日米関係は本当に壊れるかも - 松本徹三

2009年12月14日 10:00

国と国との外交関係であれ、企業と企業の関係であれ、個人と個人の関係であれ、およそ「相手のある問題」について考える時には、先ずは、「自分が相手ならどう考え、どう行動するだろうか?」を推測するのが鉄則ですが、その観点から考えてみると、現在の日米関係は、本当に「瀬戸際」にあるように思えます。米国側から見た現在の日本政府は、「困惑」の対象から「不信」の対象へと、次第に変わりつつあるに違いないからです。


今、彼等の頭に去来しているのは、下記のような「疑念」の蓄積から導かれたものでしょう。

1)新政権は、「国と国との約束も、政権交代によって変わって当然」と、本当に考えているのであろうか? それなら、この際、日本という国を「これまでとは異なったカテゴリー」に移して考えた方が良いのではないか?

2)現在の民主党は、組織として機能している状態ではなく、「個々の担当閣僚とその配下にある官僚との話し合い」の積み上げなどは、時間の無駄以外の何物でもないのではないか?

3)鳩山首相の使う「友愛」という言葉は、当初は「ハト派のイメージを強調するために、適当に響きの良い言葉を使っているだけ」と思っていたが、実は、彼は、本心からそういうものを信じる、生まれついての「ナイーブな楽観主義者」なのではないか?

4)新政権が殊更に米国と距離を置き、中国との緊密な関係を印象付けようとしているのは、当初は単なる「駆け引き」だと思っていたが、意外に「本気」なのではないか?(そして、中国との関係については、「擦り寄れば擦り寄るほど良くなる」と、本気で考えているのではないか?)

5)新政権は「日米関係を対等のものにする」と言っているが、「対等」というものがどういうものなのか、明確な考えを持っているのだろうか? (通常、二つの独立国の関係はGive and Takeのバランスの上に成り立つものであり、米国側としては、「こと安全保障の問題に限るなら、米国側のGiveの方がはるかに大きい」と考えているのだが、日本側はどこかで勘違いをしているのではないか?)

6)当初は「まさか」と思ったが、新政権は、「社民党などの『泡沫政党』との連立維持」を「長期的な国策」より重要であると、本気で考えているのではないか?

7)「政治は鳩山首相と各閣僚が一元的に統括し、党務と選挙対策は小沢幹事長が統括する」という説明を、当初はそのまま真に受けていたが、実は、小沢幹事長の力はそれよりはるかに大きく、政治や外交にも実質的な支配力を持っているのではないか?

そこに、彼等にとってショッキングなことが、幾つか起こりました。

先ずは、鳩山首相の「Trust me」発言です。通常、あのような場で、日本の首相が米国の大統領の眼をじっと見て、そのように言えば、これは当然、「悪いようにはしないから、私に任せてくれ」という意味です。間違っても、「あなたが好もうと好むまいと、これは私が決めることだから、ごたごた言わずに私に任せてくれ」という意味に取る人はいません。

ところが、結果はどうでしょうか? 現状では、普天間基地問題の年内決着は望み薄で、そうなれば、オバマ大統領にとっては、「悪いようになってしまった」ということになります。つまり、「鳩山首相は『悪いようにはしない』という約束を破った」ということになってしまうのです。

こんなことになれば、オバマ大統領にとって、鳩山首相は、極言すれば「詐欺師同然」ということになり、「同盟国の首相として頼りになるか?」という以前に、「人間として信用できるか?」ということになってしまうのですから、まさに、「日米間は最悪の状態になる」事を意味します。

ちなみに、キューバ危機のあった後に、暗殺されたケネディー大統領の跡を継いだジョンソン大統領が、訪米したソ連のフルシチョフ首相に、車の中で「Trust me」と言い、現実に全てがその通りになったので、「それを信じて待ったフルシチョフは面目を施し、米ソ関係はそれ以後飛躍的に改善された」という話を聞いた事があります。これは、トップ同士の私的な会話が「悪かった関係を良い関係にした」事例ですが、鳩山首相の「Trust me」発言は、場合によっては、「良かった関係を悪くしてしまった」最悪の事例として、世界の外交史に残ることになるかもしれません。

この様に、米国が普天間問題で苛立ちを募らせているまさにその最中に、今や「首相以上の力を持っている」と内外から思われている小沢幹事長が、100人以上の国会議員を引き連れて、これ見よがしに中国を訪問したのも、米国にとってはショックだったでしょう。既に、小沢幹事長は、「仏教界のリーダーの前で、キリスト教と西欧文明をあからさまに批判した人物」として有名になってしまっていますから、どうしても、彼は、「日中連合で欧米を牽制する」ことを夢見るような、「文明の衝突」の仕掛人として見られてしまうでしょう。

一般的に言って、欧米人は物事を玉虫色に見る事を好まず、敵か味方かをはっきりさせたがる傾向があります。そして、一旦決め付けると、それが「確固たる思い」となって、相当長い間、心の中にとどまります。

岸首相時代の安保改定に際しては、これに反対するデモ隊が国会を取り囲み、米国から来たハガティー報道官は東京に入れず、羽田から引き返すという事態になりました。しかし、それ以降の日米関係は安定しきっており、誰も大きな懸念を持つことなく事態は推移してきました。

この様な日米関係を、安保世代の意識そのままに「対米従属」と見て、「この見直しにつながるような発言や行動」に密かに快哉を叫ぶ人達が、今の日本にも結構たくさんいる事も事実でしょう。しかし、日本程の大国の政権中枢が、周到な計算もなく、安易にこの方向に動いているという事態は、少し常軌を逸しています。

一方、これを米国側から見るとどうしょうか? これまでの安定した関係に安心しきっていた人達が「不意打ち」を食い、政権内で信用を失ってしまったのは事実でしょうし、オバマ大統領自身も相当に失望していることでしょうが、それでは、彼等は、これからどの様な方向に動くのでしょうか?

米国にとって、日米間の最も望ましい関係は、「大西洋の彼方で島国の英国が果たしているような役割を、太平洋の彼方で同じ島国の日本も果たしてくれる」ことでしょう。民族や文化が違うので、米国が日本に英国並みの親近感を持つ事はありえませんが、「英国と独・仏」の違いに類する違いを、「日本と中国」の間に見出す事はありうるでしょう。それこそが、かつての「日英同盟」にも比肩するような、「日米同盟」という名にふさわしいものでしょう。しかし、そのような可能性は、今や全く遠のいてしまいました。

中国は既に経済大国であり、米中関係は、経済でも今や相互依存の関係にあります。ガチガチの共産主義国だった昔と違い、中国の現状は、経済的には、「政府統制の強い資本主義国」と言ってもよい位ですから、仮に中国が東アジア一帯を自らの勢力圏に入れようとしたとしても、軍事衝突をしてまでもそれを阻止するインセンティブを、米国は最早持ってはいないでしょう。日本が中国の強い影響を受け、従属的な立場をとったとしても、「日本自身がそれを選ぶなら、米国としては止むを得ない」ということになるでしょう。

米国としては、「資源と市場の確保」という立場から、世界各地に引き続き大きな関心を持ち続けるでしょうし、自国の安全のためには、「テロとの対決」と「核不拡散」が最大の眼目になるでしょう。米国にとって、日本を含む全ての国との関係は、これらの諸点との関連性によって、その優先度が決せられることになるでしょう。

次に、日本の立場から同じ事を考えてみると、「資源の確保」が、何にも増して重要で、且つ難しい問題である事が分かります。昔と異なり、「市場の確保」については、「武力」で物事が決せられるような可能性は少なく、大抵の事は「商業原理」で決せられることになるでしょうが、「資源の確保」については、引き続き「武力」が大きな影響力を持つことにならざるを得ません。

例えば、或る種の希少金属がアフリカの或る国の特産品であるとして、その国の政情が不安定であれば、米国やEU、それに中国は、「内戦への何らかの形での介入」などによって利権を得ようとするでしょうが、日本は、独力では手も足も出ないでしょう。シーレインの確保は、日本にとっては死活問題ですし、海洋資源の確保についても、海軍力が欠かせませんが、日本単独の行動には、将来とも限界があるでしょう。

いつも言っていることですが、日本にとって最大の懸念事項は、東シナ海の海洋資源の問題です。鳩山首相は「東シナ海を友愛の海にしよう」と胡主席に持ちかけたものの、はぐらかされたと聞いています。それは当然の事でしょう。仮に将来、不幸にしてこれに関連して紛争が起こった場合、日本が「平等互恵の観点から、半分ずつ資源を分け合おう」と持ちかけたとしても、中国側が、「中国の人口は日本の10倍だから、10倍の資源が要ることになる。平等互恵の精神で行くなら、資源は10対1で分けるべきだ」と主張すれば、議論は平行線を辿るでしょう。

万一、近い将来、北朝鮮が自暴自棄になり、国民の目を外にそらす為に、何らかの口実を作って日本向けにミサイルを撃ち込んできたらどうでしょうか? 早期警戒態勢などで、それ自身がもたらす被害は回避出来たとしても、北朝鮮がこれを機に、本気で日本国内でサリンや生物兵器を使ったテロ活動を展開したらどうなるでしょうか? 日本が、問題の根幹を絶つ為に、単独で北朝鮮本国に報復攻撃を仕掛ける(或いはその可能性をちらつかせる)事などは、事実上不可能でしょう。中国に仲介を求めても、中国が本気で協力してくれる保障は殆どありません。

このように、日本が将来米国に求めるかもしれない協力の「死活的な緊急度」は、どう見ても、米国が日本に求める協力の「死活的緊急度」より、はるかに大きいものになると思われます。従って、日米間の「対等の取引」は、当然これを勘案した上で定められなければならないのです。

日米関係の修復には、もう余り時間はありません。 鳩山首相は直ちに決断すべきです。小沢幹事長が、「それでは、参院の運営にはもう責任は持てませんよ」と言っても、「構いません」と明言すべきです。社民党の恫喝には、「やむを得ません。私は首相なのですから、日本の国益を守らなければならないのです」と、毅然として答えるべきです。そして、オバマ大統領に対しては、自らが言った「Trust me」という重い言葉を、その言葉通りに実行するべきです。

もし、今、その決断が出来ず、日米関係の根底がここで崩れたら、「『人気取り』や『政局運営』を『長期的な国益』より優先させた」鳩山政権は、末代まで汚名を残すことになるでしょう。

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