戦前と変わらぬ外交防衛感覚-外交と防衛の区別がつかない人々- 站谷幸一

2009年12月29日 05:42

「防衛論議が、そのまま外交論議になってしまったことに、戦前の日本外交の過誤の核心があったのではないだろうか。」
                                    小倉和夫(元フランス大使)

 外交論議と防衛論議の区別が出来なかったことに、太平洋戦争開戦につながる戦前の日本外交の過誤が存在すると喝破したのは、元フランス大使の小倉和夫だった(1)。これが顕著に出たのは、1930年のロンドン海軍軍縮条約締結時だろう。時の政府、浜口・井上内閣は金解禁という目的を実現するための手段として、軍事費圧縮を志向していた。浜口首相と井上蔵相にとって、ロンドン海軍軍縮条約の批准とは、つまるところ、その為に必要なものだった。しかし、海軍軍令部は、海軍戦力が対米7割でなければ対米防衛が不可能と猛反発し、世論もまたそれに影響されていく。結局、条約は批准できたものの、これが反発のために浜口首相は狙撃され、それが元で死ぬことになる。

 ここにおける条約反対派の論議は、まさに外交論議と防衛論議の混同だった。本来ならば、海軍戦力が対米7割では対米戦に敗北するという議論が、一足飛びに外交政策における軍縮条約への拒絶へと結びつくのではなく、どのような外交戦略を構築すべきかの議論が行われたうえでの、軍縮条約拒絶という結論が出るのが筋だからだ。このような異なったカテゴリーの言葉を同じカテゴリーの言葉だとする誤謬を、ギルバート・ライルは「カテゴリー・ミステイク」とした(2)。


 しかし、そうしたことを主張したのは評論家の清沢洌ぐらいで、防衛論議が外交論議に直結した政策は、その後も展開していく。防衛上の必要性から、満州国成立、シナ事変の拡大、三国同盟、南部仏印進駐、南方進出といった政策が次々に行われ、最終的には、軍事戦略上ではなく、戦術上の理由で外交交渉中に敵国の主要軍事施設の奇襲攻撃が意図的に行われた。これさえなければ、硫黄島か沖縄戦で戦争は終結していたと岡崎久彦や牛場信彦に嘆じさせた、かの真珠湾「奇襲」攻撃である(3)。かくして、防衛論議を外交論議と直結させた政策を採り続けた大日本帝国は滅びた。
 だが、この外交防衛の議論における「カテゴリー・ミステイク」は現在でも続いている。それはミサイル防衛、核抑止、日米同盟における議論である。ミサイル防衛問題において、反対派がしばしば主張するのが命中率と戦略的安定性の問題である。命中率による反対派の代表例は、元ネクスト防衛副大臣の山口壮(民主党議員)である。彼は、第二次世界大戦における爆撃機の命中率を根拠に「ミサイル防衛の命中率は1%だから、ミサイル防衛計画は不必要」という珍妙な発言をした(4)。これこそ、外交論議と防衛論議を混同する「カテゴリー・ミステイク」である。何故ならば、ミサイル防衛が、性能において仮に役立たずだったとしても、政治・外交面において役立たずか否かは議論が別だからだ。例えば、政治・外交面においては、国民を安心させるという国内効果、米国への取引材料という同盟における効果、北朝鮮への抑止的効果が存在するという議論が成り立つ。そして、これらの議論は、ある程度の説得力を持つ。同盟における効果が存在するのは、米韓同盟がノムヒョン政権時に一時悪化したのは、ミサイル防衛協力の拒否に一因があることや、オバマ政権がミサイル防衛予算において現実性に乏しいものを削減する一方で、海上配備型のSMD(Sea-based Midcourse Defense)等には増額していることを考えれば、事実といえる。また、北朝鮮への抑止的効果にしても、生存をかけて発射するミサイルがある程度政治的に無力化されることや、迎撃された場合のリスクを相手に考えさせることを考慮すれば、ある程度の説得性のある議論と言えるだろう。しかしながら、ミサイル防衛をめぐる議論では、こうした論点はどこかにおかれて、しばしば防衛と外交をごっちゃにした議論が展開しがちである。
 第二は核抑止をめぐる議論である。高井三郎という高名な軍事評論家がいる。彼は元自衛隊幹部で、高い見識を持っているが、この問題に関しては、彼も同じ間違いを犯している。彼は、2000年9月11日のUPI通信の論説において、軍事的に核抑止が機能しないことから自国及び他国の核抑止に日本が頼ることを否定した。その根拠として彼が指摘したのは、第一に、先制攻撃によって中国の核戦力を無力化するには最低限146発の核弾頭を叩き込む必要があること、第二に、日米が中朝に核攻撃をした場合、偏西風によって放射性降下物、いわゆる「死の灰」が、日本に振りそそぐこと、だった。この意見は、軍事的には一つの卓見だが、それを抑止論や外交政策に直結してしまうことに過ちが存在する。抑止論や外交政策において重要なのは、中国全土を如何にして焼き払う能力を用意出来るかではない。中朝が現状打破の行動によって得られる利益より大きい損害を与えられる能力を、如何にして担保できるかが重要なのである。簡単に言えば、抑止においては、中国には台湾への武力侵攻によって得られる利益より大きい損害(例えば上海)を、北朝鮮には博多を核攻撃する利益より大きい損害(例えば将軍様の自宅)を意識させればよいだけなのだ。つまり、核戦力はそんなに必要ではなく、むしろ、日米の戦時計画の内容のほうが政治的には重要と言える。また、外交政策における目標は戦争の回避であって、極端な話、「死の灰」が降り注ぐかどうかは関係ない議論である。こうしてみると、核抑止の議論においても防衛と外交の混同がされているとわかる。
 第三は日米同盟だが、これも外交と防衛の混同が起きている。松本徹三氏が『外交問題の議論に求められる「大人の視点」』で説得力を持って述べられているように、日米で戦時計画を策定したり、周辺事態における防衛協力を推進することと、中国を刺激するかしないかという議論は本来別なのだ。しかし、日米同盟への賛否を問わず多くのマスメディアに登場する論者がごっちゃにしてしまっているのが現状である。例えば、普天間基地問題において、移転が頓挫することの意味を、賛成派も反対派も防衛論議と外交論議を混同しているのは言うまでも無い。私自身は辺野古しかないだろうとは思うものの、ここにおける議論は交通整理をしないと米国どころか国内でのコンセンサスの形成は難しいだろう。
 以上の三つの事例によって様々な安全保障をめぐる論点において、どのような立場や意見の人間でも、防衛論議と外交論議を混同していることを指摘した。このように、太平洋戦争の破局へ導いた戦前と変わらぬ外交防衛感覚を、ある意味では日本人が保有し続けていると言えよう。これはある意味では当然かもしれない。ある国の戦略を決定する要素である戦略文化は、そうそう変化するものではないからだ。結局、日本は戦前も戦後も、防衛と外交を区別できていないのかもしれない。そこに、日本外交の過誤の核心があったのではないのか?
 
 こういう視点に対してではないが、松本徹三氏は、「ネット右翼」を否定し、外交問題の論議には、大人の視点が必要だとおっしゃる。しかし、日本の防衛外交をめぐる議論の問題点とは、『大人の視点』という道徳論的な問題ではなかろう。どこの国であれ、そういった排外的な感情論は存在する。しかし、それは本邦では一部の問題であって大した問題ではないだろう。「ネット右翼」なる存在が多数だとするならば、先の衆院選で、自民党は大勝しているはずだし、麻生太郎は福田康夫や安倍晋三を押しのけてもっと早く総理になって、今頃は長期政権になっていたはずだ。鳩山首相の支持率はニコニコ動画では地を這っているが、現実世界の支持率は半分弱もある。では、その過激性に問題があるかというと、そうでもない。ロシアの「ネット右翼」などは、エストニアにサイバー戦争をしかけて全国の通信網を一時間に渡って遮断してしまうのだから、日本の「ネット右翼」はかわいいものだ。要するに、松本氏が懸念することは、普通の国にどこにでも存在する、それも他国に比較すれば穏やかな現象でしかない。日本も普通の国なのだから、排外主義も感情論も存在する。ただ、違うのは、外人を堂々と暴行したり、仕掛け爆弾で駐留軍を吹き飛ばしたり、サイバー戦争を仕掛けたりしないだけだ。松本氏は、お会いしたことは無いが、文章を拝見する限り、きっと今では珍しくなった『紳士』なのだと思う。だから、一部の程度の低い議論を憂いていらっしゃるのだろう。
 
 しかし、問題はそこではない。日本の戦前と戦後における外交防衛の議論をめぐる議論において、特に政策決定において幅広く存在していたのは、感情論や排外感情ではなく、外交問題と防衛問題の混同なのであり、それこそが根本的な問題なのだ。そもそもシナ事変が、太平洋戦争が「大人の視点」という曖昧な視点で国民が語れば解決したのだろうか。残念ながら違うだろう。そうではない、我々はここ80年ほど議論の整理の方法が間違っているだけなのだ。

(1)ここでは、大東亜戦争が惨禍に見合う意義があったという論議には触れない。というより、戦闘による戦死ならともかく莫大な戦闘員の溺死者・戦病死もしくは一般国民に多大な被害を出した戦争に意義があるのならば、護憲論者が最近とみに主張する無抵抗による玉砕主義にも、また意味があることになってしまう。

(2)諸野脇 正「イラク日本人人質事件を考えるための論理」  
 諸野脇は、「カテゴリー・ミステイク」を、「例えば、貴方が風邪にかかったとして、私が風邪になったのは、ウィルスではなく体調不良のせいだ!と指摘するのは論理的に変でしょう?」と説明する。孫引きでごめんなさい。
http://www.irev.org/ronri/hitojitironri.htm

(3)最近の研究では、真珠湾「奇襲」攻撃の経緯は、以下のようなものだったとされている。当初、外務省が作成した最後通牒文では、「外交関係の断絶」と「武力行動」が明確化されており、その対米通告時間も早いものが想定されていた。しかし、作戦を預かる陸軍参謀本部と海軍軍令部の圧力によって、開戦30分前に「最後通牒」ではなく、「現在行われている日米交渉の打ち切り」を通告することになった。加えて、駐米大使館への送信の遅延行為や通告時間を直前まで伝えない等の「交渉打ち切り通告書」の奇襲後の通達を目論んだ形跡さえあった。この経緯については、井口武夫「開戦神話」(中央公論社、2008年)が詳しい。「交渉打ち切り通告書」の全文は下記サイトを参照のこと。「外交関係の断絶」と「武力行動」がどこにも示唆されていないのがわかる。
http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/text/taibeikakusho.html

(4)彼の珍妙な発言はWSJの論説等で既に海外でも報道されている。政権与党になったのだから、民主党議員は、海外メディアに報道されることを前提に、発言にはもう少し注意すべきである。
Japanese Missile Defense Matters, Wall Street Journal
NOVEMBER 9, 2009, 4:06 P.M. ET
BRIAN T. KENNEDY
http://online.wsj.com/public/page/0_0_WP_2600_NewsReel.html?baseDocId=SB10001424052748704402404574524620869945450

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