて重要であり、継続企業の前提に関する情報を開示することが会計基準で義務づけられている。
つまり、現在、上記の新聞大手各社は赤字に転落しているが、今後も赤字が続く場合には、新聞社の経営者はリストラ策を策定して企業が存続しうることを示し、第三者である監査法人を納得させる必要があるし、その情報が開示されることになる。
また、朝日新聞は現在ほぼ無借金だが、他の各社は数百億円単位の借入金やリースがあり、経営改善策に対する金融機関の納得が得られなければ、今後の企業の継続は困難になるはずだ。

景気が急速に回復するといった神風が吹けば状況は多少変化するかも知れないが、ネットへのシフトという大きな流れが変わるとは思えない。海外でも、フランスのように政府が新聞社の支援をしたり、アメリカでも新聞社のNPO化といった議論まで出始めており、日本の新聞社が「破綻」あるいは大規模な再編や再生に突入する事態になれば、一般市民のマスメディアに対する目も「新聞の時代が終わりつつある」という方向に大きく変わっていくだろう。
また、グーグルやアップルが提供するであろう新しいコンテンツ課金のインフラや、「電子新聞」への対応も迫られる。

「新聞社でさえ倒れる」という事態が仮に発生した場合には、一時的に、社会不安が発生することになるかも知れない。今後数年で実体経済が底入れ・回復しても、情報を伝える「神経系」の混乱が社会に暗い影を落とす可能性には注意が必要ではないかと考えられる。

しかし、長い目で見れば新聞社の破綻は歓迎すべきことかも知れない。少なくとも日本においては、「新しい神経系」となるべきネットにおいて、コンテンツを扱う人材の量・質が十分とはとても思えないからだ。
IBMやNASAから大量に解雇された技術者がシリコンバレー発展のための人材の供給につながったり、90年代後半に日本の金融機関が破綻してそこから流出した大量の人材によってその後の日本の新しい金融の土台が作られたという事例もある。恒星が寿命で爆発して消滅することが、新しい星を作る物質の供給をするように、マスコミの人材も、新聞社等の経営悪化を通じて、今後10年でネットの世界に大きくシフトするだろう。
特に、情報を扱う事業においては先行者利得が強く働く場合が多い。会社が早めに破綻して新たな世界に飛び込む決意をした従業員の方が、長い目では社会の中で有利なポジションを築ける可能性があるだろう。

参考記事:
テレビ業界は今、どうなっているか?
新聞業界は今、どうなってるか?(問題意識編)
新聞業界は今、どうなってるか?(朝日新聞社編)
新聞業界は今、どうなってるか?(毎日、産経、日経編)
「紙メディアの無い世界」の覇者は誰か?(前編)
「紙メディアの無い世界」の覇者は誰か?(後編)

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