日銀の10兆円の量的金融緩和は日本のデフレには有効か? - 藤井まり子

2009年12月23日 12:37

12月1日、日銀が10兆円規模の量的金融緩和を発表しました。メディア報道では、「10兆円では、Too Little Too Lateだ!」などと、「極めて情緒的な混乱報道」がなされているようです。こういった「混乱」報道は、「何にとって、Too Lateだったのか?」「誰に対して、Too Littleだったのか?」という観点が抜け落ちているから起きていることなのです。

けれども、私たちは、決して見誤ってはいけません。日銀は、そもそも、「物価(企業卸売物価・消費者物価)の番人」なのです。日本株式市場や日本国内の不動産市場などの「資産価格」に対して、日銀は責任を負ってはいません。各国中央銀行が、ポピュリズムに流されて、国内の資産価格に責任を負うようになると、何が起きるのか?

以下、三重野元日銀総裁の失敗例と、グリーンスパン前FRB議長の成功し過ぎてしまった失敗例の二つを挙げて、過去の「各国中央銀行がポピュリズムに流されると、何が起きるのか?」について、具体的に見てみましょう。


私たちは、1980年代末に、「バブル退治」の達役者として、さっそうと登場した「平成の鬼兵」三重野元日銀総裁の「おかした大きな過ち」を、決して忘れてはいけないのです。

当時としては、「日本国内の勤労者の尊厳を損なうほど、住宅価格が値上がりし過ぎた」という「時代の空気」「ポピュリズム」「時代の期待」を一身に背負って、日本国内の不動産価格が大暴落するまで、金利をどんどん引き上げ続けた人物が、当時の三重野元日銀総裁だったのです。かつての三重野元日銀総裁は、「大きな勘違い」をしていたのです。

三重野元日銀総裁は、「ポピュリズム」「時代の空気」に流されて、必要以上に金融を引き締めて、日本国内の「資産価格」(=不動産価格と株式価格)を、必要以上に急速に暴落させてしまった。必要以上に日本経済を急激に冷やしてしまったのです。

三重野元日銀総裁のもとで、必要以上に、金融引き閉めが急速に断行されてしまった結果、日本国内では、株価も不動産価格もどんどんどんどん急激の値下がってしまった。日本経済は、その後10年もの「必要以上のバランスシート不況」に陥って、「必要以上の失われた10年」に苦しむことになる。この「必要以上の失われた10年」で、かえって勤労者の尊厳が大きく損なわれてしまったのは、みなさん、未だに記憶に新しいですよね?

マネーが国境を越えて瞬時に動く21世紀に一国の量的金融緩和が意味するものとは?
あるいは、グリーンスパン・前アメリカFRB議長は、在任中に何をしたのか?

グリーンスパン前FRB議長は、本来、アメリカ国内の「物価と失業率」にだけ注意を払うべき「役目」しか背負っていなかったはずにも関わらず、確信犯的に、アメリカ国内のマネーサプライを増やし続けた「疑惑」が、大変強いのです。グリーンスパン前FRB議長は、一国の中央銀行の議長ならば、決して犯してはならないはずの「越権行為」を、1990年代半ばから犯し続けて、大成功した疑いが、大変濃い。その結果、グローバル規模で、10年以上もの資産(株式・不動産・資源コモディティー)インフレを巻き起こすことに、グリーンスパンは成功し過ぎてしまったのです。

グリーンスパンは、東西冷戦の終結後、一瞬にして国境を超えるようになったグローバル時代が始まるや否や、大量のマネーサプライを必要以上に増やすことで、グローバル規模での三つの資産クラス(株式・資源・不動産)を、Win-Winの関係に10年以上も保つことに、成功し過ぎてしまったのです。

この時期、日本を除けば、アメリカのみならず、中国・インド、ロシア、ブラジルでも、世界中で大金持ちが大量に出現しました。こういった現象が世界規模で如実に起きたのが、1995年から2006年夏までの世界経済だったのです。

グリーンスパン退任後、世界同時不況が起きたことは、周知のことです。グリーンスパンの後継者に、世界恐慌論の研究の第一人者であったバーナンキが指名されたことを、「偶然」「奇偶」と考えるには、あまりに無理があります。

21世紀こそは、資産インフレこそが、貨幣現象
各国中央銀行の量的金融緩和を、あるいは、12月1日の日銀の追加的量的金融緩和の発表も、手放しで喜んでいたのは、海外の投資家たちか海外の資産家たちでしょう。

日本政府が「デフレ宣言」をしても、なかなか動こうとしなかった白川日銀総裁が、「ドバイショック」をきっかけに、迅速に「10兆円の追加的なマネーサプライ供給」を宣言したことは、海外の投資家にとっては、「絶妙のタイミング」だったのでした。

マネーが一瞬にして国境を越えて行く21世紀では、日銀の10兆円のマネーサプライの追加は、ドバイ首長国連邦の関係者にとっても、ひとまずは、ほっと胸をなでおろせる「朗報」だったのです。なぜなら、実は、マネーが瞬時に国境を超える21世紀では、「インフレは貨幣現象(マネーサプライ現象)」ではなくなっているからです。21世紀では、「資産インフレこそは貨幣現象(マネーサプライ現象)」になっているからです。

まずは結論から
結論から言えば、マネーが一瞬にして国境を越えて行く21世紀の今では、一国のマネーサプライの増加は、その国の物価下落には、ほとんど「微弱」程度にしか、効果がありません。それよりも、巡り巡って、海外の資産インフレを引き起こすという「副作用」のほうが強いです。21世紀では、日銀の量的金融緩和は、実は、低所得者層あるいは若年失業者向けのデフレ対策としては、効果がはなはだ疑わしいのです。

特に、資源の少ない日本国内では、日銀の量的金融緩和は、副作用として、世界規模での資源コモディティー・バブルという「火」に、「油」を注ぐことにもなります。日本国内の若者を中心にした比較的低所得者層にとっては、今回の日銀の追加的量的金融緩和には、「資源コモディティーの値上がりによる生活必需品の価格上昇」といった「危険」が厳然と存在しているのです。

ですから、『デフレ対策、若年層の失業対策』と称して、日銀に量的金融緩和を期待している勝間和代女史、およびその大勢の支持者たちは、実は今の日銀に対して、かなり「ナンセンスな期待」「二律背反の期待」を強要していることになります。

グローバリズムがマネーの国境を消し去ってしまっている21世紀の日本では、若年層の失業率や勤労世帯の所得対策と称して、「まず、デフレを止めよう」と、日銀に量的金融緩和を期待することは、「かなり間違ったポピュリズム」であり、まったくの逆の効果(スタグフレーション)しか期待できない危険性が、かなり高いのです。

では、こういった「かなり間違ったポピュリズム」は、どこから沸いて(わいて)来るのでしょうか?

フィッシャーの「貨幣の中立命題」の亡霊が歩いている!
1911年にアービング・フィッシャーが開発した「貨幣の中立命題」というシンプルかつ旧型の数式が、既に「すっかり時代遅れの数式」になっているにも関わらず、未だに「フィッシャーの数式」が日本国内での一部の知識層の間で堅く信じられているのからなのです。これこそは、「間違ったポピュリズムの根源」です。

フィッシャーの「貨幣の中立命題」とは、「一国の経済(特に名目GDP)および物価(インフレおよびデフレ)は、その国のマネーサプライ(お金の供給量)によって、大きく影響を受ける」という内容のものでした。そして、確かに、このフィッシャーの「貨幣の中立命題」は、1980年代末までは、その国の貨幣現象を説明するには、大変有効だったのです。

古典的な「フィッシャーの中立命題」が、成り立たない時代
けれども、さまざまな実証研究では、マネーが国境を越えて自由に、しかも瞬時に世界中を動き始めた1995年からは、全く持って、この「フィッシャーの貨幣の中立命題」は成り立たなくなってしまっていることが、既に実証されています。しかも、いかなる先進国においても、成り立たなくなってしまっているのです。

これに関しては、テーラー・モデルなどの実証研究が有名です。「テラー・モデル」によれば、「1980年代までは、先進各国が、その国内で新規のマネーサプライの伸び率を1単位増やすと、その国では、国内物価上昇率が、およそ0.7単位ほど上昇し、フィッシャーの貨幣の中立命題はかなり効力を発揮していた。ところが、マネ―のグローバリゼーションが進んだ1995年以降からは、先進各国では、新規のマネーサプライの伸び率を1単位増やしても、その国の国内物価上昇率は、わずか0.13単位だけしか上昇しなくなった」とのこと。

今回の日銀の10兆円の追加的マネーサプライは、どれくらい一般物価のデフレを止められるの?
今の日本国内の「M2+CD」の合計は、日銀統計によると、2009年10月時点では、およそ782兆円。今回、白川日銀が「マネーサプライ10兆円を新規に供給」すると、「テラー・ルール」によれば、一般の物価上昇率への寄与分は、およそ「10/782(782分の10)×0.13」程度ということになります。

今回の日銀の10兆円の新規のマネーサプライは、日本国内の一般物価には、およそ0.17%程度の上昇「寄与分」しかないのです。10兆円で、たったの0.17%です!これでは、今現在の日本国内のデフレを止めるには、とてつもなく小さい金額です。この10兆円が、日本国内のデフレを止めるには、どれくらい少ないかと言えば、十分の一程度、少ないのです。

ですから、この10倍程度の「日銀あるいは財務省は、年間規模でおよそ100兆円をバラマケ」という学者の方々が、日本国内でも一部存在しています。(竹森俊平氏や高橋洋一氏などなど)。

私自身も、「構造改革は必要だけれど、今の日本で一体全体、誰が構造改革を進められるのか?今の日本国内では、かつての小泉政権の前半のような、改革を強力に進められるような政治家は、存在しないのではないか!?だったら、100兆円くらいのバラマキ(量的金融緩和)を実施して、今の日本でも、デフレをとりあえず止めたらどうか?経済学的には邪道(無茶苦茶)なのは十分承知だけど、一か八かで、確信犯的に、世界の今現在日進行中の資産インフレに「火に油」を注げばよいのではないか? マネーサプライをじゃぶじゃぶにしたら、円安も起きて、輸出型依存度の大きな企業も、とりあえず潤う。結果として、スタグフレーションが巻き起きそうになったなら、その時になってから、また考えればよいではないか?」と、時々思ってしまうのは、こういった理由からです。

なにはともあれ、1995年を境に、今や21世紀では、いかなる先進各国においても、「インフレは貨幣現象」ではなく、「資産インフレのほうこそが貨幣現象」となってしまっているのです。

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