結局、政局の変化でしか、政治は変えられない。 - 松本徹三

2010年03月08日 10:00

民主党の支持率が急落しています。最大の原因は「政治と金」の問題ですが、実はもっと大きな問題は、「経済政策と外交政策」の迷走でしょう。「迷走」という言葉は不適切かもしれません。平たく言ったら「まともじゃあない」ということだと思います。

この原因を突き詰めていくと、結局は、「政局運営」が「国の将来」より大切だと考えているかのような、現在の民主党の権力構造に行き着きます。


「外交・防衛政策については、空想的平和主義者の福島さんの顔色を伺い、金融政策については、警察官僚出身の強権政治家である亀井さんが仕切っている」という現状は、何ともマンガチックですが、そういうことが本当に起こっているのです。社民党や国民新党の先の選挙での得票数が示すように、国民の誰もそんなことを望んでいないのは明らかなのに…。

こういう権力構造が成り立っているのは、民主党があまりに多くの要素から構成されている不思議な政党だからでしょう。「反自民」を結集して、自民党の長期政権にうんざりしていた国民の支持を取り付けたのはよかったのですが、いざ政権をとってみると、政策を支える基本ポリシーも、政権のイメージも定まらないのです。

最大の問題になっている「金」の問題も、三つの全く異なった背景を持っています。小沢さんのケースは、金丸さん仕込みの典型的な自民党流の土建政治の流れを汲むものですし、北教組献金問題は、労組頼りの旧社会党の流れを汲むものです。そして、鳩山首相のケースは、「結局はお金持ちの坊ちゃんなのか」とか「首相たるものが嘘をついてよいのか」といった庶民感情から来る反発がからんだものです。

国民の大多数が小沢さんの退陣を求めているのは、世論調査の結果からも明らかですが、民主党の判断は、一にも二にも「どうすれば参院選によい影響が出るか」でしょう。小沢さん自身が選挙については神様に近い人で、ご自分の進退もその観点から自ら判断するでしょうから、選挙が終わるまでは、民主党内部では特に反乱が起こるとは思われません。

そうなると、今度の選挙の動向は、どうすれば「反民主」の受け皿が作られるかによって決まりそうです。谷垣さんは政治家としては有能な方だと思いますが、現在の状況でその核になりうるとはとても思えません。兎に角、「旧来の自民党体質」に対する倦怠感、嫌悪感の潮流には、しばらくの間は抗えそうにはないからです。そうなると、「舛添―渡辺(みんなの党)の連携」に、どうしても多くの人達の期待が集まります。

さて、私の関心は唯一つ、「政局運営優先の為に、国の将来が危うくなるのは困る」ということだけです。そして、今後の民主党政権が、出来れば或る程度「国民の心」を惹きつけながら、「まともな」経済・産業政策の運営を行い、外交・防衛政策にも遺漏なきを期して欲しいということです。

参院選の結果がどうであれ、何か大問題が発生して衆院の解散が行われない限りは、民主党は、これから4年間、実質的に政権を掌握するのです。ですから、我々は、民主党を全否定するわけにはいかないのです。

仮に小沢戦略が功を奏して今度の参院選でも民主党が勝利し、民主党が両院での絶対過半数を取ったと仮定しましょう。一つ良いことは、もはや社民党や国民新党との連立を維持する必要はなくなるということです。しかし、これによって、党内でも小沢さんの権力が益々強まると、党内の反小沢派はもはや黙ってはいないでしょう。場合によっては、党を割ってでも、党外の第三勢力と連携して別の連立政権の樹立に動くでしょう。

逆に今度の参院選で民主党が敗れればどうなるでしょうか? 民主党は、社民党や国民新党ではなく、参院選で最も大きく票を伸ばした第三勢力と連立するしかなくなります。こうなると、これまでの公約であった「消費税の凍結」宣言も翻すことが出来、連合に対する気兼ねも小さくなり、経済政策や外交・防衛政策でも、より「まともな」政策が取れるようになるでしょう。

いずれにせよ、「民主」でも「自民」でもない「第三勢力」がどこまで勢力を伸ばしうるかが、今後の政局の鍵を握ることは大いに考えられ、一方で、「政策」の転換は「政局」次第ですから、国民もこれに期待するしかないのではないかとも思うのです。

以上、私は、現在の民主党の経済運営や外交政策の「危うさ」を、「まともではない」という過激な表現まで使って憂慮し、その前提で「今後の可能性」についての期待を語ってきました。しかし、それでは「民主党にはよいところは全くなかったのか」と言えば、決してそうは思えません。

民主党政権の登場は、少なくとも、これまでの長期自民党政権のベースとなってきた様々な閉鎖的な慣行を打ち破り、政治をオープンで分かりやすいものにしてくれました。私自身がIT業界に身をおいているから言うのではありませんが、ネットの活用による情報公開にも積極的で、閉鎖的な記者クラブなどの慣行も打破してくれそうです。

若い大臣、官僚依存からの脱却、生活者の目線、弱者への配慮、地方への配慮、等々、賛否はありましょうが、これまで牢固とした力を持ってきた自民党体制に対するアンチテーゼを明確に打ち出し、国民の共感を得ようとしている姿勢は、それなりに評価すべきです。「仕切り」についても、これまた、そのやり方に賛否が割れましたが、多くの国民が大いに快哉を叫んだのは事実です。

私は、この文章の前段で、「政権のイメージ」が定まらないということを申し上げましたが、これは主として、小沢さんのイメージと、「若く、明るく、オープンな党」というイメージがかけ離れているということを申し上げたのであり、この際、「若く、明るく、オープンな党」というイメージをより前面に打ち出せば、この問題は乗り越えられると思います。

老獪な既存勢力に対する挑戦者が、時には未熟さを露呈することは止むを得ないことです。そういう時は、率直にその未熟さを認め、改善を約束する方がよいと思います。これは、「改革者」にとっては、何れにせよ避けて通れない道です。

「マニフェストの遵守」も、難しいことはもはや分かっているのですから、マニフェストをつくった段階で読みきれていなかったことがあるのなら、そのことをはっきりと認めて陳謝し、あらためて国民に方針の転換に対する理解を求めるべきです。世論調査の結果が示すように、多くの国民は、これを「約束違反」として非難するより、国の将来が危うくなるリスクが回避できることに、むしろホッとするでしょう。

さてさて、いつものことながら、私は、このアゴラのサイトでは、「普通の会社の経営陣の端くれ」である身分をそのまま示しながら、お上のことについても、このようにあれこれ注文をつけています。このことの可否については、私自身もいつもかなり逡巡していることは告白しておかなければなりません。現実に、仕事の上の会合で、私がアゴラで真っ向から批判している方々とお目にかかることもよくあるのです。

一般に、こういうところでこういうことを書くのは、学者や評論家やジャーナリスト、要するに自由人であり、会社勤めの「不自由人」は、「生意気」と思われて仕事に影響が出ることを恐れて、普通は何も言わないものです。「さわらぬ神に祟りなし」ですから。

しかし、実業の世界で生きてきた者には、その知識と経験からくる「それなりに貴重な観点」というものがあるのも事実であり、これをどんどん表現していかないことは、社会に対する裏切りでもあります。

私の場合は、幸いにいい歳をしており、いつ会社を辞めてもよい身分ですから、当分は言いたいことを言うことにします。

会社としても、もし「お宅の副社長、ちょっと困るんですよねえ」と言われれば、二つの対応策のどちらかがいつでも取れるのですから、気が楽でしょう。「いやあ、あの人は特殊なので、まあ大目に見てくださいよ」と言えば、それなりに「度量のある会社」だと思って貰えるだろうし、「そうですか。それなら、この際辞めてもらいましょう」と言えば、「よしよし」ということになるのですから。

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