事業経営はルービックキューブと似ていると思うことがよくあります。短期目標と長期目標、収益、ファイナンス、税務会計、投下資本と回収、営業、運営、エンジニアリング、人材、販管費と変動費、顧客層と評判、単価と稼働率、市場環境などの多面体をバランスよく組み合わせて、もっとも大きな企業価値に導くイメージです。難しさでありおもしろさは、パズルの一面を動かすと必ずその他の面にも何らかの影響を与えるため、パズル全体の立体的なイメージを常に捉えながら経営に当る必要があるという点です。例えばどんな優れた企画を導入しても、見事な改装投資をしても、バランスが崩れると思うように効果(収益)が現れません。
ボルネオ島のお話
労働集約的サービス業で売上高利益率の低いホテルなどの業態では個別の経営判断の可否よりも全体のバランスを保つほうが企業価値に与える影響が特に大きく、個別の「正しい」経営判断の集積が必ずしも企業価値の最大化をもたらさないという性質が顕著ではないかと思います。この点は重要度の割にはあまり一般的な認識になっていないと以前から感じていて、この重要性のイメージをうまく伝える表現方法はないものかと考えていたところ、ドネラ・メドウズ+デニス・メドウズ著「地球のなおし方」という本の中でいいお話を見つけましたので引用します。1950年代のボルネオ島で実際にあった話だそうです。
ほとんどの経営判断は個別に正しい
このお話をすると誰もが大笑いします。お話として出来事を俯瞰的にイメージすると面白いことになっているので当然です(それに14,000匹のネコがパラシュートで降りてくるところを想像してもかなり楽しいです)。でも、重要な点は、個別の対策を実行する立場まで視点を狭めるとWHOや植民地政府の対策は全て正しいと言えるのです。「ほとんどの経営判断は個別に正しい」というのがポイントで、このため俯瞰的には笑い話としか思えないような経営判断が事業再生の現場では個別大量になされがちです(私も経営者としてかなりDDTを撒いた経験があります)。
このイメージで企業経営を素直に解釈すると、個別の経営判断の可否と企業価値の間に必ずしも意味のある相関性がないという可能性が生じます。生態系としての事業を理解しないでなされる経営判断は企業価値に悪影響(時には非常に大きな悪影響)を与える可能性が高く、反対に、個別の判断が事業の生態系にどのような影響を与えるかを注意深く認識しながらなされるとき経営効率は非常に高まるのではないでしょうか。
例えば、沖縄のホテルでは資本投下がうまく企業価値の増加につながらない事例が少なからず存在します(というより珍しくありません)。あるホテルでは4年間にわたって6億円もの改装資金を投下しながらイールド(RevPAR)が全く上昇しなかったケースがありました。常識的に考えると6億円もの新規投資を行えば企業価値が上昇するのは当然であるべきなのですが、このケースでは6億円が(収益を生む)投資ではなく(経済的な見返りがない)費用として消費されたことを意味します。この事例は経営のバランスのとり方しだいで企業価値にどれだけのインパクトが生じるか(あるいは生じないか)を理解するよいヒントになると思います。
「DDTの被害」を受けやすいホテル業
ホテルの経営は一見個別の判断がしやすいという特質があるかもしれません。誰でもホテルを利用したことはありますし、そのときに顧客の立場で感じる改善点にはそれぞれ真実が含まれているものです。ホテル経営に関する基本的な手法は体系が比較的整然としていて理解、実行しやすいため、「改善」のために実行すべきことは明らかであるようにも見えます。また、ホテルは経営者不在のまま運営者によって実質的に経営されているケースも多く、運営者としての立場で個別判断がなされる傾向もあると思います。
このような個別の判断は、生態系全体としてみたときに価値を生むとは限らないのですが、経営者の個別判断は往々にして具体的でかつ単独では「正しい」ことが多いため、現場の職員はこのような対応が別の問題を引き起こす可能性を直感的に感じていたとしても反論することが困難です。ホテルの組織がはっきりとしたピラミッド型であることが一般的であるため、現場からの反論をより難しくしている面もあると思います。
バランスすることのパワー
天秤棒でもヤジロベエでも、バランスする前に必要なパワーといったんバランスした後に必要な力の差は相当なものです。私の個人的な経験ですが、沖縄で事業再生を開始した当初はよく言えば「ハンズオン・マネジメント」、現実は「DDTの大量撒布」で経営的な効果を上げようと相当の試行錯誤と悪戦苦闘を経験し、金融業界仕込みの一日16時間労働で大量のエネルギーを浪費することになります。細部にわたり現場を理解し、即断即決で大量の問題に対処しながら長時間働く姿は、東京ではなにかしら「デキル男」のイメージと重なりますが、あいにく沖縄ではこんなマネジャーを誰もかっこいいとは思わないのです。
そんな沖縄で事業再生を経験することができたのは非常に幸運だったと思います。私(ナイチャー)のようなやり方には誰も共感しない事業環境で、過去の自分の常識が役に立たなかったため、全く異なる発想を強いられたからです。その「超非常識」な発想による事業再生の詳細を本稿ではご紹介しきれないのですが(もしよろしければこちらなどをご覧いただければと思います)、結果は驚くべきものでした。方針を180度転換してから3ヶ月もたたないうちに、私のみならず主要な幹部社員たちは従業員に対してほとんど指示を出す必要がなくなってしまいました。私の業務時間もかつての16時間から一日3時間もあれば足りるようになり、一方で顧客の評判、代理店からの評判、地元の評判が急上昇。そしてついには売上と利益も順調に伸び始めたのです。これは個別の問題への対処よりも全体のバランスを優先することで非常に大きな事業効率が生まれた可能性を示唆しています。10倍の成果を生むためには10倍楽をしなければならないということが真実であれば、一つの経営手法として有効な事例となるかもしれません。
おわりに
事業を生態系として捉え、その全体のバランスをとりながら企業価値を高めていくことが、従来型のマイクロ・マネジメントやハンズオン・マネジメント手法と比較して非常に効率が高いということを実証し始めている経営者が世界的に少しずつ現れているように思いますが、これらの経営者が概して地球の生態系にも事業的な関心を払っていることは偶然ではないような気がします。
労働集約的サービス業で売上高利益率の低いホテルなどの業態では個別の経営判断の可否よりも全体のバランスを保つほうが企業価値に与える影響が特に大きく、個別の「正しい」経営判断の集積が必ずしも企業価値の最大化をもたらさないという性質が顕著ではないかと思います。この点は重要度の割にはあまり一般的な認識になっていないと以前から感じていて、この重要性のイメージをうまく伝える表現方法はないものかと考えていたところ、ドネラ・メドウズ+デニス・メドウズ著「地球のなおし方」という本の中でいいお話を見つけましたので引用します。1950年代のボルネオ島で実際にあった話だそうです。
『ある村でマラリアが大流行しました。マラリアは蚊が媒介する病気なので、世界保健機構(WHO)がDDTを大量に撒きました。蚊はみんな死んでマラリアの流行は終焉しました。ところがその後、民家の屋根がぼろぼろと落ち始めたのです。DDTを撒いたので、民家の屋根に住んでいたスズメバチがみんな死んでしまい、イモムシを食料源としていたスズメバチがいなくなったため、イモムシが大繁殖して茅葺きの屋根を食べ、それで屋根が壊れてしまったのです。困った植民地政府はトタンの板を配って屋根を葺くよう指導しました。トタン屋根は確かにイモムシには強いのですが、ボルネオ島は熱帯なので毎日のように猛烈なスコールが降ります。この雨がトタン板の屋根に当たるすごい音のために村の人々が不眠症になってしまいました。
また、DDTを撒いたことで、蚊と一緒にたくさんの虫も死にました。死んだ虫をヤモリが食べ、今度は大量のヤモリが死にました。そのヤモリをネコが食べました。こうして食物連鎖に伴ってDDTが濃縮され(生物濃縮といいます)、高濃度のDDTを摂取したネコがどんどん死んでいきました。ネコがいなくなって今度はネズミが大繁殖を始めました。ネズミが増えると今度は別の伝染病が流行しそうになりました。まさにWHOが「自分でまいた種」といったところですが、これを刈り取るためにWHOはなんと・・・、14,000匹のネコにパラシュートをつけて空から撒いたそうです。』
ほとんどの経営判断は個別に正しい
このお話をすると誰もが大笑いします。お話として出来事を俯瞰的にイメージすると面白いことになっているので当然です(それに14,000匹のネコがパラシュートで降りてくるところを想像してもかなり楽しいです)。でも、重要な点は、個別の対策を実行する立場まで視点を狭めるとWHOや植民地政府の対策は全て正しいと言えるのです。「ほとんどの経営判断は個別に正しい」というのがポイントで、このため俯瞰的には笑い話としか思えないような経営判断が事業再生の現場では個別大量になされがちです(私も経営者としてかなりDDTを撒いた経験があります)。
このイメージで企業経営を素直に解釈すると、個別の経営判断の可否と企業価値の間に必ずしも意味のある相関性がないという可能性が生じます。生態系としての事業を理解しないでなされる経営判断は企業価値に悪影響(時には非常に大きな悪影響)を与える可能性が高く、反対に、個別の判断が事業の生態系にどのような影響を与えるかを注意深く認識しながらなされるとき経営効率は非常に高まるのではないでしょうか。
例えば、沖縄のホテルでは資本投下がうまく企業価値の増加につながらない事例が少なからず存在します(というより珍しくありません)。あるホテルでは4年間にわたって6億円もの改装資金を投下しながらイールド(RevPAR)が全く上昇しなかったケースがありました。常識的に考えると6億円もの新規投資を行えば企業価値が上昇するのは当然であるべきなのですが、このケースでは6億円が(収益を生む)投資ではなく(経済的な見返りがない)費用として消費されたことを意味します。この事例は経営のバランスのとり方しだいで企業価値にどれだけのインパクトが生じるか(あるいは生じないか)を理解するよいヒントになると思います。
「DDTの被害」を受けやすいホテル業
ホテルの経営は一見個別の判断がしやすいという特質があるかもしれません。誰でもホテルを利用したことはありますし、そのときに顧客の立場で感じる改善点にはそれぞれ真実が含まれているものです。ホテル経営に関する基本的な手法は体系が比較的整然としていて理解、実行しやすいため、「改善」のために実行すべきことは明らかであるようにも見えます。また、ホテルは経営者不在のまま運営者によって実質的に経営されているケースも多く、運営者としての立場で個別判断がなされる傾向もあると思います。
このような個別の判断は、生態系全体としてみたときに価値を生むとは限らないのですが、経営者の個別判断は往々にして具体的でかつ単独では「正しい」ことが多いため、現場の職員はこのような対応が別の問題を引き起こす可能性を直感的に感じていたとしても反論することが困難です。ホテルの組織がはっきりとしたピラミッド型であることが一般的であるため、現場からの反論をより難しくしている面もあると思います。
バランスすることのパワー
天秤棒でもヤジロベエでも、バランスする前に必要なパワーといったんバランスした後に必要な力の差は相当なものです。私の個人的な経験ですが、沖縄で事業再生を開始した当初はよく言えば「ハンズオン・マネジメント」、現実は「DDTの大量撒布」で経営的な効果を上げようと相当の試行錯誤と悪戦苦闘を経験し、金融業界仕込みの一日16時間労働で大量のエネルギーを浪費することになります。細部にわたり現場を理解し、即断即決で大量の問題に対処しながら長時間働く姿は、東京ではなにかしら「デキル男」のイメージと重なりますが、あいにく沖縄ではこんなマネジャーを誰もかっこいいとは思わないのです。
そんな沖縄で事業再生を経験することができたのは非常に幸運だったと思います。私(ナイチャー)のようなやり方には誰も共感しない事業環境で、過去の自分の常識が役に立たなかったため、全く異なる発想を強いられたからです。その「超非常識」な発想による事業再生の詳細を本稿ではご紹介しきれないのですが(もしよろしければこちらなどをご覧いただければと思います)、結果は驚くべきものでした。方針を180度転換してから3ヶ月もたたないうちに、私のみならず主要な幹部社員たちは従業員に対してほとんど指示を出す必要がなくなってしまいました。私の業務時間もかつての16時間から一日3時間もあれば足りるようになり、一方で顧客の評判、代理店からの評判、地元の評判が急上昇。そしてついには売上と利益も順調に伸び始めたのです。これは個別の問題への対処よりも全体のバランスを優先することで非常に大きな事業効率が生まれた可能性を示唆しています。10倍の成果を生むためには10倍楽をしなければならないということが真実であれば、一つの経営手法として有効な事例となるかもしれません。
おわりに
事業を生態系として捉え、その全体のバランスをとりながら企業価値を高めていくことが、従来型のマイクロ・マネジメントやハンズオン・マネジメント手法と比較して非常に効率が高いということを実証し始めている経営者が世界的に少しずつ現れているように思いますが、これらの経営者が概して地球の生態系にも事業的な関心を払っていることは偶然ではないような気がします。





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