郵政国有化の示唆する「次の危機」 - 池田信夫

2009年10月28日 11:09

日本郵政の新体制は、予想以上に「国有化」の方向のはっきりしたものだ。社長に斎藤次郎・元大蔵事務次官を起用したほか、副社長に坂篤郎・前内閣官房副長官補、足立盛二郎・元郵政事業庁長官など、中枢を官僚で固めた体制は、日本郵政を実質的に昔の大蔵省資金運用部に戻し、財政投融資を復活させるものというしかない。亀井金融・郵政担当相は、きのうの記者会見でも「郵便局を年金支給などの公共サービスの拠点にする」と国営化の意図を隠さなかった。


ただ民主党がこの乱暴な人事を黙認した背景には、小沢一郎幹事長の影も見える。斎藤次郎氏は次官だった1993年、細川政権で小沢氏とともに「国民福祉税」を打ち出して失敗し、そのあと自社さ政権によって事実上更迭され、天下り先もなく浪人生活を強いられた。そればかりでなく、大蔵省に反感を強めた自民党が「財金分離」を主張して、律令制度以来の伝統をもつ「大蔵省」を解体してしまった。今回、小沢氏がそのときの斎藤氏(および財務省)への「借り」を返したものと解釈するのが政界の常識だ。つまり今回の人事は亀井氏の独断ではなく、小沢氏=財務省の意向によるものと考えることができる。これは何を意味するのか。

常識的に考えられる原因は、92兆円以上にふくらむと予想される来年度予算に対する危機管理だ。税収は40兆円を割ると予想されているので、来年度の国債発行額は50兆円を上回る空前の規模となる。長期金利は1.4%程度とじりじり上がっており、藤井財務相が「市場の信頼を失うのが恐い」といったように、国債の発行額が市場で消化できる限度を超えると、買い手がなくなって価格が暴落(金利は暴騰)するおそれがある。これによって円安とインフレが起こると、さらに国債が売られる・・・という悪循環によって国債市場が崩壊するリスクが無視できなくなってきた。

これを防ぐためには、日銀が国債を買い入れることが一つの方法だが、このように財政を支えるために国債を買うことは、日銀の独立性を危うくして財政規律を失わせるため、日銀は同意しないだろう。それでも亀井氏が会見で「政府紙幣より国債の日銀引き受けのほうが簡単」と言っていたように、国会決議によって日銀に引き受けさせることはできる。しかしこれは戦時体制を思わせる「強権発動」であり、それ自体がパニックの引き金を引きかねない。

今回の郵政国有化は、こうした危機に際して、日銀に代わって郵貯が国債を買い支えることによって暴落を防ぐための危機管理体制とも解釈できる。これ自体は、ある意味では合理的な政策だ。国債の暴落やハイパーインフレのような形で日本経済が崩壊することを避けるために財務省が日本郵政を国営化したのだとすれば、財政危機はかなり深刻な局面にあると推察される。

したがって今回の方針転換は、財政破綻を予防する短期的な対策としては意味があるが、これによって財政危機がなくなるわけではない。日本の財政赤字が世界でも突出して大きく、長期的に維持可能ではないことは、IMFやOECDもたびたび警告しており、これを根本的に是正するには、ケネス・ロゴフも指摘するように、何らかの形での「ゆるやかな債務不履行」は避けられないだろう。

鳩山首相が国会の所信表明演説でのべた「やさしい政治」は、一つの理念としてはありうるが、残念ながら今の日本は、もうそんなことをいっている局面ではない。彼の内閣が編成する史上最大規模の予算によって、財政破綻は「今そこにある危機」となった。ゆるやかに衰退できればまだいいほうで、国債暴落とハイパーインフレで国民の資産が半減する最悪の事態も(まだ確率が低いとはいえ)考えなければならない。

その意味では、美辞麗句で飾られた鳩山氏の演説よりも、国家破産を「国営銀行」で食い止めようという小沢=亀井路線のリアリズムのほうがましだともいえよう。民営化の方向を放棄したのなら、思い切って郵政公社に戻し、預け入れ限度額を下げるとともに納税者番号などによって名寄せを厳格化し、郵貯を長期的に縮小してゆくという政策も考えられる。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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