今こそ「対中関係」の基本を冷静に見定めよう。 - 松本徹三

2010年01月25日 10:00

ネット検閲の撤廃を要求してグーグルが中国政府と対決、米国政府も多大の関心を示しています。

現在の中国政府がネット上の交信を厳しく検閲しているのは、まあ、当然と言えば当然です。中国政府がこれをやめる為には、国内情勢について揺るぎない自信を持つに至ることが必要ですが、これにはまだ時間がかかるでしょう。しかし、中国政府が組織的にサイバースパイの要員を養成しており、現実にグーグルのサーバーに彼等がサイバー攻撃を仕掛けたとなると、ことは重大です。


日本には、何事によらず中国を美化する「親中派(媚中派?)」と、何事によらずケチをつけ、警戒心をあらわにする「嫌中派」がいて、共に偏った「感情的な議論」を熱心に展開する傾向がありますが、中国の実態を正確に理解し、その将来を冷静に予測している議論があまりないのは、憂慮すべきことです。

中国が近い将来米国と覇権を争うような「経済大国」となり、同時に世界有数の「軍事大国」にもなることは、ほぼ間違いないと思われますし、隣国である日本が、将来は経済的に米国以上に中国に依存することになるだろう事も、先ず間違いないでしょう。ということは、政治、経済、軍事の全ての面で、日本が今最も深く研究しなければならないのは、「中国の将来像」と、それをベースにした「対中関係」のあり方だということになります。

そうであるにも関わらず、その実態は甚だお寒いものです。産業と経済の分野では、相互に依存するところが大きいので、自然に緊密な関係が築かれていくのは当然の流れですが、政治的には、「靖国問題」等がいつまでも「喉に刺さった骨」として残るような、極めて未成熟な関係にあります。いつまでたっても「友好第一」「互恵平等」といった言葉を交換しているだけではどうにもなりません。日本側に「深い戦略論に基づいた研究」が欠如しているのが最大の問題です。

最近、ギクシャクし始めた日米関係を尻目に、小沢幹事長に引率された143人もの国会議員がこれ見よがしに訪中した事などは、この未成熟さを露わに示す典型例です。訪中団に参加して中国の要人と記念写真に納まったからといって、中国を理解した事には全くなりませんが、参加者は各選挙区に帰ってこの事を大いに喧伝することでしょう。国内の選挙対策の為に「外交」を利用する。何とも危険で、恥ずかしいことです。

日本の外交と防衛政策は、長い間米ソの冷戦構造をベースにしてきました。その基本は、「米国の軍事力によって、ソ連による力づくの『日本赤化計画』を阻止する」というものでした。当時の日本国内には、少数ながら「日本はソ連圏に入るべき」とする国際共産主義の信奉者がいましたし、また、「米ソ対立がもたらす戦争に巻き込まれないよう、非同盟中立路線を取るのがよい」という考えを持つ人達は、結構多かったように思います。しかし、歴代の自民党政権は、色々な局面を乗り切って、「日米同盟路線」を堅持してきました。

さて、今や冷戦が終わったのですから、この枠組みを全面的に見直すべきは当然です。しかし、種々の状況を深く考えていくと、「新しい枠組みを考えた場合も、やはり『日米同盟の堅持』が最適解である」と、私には思えてなりません。その理由は、「アジアにおける日中のバランスを維持するためには、どうしてもそれが必要」と考えるからです。

鳩山政権には、「日中間の経済関係が緊密化すれば、中国の軍事力を恐れる必要はなくなる」という考えがあるようですが、これは、失礼ながら、「驚くほど甘い考えだ」と言わざるを得ません。

そもそも、経済関係が希薄であれば、利害対立もなく、従って軍事衝突のリスクもありませんが、経済における相互依存度が強くなれば、経済問題での利害の衝突が軍事衝突にまで至る可能性も高くなるのです。

第二次世界大戦前夜の日本は、欧米に対する輸出の拡大より、アジアにおける植民地的な収奪の方に興味を持っており、これが欧米諸国、特に米国の警戒心を煽っていました。しかし、その一方で、日本は米国の石油に大きく依存していたのですから、結局は行き着くとこまで行かざるを得ませんでした。中国に対する経済的野心を捨てない限りは、日本は対米開戦に踏み切らざるを得なかったのです。

外交問題の基本の一つは、昔も今も地政学です。中国には古くから「遠交近攻」という言葉がありますが、これになぞらえると、「近」は「ロシア」「日本」「インド」であり、「遠」は「欧米」と「パキスタン」でしょう。(かつて、ソ連の軍事的脅威を感じた中国は、イデオロギーとは関係なく米中関係の構築に踏み切り、一方、「米国―中国―パキスタン」の連携に脅威を感じたインドは、ソ連との経済関係の緊密化に動かざるを得ませんでした。これはまさに地政学的な思考の結果と言えます。)

しかし、「イデオロギー」が最早「対立軸」ではなくなったように、「地政学」の意味も昔のようには大きいものではなくなりつつあります。これに代わるのが、「資源」と「宗教・文化(価値観)」でしょう。特に後者は、各国が最も神経を尖らす「内政問題」と結びつくので、極めて厄介な問題となります。

中国は、かつて「第三世界」という言葉を作り出したことからも覗えるように、常に米ソの対立の枠外にある発展途上国との連携を深めようとしてきましたし、今もそうしています。(これは「資源外交」の観点からも意味のある事です。)従って、米国にとっては、中国とモスリム諸国が手を組むことが「悪夢」なのですが、新疆ウィグル地区の独立運動(カザフスタン化)に神経を尖らす中国は、「モスリム勢力には気を許せない」という問題を抱えています。

米国は、歴史的には、「遅れてきた帝国主義国」として、中国市場に強い興味を持ち、その前に立ちふさがる日本を敵視していた時期があります。中国とソ連が一体だったときには、当然中国は仮想敵であり、朝鮮戦争の末期には実際に戦火も交えました。(この時点では日本は米国の前線基地でした。)中国が改革開放路線をとってからは、次第に中国との経済的相互補完関係を意識するようになり、現時点では、その重要性は対日関係をはるかに超えるものになりつつあるものと思われます。

しかし、一方では、中国が、「人権」や「価値観」の観点からは、どうしても米国と相容れないものを抱えているのも事実です。中国側にとっても、米国が中国国内の反政府勢力を色々な形で支援しようとするかもしれないということが、最大の懸念事項だと思われます。(その意味で、今回のグーグル事件の成り行きも、あまり軽視は出来ないかもしれません。)

対日関係については、現在の中国は、もはやあまり大きな懸念は持っていないでしょう。かつては「日本の右傾化」や「日台の接近」が懸念事項でしたが、自国の経済発展と科学技術の水準に自信を深め、日本の国情についての理解も深まってくると、こういった懸念も薄まってきている筈です。

「いざとなれば、日本はいくらでも揺さぶれる」という自信も、彼等は既に持つに至っているでしょう。最悪時は、別にミサイルで脅かさなくても、「拡大している日本企業の対中投資を人質に取り、更に、日本本土をひそかにサイバーテロで攻撃すれば、大抵のことについては日本は屈服(妥協)せざるを得ないだろう」と、中国側は踏んでいると思います。

この様な状況下で、私が中国の指導者なら、とりあえず急ぐのは何でしょうか? それは「海軍力の強化」だと思います。

海外資源に頼らざるを得ない中国にとっては、シーレインの確保は国の安全保障の生命線ですが、それを守る海軍力となると、中国の現状は、アメリカに対しては決定的に劣弱です。更に言うなら、日本に対してさえも、決して優勢とは言えません。もしも将来、海軍力で日本に差をつけられれば、東シナ海における海洋資源の確保にも支障をきたす恐れがあります。

そして、このような中国の指導者の思いは、既に現実の計画に落とし込まれており、公表もされています。現在の中国の経済力と技術力をもってすれば、その早期実現もさして困難ではないでしょう。今や中国は世界最大の造船王国となりつつありますし、アフリカや東南アジアの海域での海賊対策や、米国が求める海上補給や海上臨検などの要請に協力すれば、訓練を積む機会も十分に与えられでしょう。

別にあらためて「友愛」を強調するまでもなく、外交の基本は「友好関係の構築」です。ですから、日本にとってこれから最も重要になる対中関係も、「友好第一」であるべきは言うまでもありません。

ですから、特に過去を引きずった「歴史問題」には、日中の共同作業で、一日も早くきっちりとした決着をつけることが必要です。(これは日本人自身の為にもなることだと思います。)

それから、常に問題になる「靖国問題」には、たとえ「日本人の精神の問題を理解しない『内政干渉』ではないか」という不満が日本側にあっても、中国側の懸念により多くの配慮をした対応をするべきと、私は考えています。これによって、先ずは「喉に刺さった骨」を抜き、将来の日本の如何なる行動も、決して「過去の日本の思想の復活」ではないことを、明快に示せるようにしておくことが、極めて重要だと考えるからです。

この程度のことで、日本の国益が大きく害されることはありません。外交の要諦は、「何を譲り、何に固執するか」です。自民党が、一部の世論に迎合するために、参院選での民主党に対する対決軸の一つとしてわざわざ「靖国参拝実施」を掲げているのは、これまた、「選挙の為に『深い外交的配慮』を犠牲にすることを厭わない」姿勢によるものと言わざるを得ません。誠に嘆かわしい限りです。

しかしながら、これと「国家の防衛体制」とは別の話です。一つの独立国である限りは、どんな場合でも、最悪時に対する備えは当然もっていなければなりません。どんな国についても、日常どんなに友好的な関係が築かれていても、利害の対立はいつでも起こりうるものです。これに対する備えがなければ、常に一方的に不利な解決を強いられることになります。

中国が経済力で日本と肩を並べる状態になれば、十倍近い人口を持つ中国が、あらゆる局面で有利に立つのは当然のことです。華僑が多い東南アジアでの「覇権」などは、いとも簡単に中国に持っていかれるでしょう。(日本は、米国と一体と見做されてはじめて、東南アジア諸国から「中国と拮抗する勢力」と認められるでしょう。)

核兵器を含めた軍事力全体では、中国が日本よりはるかに優位に立つことは、もはや論ずるまでもありません。更に、中国のような全体主義国は、何かにつけ迅速果敢に動けるのに対し、日本は、現状では、「非常時には、最もモタモタしそうな国」なのです。

この状況下では、日本にとっては、先ずは「一層強固な日米同盟」が不可欠であることは、言を俟ちません。これは議論の余地すらない事だと思います。

(中国としては、もし日本が何か勘違いをして、「日米同盟」を弱体化してくれれば、まさに「棚からボタ餅」ですが、まさかそんなことを当てにはしていないでしょう。中国政府のトップは、共産党の組織の中で徹底的に訓練され、選抜された人達であり、若い時から地方の行政を任されて、不満分子や抵抗勢力を、或る時はなだめすかし、或る時は弾圧して、実績を上げてきた人達です。二代目、三代目が中心の日本の政治家とは違います。甘い考えは一切持っていないでしょう。)

その上で、日本は、せめて海軍力だけは何としても強化することが必要です。海の上の紛争は、少なくとも短期的には、局地的に解決することが可能ですし、「示威」だけでも十分に効果的だからです。

一方、サイバーテロを含むあらゆる形でのテロを防ぐ「万全の体制」は、一日も早く固めておくことが必要です。事態は急を告げていますし、これには高度の技術と経験の蓄積が必要とされますから、この点でも、「日米の協力関係の構築」が必須です。「テロと戦う共同戦線」ということなら、米国側もいつでも諸手を挙げて歓迎すると思います。

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