タスクフォースでの議論と「国際競争力」の謎 - 松本徹三

2009年12月12日 00:10

ICT政策のあり方を議論する総務省のタスクフォースの会合が12月10日に行われました。約束通り、今回はNTTと競合する通信事業者のトップ(KDDIの小野寺社長、ソフトバンクの孫社長、イーアクセスのエリック・ガン社長など)も招かれたので、既に朝日や日経でも報道されているように、面白い議論になりました。


(尤も、惜しむらくは、最もその場に居る必要のあった内藤副大臣は、欠席しておられたようです。NTTご出身の内藤副大臣は、NTTからのレクチャーは、これまでに空んじる程に聞いてきておられることでしょうが、競合事業者の話は殆ど聞かれた事はないと推察しますので、これはとても良い機会だったと思うのですが、大変残念です。)

競合各社のトップは、別に事前に打ち合わせたわけでもないのに、ほぼ同じ議論を展開しました。みんなが異口同音に、これからのブロードバンドサービスの基盤となる光通信網がNTTの独占になりそうなことに対して危惧を表明し、「これを回避する為には、NTTの固定通信事業のうちアクセス回線網を設備会社として切り離すべき」と主張しました。

前者は、単純に「事実」であり、後者は、そこから出てくる当然の「論理的帰結」ですから、3社の申し立てが同じになるのも、考えてみれば当り前なのでしょう。これに対し、NTTの三浦社長は、「とにかく自由にさせて欲しい。もっと一体化させて欲しい。そうでなければ、グーグルやアップルなどの新しい海外の競争相手に勝てない」という趣旨のことを繰り返されたようです。

それ故に、「NTTと競合事業者の議論は噛み合わなかった」という報道がなされていますが、これまた、考えてみれば当り前のことです。もし議論が噛み合うのなら、別にこんな場で議論しなくても、全てがさっさと前に進んでいた筈だからです。(「レセ・フェールでは状況が変わらず、対立と不満が継続する。これは良くないので、国民に白黒をつけてもらうことが必要だ」というわけで、このような会議は開かれた筈です。)

国民の付託を受けた為政者は、別に両者間のレフェリー役を努める必要はありませんが、「国民の利益を守る為にはどうすればよいか」は、一所懸命考えなければなりません。その為には、先ずは、噛み合わない議論を噛み合うようにしなければならないのです。(尤も、「いや、私は、私を当選させてくれた人達の付託を受けているのであって、別に国民全体の付託を受けているのではない」と考えている人がいるのなら、話は別ですが…。)

この作業は、実はそんなに難しいことではありません。私がこのタスクフォースの座長なら、下記の様に仕切ります。

1. 先ず、国内での競争環境が現状のままでよいかどうかを議論しよう。もし現状がベストではないということなら、どこをどう変えればよいかを議論しよう。

2. 仮にそこをそのように変えた場合、国民が得られるプラスはどのようなもので、逆に失うものはどのようなものかを計算してみよう。そして、両者の差し引きが如何ほどであるかを計算してみよう。

3. もし「この様な変更を行えば、国際競争力が失われる」というのが事実だとしたら、それは「国民が失うもの」として計算されるべきだから、「それが事実かどうか? もし事実だとしたら、どれだけのマイナスが生じるのか?」を検証し、上記3)の差し引き計算に加えよう。

4. ところで、その前に、「国際競争力」とはそもそも何なのかを議論しよう。具体的には、どういうことが起これば、「国際競争力が向上した」と言えるのかをはっきりさせよう。

どう考えても、こういう手順を取る以外に、大きく乖離している両者の議論を噛み合わせ、「国民の為の結論」を導き出す方法はないように思うのですが如何でしょうか?

ここでは、上記の全ての検証をするのはもとより不可能ですが、4)の「国際競争力」の問題程度なら、或る程度は検証できると思うので、取り敢えずは糸口のところまででもやってみましょう。

先ずやるべきことは、日本におけるICTサービスの「質」と「価格」を諸外国と比較することです。誰が考えても、これが「ICTの国際競争力」を示す最大のメルクマールだからです。そして、それをベースとして、「上記1)の変更によってこれがどう変わるか」を検証する事が必要です。

次にやるべきは、「日本のICT関連商品やサービスがどの程度海外で売れているか」「日本の事業者がどの程度海外に投資し、利益を上げているか」を調査することです。これも、「ICTの国際競争力」というものを示す一つのメルクマールだと考えられるからです。そして、これらについても、「上記1)の変更によってどのような影響を受けるか」を、一つ一つ検証すればよいのです。

逆に言えば、上記のような手順も踏まずに、徒に自分の考えだけを言い立てる事は、国民を愚弄するものであると言ってもよいでしょう。今回のタスクフォースには、こういう検証に手馴れた学者や実業家、ジャーナリストの皆さんが数多く含まれているのですから、どうか手綱を緩めずに、「このような検証を可能にする明確なシナリオを示せ」と、各事業者に求めて欲しいものです。

ところで、今回のNTTの三浦社長のお話を聞いて、私は一つの感慨にとらわれました。三浦社長は、グーグルとアップルを名指しで「競争相手」と呼び、「彼等に対抗する為には、NTTはあらゆる規制から自由になり、会社の規模ももっと大きくなる必要がある(分割等はもっての他)」と言う趣旨の事を話しておられますが、三浦社長が具体的に描いておられるビジョンはどのようなものなのでしょうか? 

「遅ればせながら、自らがグーグルのようになる」ということなのでしょうか? それとも、「自らiPhoneのような携帯端末を開発し、App Storeのような仕組みを作るつもりだ」ということなのでしょうか? 「もし、NTT東西が合併し、或いは更に進んで、一旦分社化されたグループ各社が元通りの一つの会社になり、光通信網が独占状態になって、NGNで競争他社を締め出す事が出来れば、上記のような事も実現できるのだから、そのようにさせてくれ」とおっしゃりたいのでしょうか?

これは少しおかしいですね。

NTTがアクセス網を完全に開放していたとしても、ドコモが世界に先駆けてiモードを開発した事の妨げにはならなかったでしょうし、もし数人の更に優れた人達がいれば、iモードをApp Storeのレベルまで向上させていく事も出来た筈です。また、もしドコモにSteve Jobsの様な人がいれば、NECやパナソニックを顎で使って、iPhoneのようなものを製らせていたでしょう。

グーグルは二人の創業者がゼロから始めたビジネスです。もし仮に、今から12年前の1997年の時点で、野中広務さんが天からの啓示を受けて、「持ち株会社」を作らせる代わりに、NTTを100分割していたら、そして、グーグルの創業者のような天才がNTTの社員の中にいたとしたら、この100分割された会社の一つから、或いはグーグルのような会社が誕生出来ていたかもしれません。(しかし、残念なことに、「持ち株会社」が出来てしまった時点で、この天才は、「自由に発想し、自分の信念に衝き動かされて突き進むというようなことはとても出来ない」環境におかれてしまったことになります。)

ここでちょっと時間を頂き、今年の6月8日付の「NTT持ち株会社は本当に必要だったのか?(続き)」と題する私のブログをあらためて読んで頂きたいのですが、実は12年前にも、同じような「国際競争力」の議論はあったのです。

米英の通信会社が合弁で作った「コンサート」という新会社や、米独仏の通信会社3社が作った「グローバルワン」という新会社の脅威が声高に論じられ、「ここでNTTを分割などしたら、彼等にとても対抗できなくなる」という「国際競争力」論議が巻き起こり、これによって「分割論」は息の根を止められてしまったのです。

考えてみると、かつては米国の通信会社といえばAT&T一社でした。しかし、この頃には、独立系の小さな通信会社に過ぎなかったMCIとSprintの2社が、AT&T分割に勇気付けられて、欧州の通信会社と組み、日本人に脅威を感じさせるような存在にまでなっていたのです。

そして、今は、このコンサートやグローバルワンは既に陽炎のように消え去り、当時は陰も形もなかったグーグルや、小さなパソコン製造会社に過ぎなかったアップルが、NTTの「仮想敵」にまでなっています。つまり、米国では、常に「競争環境の整備」に真っ先に意が注がれ、これをベースに、野心的な実力者が次々に現れてきているということなのです。これこそが、米国のICT産業の「国際競争力」の源泉なのです。

それに比べ、日本では、いつまでたってもNTT頼りです。そして、本来なら「国際競争力強化の為の改革」の先頭に立っていなければならない人達が、具体的なビジョンは何一つ持つでもなく、組織防衛のみに血眼になっています。「選挙での応援」を武器に政治家を取り込み、「天下り先のポジションとタクシー券」を武器に官僚を取り込み、十年一日の如く、空疎な「国際競争力」談義を、飽きもせず繰り返しているのです。

江戸時代の末期、圧倒的な力を持った外敵の脅威にさらされつつも、何とか日本の独立を守り、急速な近代化を成し遂げたのは、長らく武家社会に君臨していた徳川幕府ではなく、辺境の外様大名達でした。いや、それ以上に、無名の下級武士達や、奇兵隊に馳せ参じた庶民達でした。

今、日本のICTビジネスに関与している人達は、どこに所属している人達であっても、どうか、もういい加減に「大きい事は良いことだ」というような時代遅れの考えを捨て去って頂き、独創的な人達が随所に活躍する「真に活気のある競争社会」を作り出すことに、精力を傾注して欲しいものです。

松本徹三

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