一連の「学校教育はいらない」発言に対して、さまざまなコメントをいただいた。
「ある種の職に学校教育はいらない、少なくとも今よりは短期でいい」という私の発言を、「仕事が低レベルだから教育はいらない」と誤解して、私を批判するようなコメントがあったことを、残念に思う。
「ある種の職に学校教育はいらない、少なくとも今よりは短期でいい」という私の発言を、「仕事が低レベルだから教育はいらない」と誤解して、私を批判するようなコメントがあったことを、残念に思う。
「仕事が技術的に高度かどうか」と、「学校教育が必要かどうか」はまったく別問題である。なぜなら、明らかに膨大な知識を要する仕事が、学校教育とは無関係に行われているという現実があるからである。
本来、学校教育を受けるかどうかは、個人の選択の問題である。自分にとって得だと思うのなら、学校教育を受ければよいし、そう思わないなら、さっさと就職すればよい。学校卒が有利かどうかは、労働市場で決定されるべきことがらだ。
Ph.Dを取っても、容易に就職口が得られないという昨今の状況は、市場経済による健全な調整過程だと考えられる。単に学校で長い教育を受けたからといって、労働能力が高まるわけではないということを、Ph.Dの就職難は教えてくれている。
問題は、国家資格と学校教育との結合にある。いったん、国家資格の取得条件に学校卒が加わると、学校教育はスポイルされる。事実上、どんな教育をしても、しなくても、外形上の教育基準を満足させさえすればいいのだから、学校側はやりたい放題である。
国家資格がなければ、学校卒と非学校卒との間で競争はあるのに、国家資格が学校卒を必須としてしまうと、競争が存在しない。このため、学校教育の必要性については、誰も真剣に検討しなくなる。
診療放射線技師の学科(4年制)が、学生にクロマトグラフィをやらせたり、フーリエ変換の計算プログラミングの真似事をさせたりしている。こんな技術は放射線技師の仕事には何ら必要はない。なるほど、大学院によっては、MRIのパルスシーケンスの研究をやっていたりするのだが、それに携わる人は、技師100人に1人くらいなものだ。また、このような研究は、医師の基礎医学研究のようなものであり、無資格者でもできる。技師の臨床能力を何ら引き上げるものではない。
なぜ、無駄なことをやっているのか?年限を、埋めるためである。卑近に言えば、学費を余計に取るためである。必要教員数も増えるから、経営者も職員も年限延長には賛成する。
放射線技師を3年制から4年制にし、さらに6年制にしようという動きがある。医師に至っては、卒後臨床研修も含めて、事実上の8年制だ。
医療資格すべてが長期教育化しつつある。
教育年限が長期化すると、次のような問題が発生する。
・稼動年数の減少
・教育費用の上昇
・限界効率の低下 1年を2年にするより、2年を3年にする方が、1年あたりの教育効果は低下する
・労働移動の減少 転職費用が上昇するため、他分野からの参入が難しくなる
これらをすべて考慮した上で、教育年限は決められねばならないが、薬学部教育年限延長問題の顛末は、そんなものではなかった。最初に「6年」という年限が決められ、後から、「6年間をどう使うか」が決まったのだ。決して、「こういう教育をするから6年に延長する」ではなかった。
6年制診療放射線学科は、臨床実習の長期化のみならず、原子核物理学を、シュレディンガーやハイゼンベルクによる原論レベルから教えることになるだろう。誰のために?もちろん、教員(学校)のためである。そして彼らは、教育の意義を問われれば言うことだろう。
「放射線が発生して、生体内でどういう挙動を示すかを、原論に立ち戻って説明できることは、意義のあることだ」
と。
しかしながら、「教育に意義がある」かどうかは、顧客が、ひいては、採用担当者が判断すべきことであって、教員が判断すべきことではないのである。
本来、学校教育を受けるかどうかは、個人の選択の問題である。自分にとって得だと思うのなら、学校教育を受ければよいし、そう思わないなら、さっさと就職すればよい。学校卒が有利かどうかは、労働市場で決定されるべきことがらだ。
Ph.Dを取っても、容易に就職口が得られないという昨今の状況は、市場経済による健全な調整過程だと考えられる。単に学校で長い教育を受けたからといって、労働能力が高まるわけではないということを、Ph.Dの就職難は教えてくれている。
問題は、国家資格と学校教育との結合にある。いったん、国家資格の取得条件に学校卒が加わると、学校教育はスポイルされる。事実上、どんな教育をしても、しなくても、外形上の教育基準を満足させさえすればいいのだから、学校側はやりたい放題である。
国家資格がなければ、学校卒と非学校卒との間で競争はあるのに、国家資格が学校卒を必須としてしまうと、競争が存在しない。このため、学校教育の必要性については、誰も真剣に検討しなくなる。
診療放射線技師の学科(4年制)が、学生にクロマトグラフィをやらせたり、フーリエ変換の計算プログラミングの真似事をさせたりしている。こんな技術は放射線技師の仕事には何ら必要はない。なるほど、大学院によっては、MRIのパルスシーケンスの研究をやっていたりするのだが、それに携わる人は、技師100人に1人くらいなものだ。また、このような研究は、医師の基礎医学研究のようなものであり、無資格者でもできる。技師の臨床能力を何ら引き上げるものではない。
なぜ、無駄なことをやっているのか?年限を、埋めるためである。卑近に言えば、学費を余計に取るためである。必要教員数も増えるから、経営者も職員も年限延長には賛成する。
放射線技師を3年制から4年制にし、さらに6年制にしようという動きがある。医師に至っては、卒後臨床研修も含めて、事実上の8年制だ。
医療資格すべてが長期教育化しつつある。
教育年限が長期化すると、次のような問題が発生する。
・稼動年数の減少
・教育費用の上昇
・限界効率の低下 1年を2年にするより、2年を3年にする方が、1年あたりの教育効果は低下する
・労働移動の減少 転職費用が上昇するため、他分野からの参入が難しくなる
これらをすべて考慮した上で、教育年限は決められねばならないが、薬学部教育年限延長問題の顛末は、そんなものではなかった。最初に「6年」という年限が決められ、後から、「6年間をどう使うか」が決まったのだ。決して、「こういう教育をするから6年に延長する」ではなかった。
6年制診療放射線学科は、臨床実習の長期化のみならず、原子核物理学を、シュレディンガーやハイゼンベルクによる原論レベルから教えることになるだろう。誰のために?もちろん、教員(学校)のためである。そして彼らは、教育の意義を問われれば言うことだろう。
「放射線が発生して、生体内でどういう挙動を示すかを、原論に立ち戻って説明できることは、意義のあることだ」
と。
しかしながら、「教育に意義がある」かどうかは、顧客が、ひいては、採用担当者が判断すべきことであって、教員が判断すべきことではないのである。





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この部分に対する反論コメントを書きました。
http://blog.livedoor.jp/nabeodesuyo/archives/50611596.html