2月24日に千葉景子法務大臣は、法制審議会に対していわゆる「公開会社法」に関連した審議を開始するように諮問した。しかし、それ以前に出された公開会社法に関する民主党案とそれに関連した一部民主党議員の発言によって、公開会社法に関しては、ずいぶん歪んだイメージが一般に抱かれている懸念がある。
それゆえ、日本企業のガバナンスの実態を踏まえて、改めて公開会社法の課題と意義について考えてみる必要があろう。
それゆえ、日本企業のガバナンスの実態を踏まえて、改めて公開会社法の課題と意義について考えてみる必要があろう。
とっかかりとして、昨年の衆議院選挙の前に公表された『民主党政策集INDEX2009』をみると、「公開会社法の制定」という項目があり、その書き出しは「株式を公開している会社等は、投資家、取引先や労働者、地域など様々なステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことが求められます。・・・」となっている。
しかし、いささか揚げ足取りのような言い方になって申し訳ないのだが、では、株式を公開していない会社は、様々なステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことが求められないのだろうか。民主党ともあろう者が、まさか株式を公開していなければステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことを求められないと考えているわけはないだろう。
公開会社も非公開会社も、ともにステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことを求められているはずである。ならば、公開会社と非公開会社の真の違いは何か?
それは、ステークホルダー(利害関係者)の範囲の違いとして理解するのが自然である。すなわち、公開会社の場合には、その定義から株式市場と正面から向き合う必要があり、一般株主(少数株主)への責任が付加されるということである(*)。非公開会社にも(株式会社である限り)もちろん株主は存在するが、それは特定株主のみであり、一般株主は存在しない。
(*)ここでの「一般株主」という概念は、潜在的に今後株式を取得する可能性のある投資家(市民)を含むものとして解釈されたい。
こうした観点からすると、公開会社法が固有に対象とすべきことは、一般株主(少数株主)の保護という問題である。換言すると、従業員代表制の導入や「株主至上主義の是正」が公開会社法の主要課題とされるとすれば、それはずいぶんに無理筋の話だといわざるを得ない。かりに従業員その他特定のステークホルダーの保護を図る必要があったとしても、それは(労働法制等にかかわる)別の立法措置によるべきことだと考えられる。
むしろ日本の多くの企業は労働者管理企業のようだといわれる実態があり、民主党案における「『会社のあり方』に対して、従業員の意見を反映する仕組みがない(会社法では、清算時以外は従業員の意見を聴かなくてよい)」という認識は、形式に偏ったものであり、実態を踏まえたものだとは考え難い。
また、株主一人勝ちのような状況は、残念ながら、日本のどこにも存在しない。株主が肥え太っていて、従業員が貧しくなっているというのであれば、確かに救いがあるのだが、実際は、日本が全体として貧しくなっているというのが真実である。それゆえ、再分配だけでは問題を解決することはできず、成長が不可欠だという話になるわけである。
他方、事実の問題として、日本の一般株主(少数株主)の利益は、これまで重視されてきたとはいいがたく、(経営者や支配株主によって)しばしば侵害されてきた。その具体例としては、第三者割当増資をめぐる問題などがあげられる。要するに、一般株主(少数株主)を保護する仕組みこそが、これまでの日本企業のガバナンスにおいて欠けてきたものである。
したがって、こうした仕組みを確立することは重要な課題であり、この点にこそ公開会社法をめぐる議論の焦点が置かれるべきである。民主党案や一部の民主党議員の主張におかしなところがあるのは確かだが、だからといって公開会社法に関して「たらいの水と一緒に赤子を流す」ような批判をすることも正しくない。一般株主(少数株主)の保護の必要性という赤子は大切である。ここでは一つ、法制審の委員に見識のあるところを示す議論をしてもらいたいものである。
[2010.3.5 14:52 Twitterでの指摘を受け、若干修文しました。]
参考文献
大崎貞和「『公開会社法』議論への期待と不安」、『NRI内外資本市場動向メモ』No. 10-05、2010年3月1日。(このレポートは、拙記事よりも敷衍された内容のものとなっており、有益であるが、残念ながら一般刊行物ではない。)
しかし、いささか揚げ足取りのような言い方になって申し訳ないのだが、では、株式を公開していない会社は、様々なステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことが求められないのだろうか。民主党ともあろう者が、まさか株式を公開していなければステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことを求められないと考えているわけはないだろう。
公開会社も非公開会社も、ともにステークホルダー(利害関係者)への責任を果たすことを求められているはずである。ならば、公開会社と非公開会社の真の違いは何か?
それは、ステークホルダー(利害関係者)の範囲の違いとして理解するのが自然である。すなわち、公開会社の場合には、その定義から株式市場と正面から向き合う必要があり、一般株主(少数株主)への責任が付加されるということである(*)。非公開会社にも(株式会社である限り)もちろん株主は存在するが、それは特定株主のみであり、一般株主は存在しない。
(*)ここでの「一般株主」という概念は、潜在的に今後株式を取得する可能性のある投資家(市民)を含むものとして解釈されたい。
こうした観点からすると、公開会社法が固有に対象とすべきことは、一般株主(少数株主)の保護という問題である。換言すると、従業員代表制の導入や「株主至上主義の是正」が公開会社法の主要課題とされるとすれば、それはずいぶんに無理筋の話だといわざるを得ない。かりに従業員その他特定のステークホルダーの保護を図る必要があったとしても、それは(労働法制等にかかわる)別の立法措置によるべきことだと考えられる。
むしろ日本の多くの企業は労働者管理企業のようだといわれる実態があり、民主党案における「『会社のあり方』に対して、従業員の意見を反映する仕組みがない(会社法では、清算時以外は従業員の意見を聴かなくてよい)」という認識は、形式に偏ったものであり、実態を踏まえたものだとは考え難い。
また、株主一人勝ちのような状況は、残念ながら、日本のどこにも存在しない。株主が肥え太っていて、従業員が貧しくなっているというのであれば、確かに救いがあるのだが、実際は、日本が全体として貧しくなっているというのが真実である。それゆえ、再分配だけでは問題を解決することはできず、成長が不可欠だという話になるわけである。
他方、事実の問題として、日本の一般株主(少数株主)の利益は、これまで重視されてきたとはいいがたく、(経営者や支配株主によって)しばしば侵害されてきた。その具体例としては、第三者割当増資をめぐる問題などがあげられる。要するに、一般株主(少数株主)を保護する仕組みこそが、これまでの日本企業のガバナンスにおいて欠けてきたものである。
したがって、こうした仕組みを確立することは重要な課題であり、この点にこそ公開会社法をめぐる議論の焦点が置かれるべきである。民主党案や一部の民主党議員の主張におかしなところがあるのは確かだが、だからといって公開会社法に関して「たらいの水と一緒に赤子を流す」ような批判をすることも正しくない。一般株主(少数株主)の保護の必要性という赤子は大切である。ここでは一つ、法制審の委員に見識のあるところを示す議論をしてもらいたいものである。
[2010.3.5 14:52 Twitterでの指摘を受け、若干修文しました。]
参考文献
大崎貞和「『公開会社法』議論への期待と不安」、『NRI内外資本市場動向メモ』No. 10-05、2010年3月1日。(このレポートは、拙記事よりも敷衍された内容のものとなっており、有益であるが、残念ながら一般刊行物ではない。)





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