1Q46~国債発行>税収の先例から考える~ ― 新島 翔

アゴラ編集部

大手メディア記者/新島 翔

先日、二次補正後に税収を上回る国債発行額53兆円が見積もられた。その後鳩山内閣は、国債発行について「44兆円におさえる」と明言した。しかし、仮に40兆円台に抑えられたとしても、今年度税収はおよそ37兆円。ご存知のとおり1946年以来の「国債発行額>税収」という事態が起こる。

 拙論では、1946年はどんな年だったか振り返りたい。ご存知のとおり第二次大戦終結の翌年、日本はハイパーインフレ(通貨発行残高は当時価値にしておよそ800億円)に陥っていた。紙幣や国債は紙切れ同然となり、国民は闇市や物々交換で生活に必要な食品や衣料品を調達していた。高橋財政以後、国債発行を日銀引き受けで軍事転用する傾向が強まり、第二次大戦を経て政府債務は2000億円あまり(GNPの2倍近く)に達していた。ハイパーインフレは政府債務の負担を軽減してくれるため、政府にとってはむしろ好都合ですらあった。

 とはいえ、政府もハイパーインフレに楽観視し続けるわけにもいかず。46年2月に新円切り替えを行ってインフレ率をコントロールしようとしている。預金封鎖で旧円の流通を止め、生活費相当の新円を国民に発行していくという手法だ。この手法は、しばらくの間功を奏したが、半年後の9月にはもとの800億円に戻ってしまった。政府としても46年制定の傾斜生産方式のため、重工業発展のために資本を特定企業に集める必要があったから、インフレは容認せざるを得なかった。

政府債務について、翌47年に政府は財政法を制定して規律付けを図ろうとしたが、政府債務が削減された最大の要因はハイパーインフレに尽きる。貨幣価値の減価によって実質債務や利払いコストを下げるハイパーインフレは、政府債務を削減するための特効薬として機能した。

このように書くと、勝間和代ブーム以後、再び息を吹き返しつつあるインフレターゲット論者の方々は、「やはりハイパーインフレしか打つ手はないじゃないか」と喜ぶ。が、こうした主張は2つの意味で厳しい。まず、1点目に池田信夫氏が仰るように「ハイパーインフレにする方法が無いだろ」ということ。今の日本では、マネーストックは伸びるものの市中銀行で金がジャブつくだけで、投資も消費は冷え切っている。リーマンショックや格差社会といった目を引くテーマをいやというほど見せ付けられ、誰もが会社や居酒屋で今は不景気とつぶやいている。タクシーに乗っても運転手が景気の話を振ってきたら「いやあ、厳しいですよね」と条件反射に応えてしまう。筆者の給料は、現時点では景気変動の影響をほとんど受けていないのにもかかわらず。コンセンサスといっていいほど、醸成され切った人々の不安心理をマネタリーな調整だけで払拭できるというのは根拠に乏しい。

また、2点目に1946年と現代の制度状況の差異が挙げられる。当時はまだグローバル経済が進展していないし、金利上昇や資本逃避といった心配もない。今だったら金融市場も高度化・複雑化しているため、為替調整が入ったり金利も上がる可能性が高い。内部的に仮にハイパーインフレが実現できたとしても、国際金融筋など外部要因でその効果がオフセットされてしまう可能性が高いのだ。ちなみに、外部要因といえば国際政治上の要因も挙げられよう。戦後のインフレも、1949年のドッジラインで簡単につぶされている。また、皮肉なことにそのあと失業率・倒産が増加している。朝鮮戦争特需がなければ、その後の高度成長は終えなかった。

 今の日本には、病が治る特効薬なんてない。補正予算を使った景気対策は民心安定や一時的な血止め材にはなるかもしれないが、ハイパーインフレを引き起こす以外に、不況完治のための薬品開発を急がなくてはならない。テーマとしては「日本経済の潜在成長力の向上」に尽きる。このテーマに対し、具体的に「政府には何ができるか?」。これについて筆者は20~30代の若手戦略コンサルタント、研究者といっしょに議論を進めている最中だ。機会を与えていただければ、その経過をご紹介したい。