民主党政権の「成長戦略」 - 松本徹三

松本 徹三

 遅ればせながら、昨年末の12月30日に鳩山内閣は臨時閣議を開き、「輝きのある日本へ」と題する「新成長戦略の基本方針」を発表しました。その骨子は、「環境・エネルギー」、「健康」、「アジア」、「観光・地域活性化」、「科学・技術」、「雇用・人材」を重点6分野として、2020年度までの平均で、名目成長率3%を目指すとしています。


 「何故これを戦略目標とするのか」「如何にしてそれを実現するのか」の両面で、基本理念が語られていないのは残念ですが、時間に追われたのでしょうから、まあ、仕方がないでしょう。「工程表はこれから作る」というのですから、それを楽しみにしましょう。「これで、名目成長率3%をどうして実現するのか(出来る筈がないじゃあないか)」と考える人は当然数多いでしょうが、これも各論が示された時点で議論すればよいことです。

 重点6分野の羅列は、例えば、「親子丼」、「京野菜」、「弁当」、「フランス料理」、「肉類」、「サザエのつぼ焼き」と並べられたようで、(つまり、各項目の言葉のカテゴリーが合っていないので、)若干の戸惑いを感じますが、よく考えてみると、内容はそんなに悪いものでもないと思います。

 この6項目の中で、「産業」と見なされ得るのは「環境・エネルギー」と「健康」と「観光」の三つだけであり、「アジア」は、「外需を取り込むための(全ての産業の)重点市場」、「科学・技術」と「人材」は、「成長をもたらすのに必要な手段(方法論)」、「地域活性化」と「雇用」は「成長がもたらす果実」ですが、そう解釈しておけばよいだけのことで、別に目くじらを立てる程のこともないでしょう。 

 民主党のことですから、事ある毎に「人に優しく、産業に優しくない」言葉を使うのが習い性になっているものと思われ、「そういう言葉遣いで『成長戦略』を語ること自体に元々無理があるのだ」と言ってしまえば、それまでのことですが、まあ、これも言葉だけの事ですから、見過ごすことにしましょう。

 とにかく、こき下ろす人はいくらでもこき下ろせるでしょうが、お正月でもありますので、私は、敢えて私なりの解釈でこの「成長戦略」を次のように言い換え、前向きにとらえてみたいと思います。

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 成長をもたらすのは、「内需」と「外需」である。如何に節約しても、化石燃料やウラニウムの輸入をゼロにする事は不可能であり、大量の食糧を輸入する事も不可欠だから、「外需」がなければ日本経済は立ち行かない。

 重点分野として「環境」と「健康」と「観光」を考えるが、この何れもが、「『内需』が主導し、結果として『外需』も呼び込む」形を志向するものである。

 地球環境保護の為に、日本が世界の先頭に立って「循環型社会」の実現を図ることは、企業にも国民にも大きな負担を強いるものではあるが、全てが破壊され尽くした終戦後の状況から今日の繁栄をもたらした我が国の国民と企業の底力を考えれば、決して不可能なことではないだろう。そして、一旦これを成し遂げれば、日本は「環境保全技術」で世界の頂点に立つことが出来、将来多くの「外需」を取り込んでいくことが出来るだろう。

 「健康」と「医療」は、世界中の人々の関心事であるが、高齢化の進む日本においては特にその必要度が高い。「健康保全」と「医療」を統合した合理的なシステムを作ることは、国民に安心感を与えつつ、その負担を減らすことを可能にし、同時に、関連産業を育てて、我が国が将来この分野で世界をリードする可能性を高める。

 「観光」は地方を活性化する為の数少ない選択肢の一つである。日本は山紫水明の国であり、各地域がそれぞれに多くの観光資源を持っている。今後の著しい経済発展が期待されている中国を初めとするアジア諸国の人々にとっては、かつて豊かになった日本人が、海外旅行先として先ずはハワイと香港を考えたように、日本が近接地にある絶好の海外旅行先となろう。それ以前にも、今後更に進む高齢化の中で、「観光」はお年寄りの大きな楽しみの一つとなろうから、ここでも、「内需」が先行し「外需」がこれに続くというパターンが期待できる。

 「アジア」全域、特に中国が、今後の日本の商品やサービスの輸出先として、極めて重要なことは論を待たない。これらの地域としても、経済発展のあり方は日本や韓国、台湾を範とすればよいので、相互にメリットがある。

 場所が近ければ、人の交流がより密になり、交易だけでなく、投資、開発輸入、労働者の流入、ノックダウン輸出、生産委託、合弁、協業など、様々な形での産業・経済の交流が行われ、地域経済圏が形成されやすい。近年、急速に欧米化した日本にとっては、アジア全域を一つの地域経済圏と見て、その中で主導的な役割を果たすということは、魅力的な選択肢である。

 西欧の後背地としては、東欧、ロシア、更には、中近東、アフリカがあり、北米には、中南米があるが、アジア地域は、人口が特に多い上、紛争が少なく、域内各国の政情も比較的安定しているので、急速な発展が一番期待される地域と言える。投資効率も良いだろう。

 さて、上記の分野を今後の日本の「成長戦略」を支える重点分野と見なすとしても、それでは、如何にしてその目的を達成するかと言えば、その方法論として、三つの戦略が確立されることが必要である。一つは「科学・技術の振興」であり、もう一つは「人材の育成(教育・訓練)」、そして、最後の一つは「雇用の流動化(労働力のスムーズな移転)」である。

 「科学・技術の振興」は、労働装備率を高めて生産性を向上させ、「教育・訓練」は、高度な技術を身につけた人材を各産業分野に配備することを可能とする。そして、「雇用の流動化」は、労働力を「需要の少ない分野」「生産性の低い分野」から「需要の大きい分野」「生産性の高い分野」へとスムーズに移転させる。この三つの施策の成果がうまく合わせられれば、「雇用の減少や不均衡」を回避しつつ、我が国の国際競争力を飛躍的に向上させることが期待出来るだろう。国際競争力が向上すれば、当然雇用は増える。

 なお、「科学・技術振興策」の中核としては、情報通信技術(ICT)の拡充を特に重視したい。世界の産業と市場構造は「情報化」を加速させており、ICTの拡充なくしては我が国の国際競争力は維持できない。その観点からも、ICTの拡充こそが我が国の「成長戦略」全体を根底から支えるものであることが広く認識されるべきであり、「人材育成(教育・訓練)」の方向性を考える上でも、この認識をベースとする事が必要だ。

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 如何でしょうか?

 最後の「雇用流動化」のところと「ICTの拡充」のところは、恐らく現時点では民主党は全く考えていないでしょうし、特に「雇用流動化」の方は、政策的にはむしろ反対の極にあるものかもしれませんが、何れにせよ、いつかは出てこざるを得ない議論だと思うので、私の「独断と偏見」により、敢えて先回りして言及させて頂きました。

コメント

  1. haruka2009 より:

    >>最後の「雇用流動化」のところと「ICTの拡充」のところは、恐らく現時点では民主党は全く考えていないでしょうし、特に「雇用流動化」の方は、政策的にはむしろ反対の極にあるものかもしれません

    考えていると思いますよ。
    今行われている、給付型教育訓練がそれです。
    失業者にIT技術を身につけさせ、生産性・成長性の高い所に送り込む一石二鳥の政策です。

    ただ、雇用の過剰な流動化は、消費者心理を冷え込ませるので、景気面ではあまり好ましくはないですね。高い成長が見込めるとか、景気が良くなる見通しでもあれば別ですが。

    政府はもっと内需拡大のために力を尽くして欲しいものです。

  2. jonias より:

    雇用流動化は考えていないでしょう。

    社保庁の懲戒職員再雇用、公務員改革の先送りなどでも分かるとおり、「連合の既得権」という聖域には踏み込めない政権ですからね。給付型教育訓練も、パイが拡大しなければほとんど意味のない施策です。

    このまま生活保護や雇用調整助成金の負担が増え続けることを考えただけでも、非常に恐ろしい気がします。日本株も世界から取り残されつつありますし、この国が足元から揺らぐのも遠い未来の話ではないかもしれません。

  3. minourat より:

    情報通信技術の拡充については、私も同感です。 そこで、 日・米・中・印の技術者の技術力をご自身の経験からどうとらえておられますか?

    中国では、今まで留学生は相手国の奨学金を探して自分でいけということだったのですが、5000人の国費留学生(たぶん博士課程だとおもいます)を送りだすということを最近聞きました。

    日本では、博士は役に立たないというひとがよくいます。 マイクロソフトなどは、博士課程の卒業生をどしどしと採用しています。 これをどうおもわれますか。