財政再建は「その後」で大丈夫?!   ―前田拓生

前田 拓生

3/5付日経新聞で日銀が「新型オペの拡充を検討」という報道がありました。今、6か月物について行っている新型オペを、さらに長いモノも対象にする考えのようです。このような新型オペを「いわゆる量的緩和」として白川日銀総裁は説明をしているので、政府としても「日銀もわかってくれている」という認識になっています。


ただ、この新型オペはあくまでも「金利政策」であり、「量(日銀当座預金の量)」をターゲットにしたモノではないことから「(確かに「伝統的な金融政策」とはいえないものの)量的緩和という範疇に入る」というのは疑問もあります。そういう意味で日銀は「あくまでも量的緩和をしないことにこだわっている」と私はみています。

量的緩和というのは、結局のところ、日銀が市場に流したおカネの“その後”に対して何のコントロールもできない政策なのですから、ある種、無責任な政策といえます。このような無責任な政策を日銀がとるわけにはいかない。しかし、政府の方からは「何とかしろ」といわれることから、とりあえず“新型”という名前で「金利政策」を打ち出し、それを「いわゆる広い意味での量的緩和」として紹介した、というのが本音のところでしょう。

まぁ、事の次第はどうであれ、現状、量的緩和をせずに何とか金融市場を落ち着かせているという意味では、日銀は立派に責務を果たしているといえます。

他方、政府は「積極財政を数年継続」「財政再建はその後」という方針を打ち出しました。景気を刺激すべきなのはわかりますが、「だから財政支出」というのは疑問です。政府債務残高が比較的少ない状態なら、それも“多少”の効果はあるのでしょうが、現時点でいえば、増税が間違えないわけであり、財政支出における波及効果は少ないと考えるべきでしょう。

日銀による金融的なバックアップがあっても、肝心の実体経済の活性化が出来ていなければ、景気を回復させることはできません。民間が自ら活動したくなる環境づくり、そのための規制緩和など、民間にインセンティブを持たせる政策が必要なのであり、おカネをなるべく使わず、知恵を絞った政策が望まれます。

ところが現政権では、逆に「財政再建はその後」ということですから、政府債務残高の多さに対して市場が牙を向けば“悪い金利上昇”になり、強制的に「財政規律」を検討せざるを得なくなります。強制的に財政規律を行うとなれば、景気浮上策はできなくなるだけでなく、経済破壊のような状態になってしまうため、長期にわたって立ち直れなくなってしまいます。

では、現時点で「悪い金利上昇になり得るのか」ということですが、これは市場参加者が「そう思うか否か」にかかっているとしか言いようがありません。しかし、市場参加者は自分一人で考え判断するというよりも、他の参加者が「どのように思っているのか(深読み)」に依存すると考えるのが妥当です(*)。

(*)これは「グローバルゲーム」という分析手法なのですが、この点については日経新聞3/4付朝刊「経済教室」で安田洋祐氏(政策研究大学院大学助教授)が解説をされています。

「他人の予想」に対する深読みによって市場が形成されている場合、その受け止め方に濃淡があるような社会では、「財政が破たんすると思う市場参加者」と「そう思わない市場参加者」が同時に存在することに矛盾がないことになります(複数均衡)。したがって、現状、巷でいろいろな意見が飛び交っているのも当然といえます。

とはいえ、今のところ、「財政は破綻しない」と思っている市場参加者が主流。つまり、今のファンダメンタルズから得られる市場のシグナルにおける市場参加者の予想は当面「財政破綻はない」「インフレはない」という受け止め方が大勢なので、結果として、金利も低く、円高になっていると考えられます。

ここで「財政は破綻しない」と考えている市場参加者の多くは「日本人の所得レベルから言って、増税余地がかなりある」と思っているからでしょう。

とすれば、「日本は増税余地があっても、政府は引き上げられない」「増税できないので、日本財政はサスティナブルではない」という深読みが大勢になることによって、現在のような複数均衡ではなく、(「財政が破たんする」という)一つの予想に集約され、“悪い金利上昇”が実現することも考えられます。

今時点で言えば「積極財政を数年継続」「財政再建はその後」という発言に対して、市場は無風に近い反応でしたが、日本財政に対する楽観的な期待がこのまま続くとも思えませんし、また、「日本国債の日銀直接買入」などというテクニカル的なことで乗り切れるわけもありません。何がきっかけになるかはわかりませんが、「市場の深読み」は一瞬にして変化する可能性があるだけに、慎重な政策運営が望まれます。

コメント

  1. koushi5791 より:

    いつも勉強させていただいております。

    税金の無駄遣いを減らす前に増税されたら堪ったもんじゃないですね。政府が財政再建を後回しにするのは、無責任で何でも後手後手にしてしまう人達という性格から派生して⇒考え⇒行動に至ると思います。今の体質のままでは栓が抜けた風呂のように増税した分だけ無駄遣いに消えて行くような懸念があります。

    政治家・官僚に自浄作用を望むのは大変難しいと考えられ、周囲から突付いて彼らに圧力をかけ景気対策に知恵を搾らせると同時に、構造改革もより一層強化して分かる・できる人材への入れ替えも急ピッチで図るということを一緒にしないと、もう現時点で日本の財政・経済は既に取り返しのつかない手遅れのところまで差し掛かっているような気がしてなりません。

  2. 前田拓生 より:

    koushi5791さん、コメントありがとうございます。また、いつもありがとうございます。

    >もう現時点で日本の財政・経済は既に取り返しのつかない手遅れのところまで差し掛かっているような気がしてなりません

    同感です。

    このまま放漫なやり方を続けては国家が本当に崩壊しかねないと危惧しています。この危惧が「何故伝わらないのか」についても疑問です(汗)

    市場が牙を剥くまで「大丈夫」ということで、このままの政策を続けるつもりなのでしょうかね・・・