なぜ産業構造の転換が進まないのか--池尾和人

2009年12月04日 10:07

ご存じの方も多いと思うが、産業構造の長期的な推移に関しては、「ペティ・クラークの法則」と呼ばれる経験則が存在する。すなわち、経済発展ともに、第1次産業(農業)、第2産業(製造業)、第3次産業(サービス業)へと順次、産業構造の重心が移っていくという法則である。この経験則は、人間の欲望のあり方に根拠をもったものであると考えられるので、妥当する蓋然性は著しく高いと判断される。


要するに、最初は「腹一杯飯を食いたい」という欲望が満たされれる必要がある。しかし、そうした欲望が満たされるようになった後は、胃袋のサイズには限界があるので、人間は「腹二杯飯を食いたい」とは思わない。次に欲しくなるのは、工業製品の類である。そうした需要構造の変化にうまく適応して経済発展を遂げていくためには、工業化を実現していかなければならない。もちろん、農業国であり続けて、農産物を輸出して、工業品を輸入するという発展パターンも考えられないことはないけれども、農業に比較優位を持ち続けられる条件をもった国は限られており、多くの場合には工業国への転身を図っていくことになる。

ところが、工業品についても、欲望の飽和という問題がある。最初は「テレビが欲しい」と思っていても、一家に一台、あるいは一人に一台テレビが普及してくると、一人で2台も3台もテレビが欲しいとは考えない。欲望の対象の中心は、モノからサービスに移ってくる。すると、こうした需要構造の変化に適合するためには、サービス経済化していかなければならない。しかも、工業製品と違って、サービスの輸入は難しい。

もちろん、最近の情報通信技術の発展によって、HD画像をやり取りすることで遠隔地(海外)から医療サービスを受けることも可能になってきているなど、サービスの輸入が全く不可能なわけではない。また、外国人労働力の導入は、サービスの輸入と同様の効果をもつと考えられる面もある。けれども、サービスは消費されるのと同じ場所・同じ時点で生産される必要があるという特性から、輸入に頼ることは基本的に難しい。

こうした潜在的な需要構造の変化に応じて産業構造の転換が図られていかなければ、持続的な経済成長は実現しがたい。しかし、特段の障害が存在しなければ、市場機構の働きによって、自ずからそうした産業構造の転換が促されるはずである。すなわち、工業品に対する消費者の欲望が飽和に近づき、サービスに移行していくならば、そのことを反映して工業品の価格が低下し、サービス価格が上昇するという相対価格の変化が起こるはずで、その結果として、より利益を求めるならば、サービス生産に資源を移すことが有利になるはずだからである。

逆にいうと、産業構造の転換がうまく進んでいないとすると、上記のような市場機構の働きを阻害するものが存在しているということになる。現在、日本の製造業に関しては、その物的生産性の上昇率を上回るテンポでの価格の低下が生じており、収益性の低下が生じている。この意味で、製造業から生産資源をpushする力は働いている。これに対して、サービス産業の側の生産資源をpullする力が弱いといえる。

これは、サービスの価格が消費者の潜在的評価を反映する形で上昇ていないからである(だからデフレになっている)。これから拡大すべきサービス産業の中核をなす医療・介護・健康・教育サービスといった分野は、基本的に公的関与の下にあり、自由に市場価格が形成される状況にはない。それゆえ、そうしたサービスに対する消費者の価値評価が顕示される機会が存在していない。

もちろん医療や介護といったサービスは、affordableな(手ごろな価格の)ものでなければならい。金持ちでなければ医療を受けられないといったことでは困る。しかし、だからといって最初から価格を統制してしまうと、そうしたサービスに対する消費者の価値評価を知ることができなくなってしまう。こうした観点からは、例えばバウチャー制度が有益だと考えられる。

保育バウチャーや教育バウチャーといった形で補助をした上で、選択を自由にすれば、どのようなサービスに対して消費者がどのような評価をしているかが判明する。その評価に応じて資源配分が見直されていけば、需要構造と供給構造の適合性が回復されるはずである。実際にバウチャー制度を仕組むには、いろいろと困難な問題があり、容易な話ではないけれども、消費者に自らの価値評価を顕示する機会が与えられていないことが、産業構造転換の遅れの大きな原因の一つとなっていることは理解されてよい。

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