事業環境において経営を機能させるのがリーダーだとすると、リーダーシップのない経営は、ガソリンの切れた車のようなものですし、経営を理解しないリーダーはハンドルのない車を運転しているドライバーのようなものでしょう。経営論はリーダーシップ論と一体のものとして捉えられるときに最も機能するはずで、世の中の経営論の数々がリーダーシップ論と対で語られないことは合理性を欠くのではないかと思うことがよくあります。別の表現では、事業と経営に関する多くの議論は、突き詰めるとリーダーがいかに行動し、いかに在るか、という選択を効果的に行うためにあるべきものではないかと思います。どんなに優れた経営理論の数々も、それらがリーダーによって機能的に実行されなければ意味をなさないからです。
経営とリーダーシップが一体のものであるという前提においては、事業をどのように定義するか次第で、「有効」なリーダーシップの形は幾通りも存在し、事業で機能するリーダーシップを定義するためには、「事業とは何か」という問いに回答しなければなりません。リーダーシップ論と同時に、経営とは、事業とは、売上とは、経済活動とは、マーケティングとは、などなどに関する数々の議論が必要となる所以です。その時、それぞれの概念は個別のものではなく、全てで一つのことを表現するべきものですが、本稿のリーダーシップ論は、「次世代経営」が経営合理性をもつという前提において、これを機能させるために最も有効なリーダーシップとそのしくみを規定するという趣旨で構成しています。
経営者の最も重要な仕事
経営者が果すべき多くの機能の中で、何よりも重要なことは、経営者であることの条件を明確にすることだと思います。言葉を変えると、なぜ自分が経営者であるべきなのか、なぜ他人ではないのか、自分が果すべき経営機能とはなにか、という問いに対して、可能な限り明確に経営者自身が回答するという作業です。そして、この問いに回答を示すということは、経営者自身の辞任条件を明確にすることを意味します。
経営者に就任して初めにすべきこと、そして、経営者として最も重要な仕事は、自分が辞任する条件を特定し、少なくとも役員にその内容を伝えることであり(会社法の構成を突き詰めて考えると、取締役の最大にして唯一の仕事は経営者を罷免することです*(1))、経営者が常に考えるべきことは、自分の存在は従業員と企業のために最適か、企業価値を最大化するか、という問いであるべきです。経営者の存在が従業員と企業のためにならず、企業価値を最大化しない状況において、経営者が交代すること自体が最も適切な経営判断であるということはあまりに単純な原理なのですが、この原理が実際に機能している企業は現実には殆ど存在しないのではなでしょうか。つまり、現代企業社会においては、企業において最も重要な経営機能(=経営者)が果すべき、最も重要な仕事(=経営者の辞任)が事実上全く機能していないのです。この一点だけをとっても、社会中の企業がハンドルのない車を運転しているようなもので、企業社会が現在のような状態になってしまっているのは、むしろ当然のことかもしれません。
企業社会の「常識」を良く知る経営者にとって、以上の論点はあまりに突飛で、現実にはとても機能しないと感じられることと思います。しかし、もし可能であるならば、これが「常識的」か「現実的」かという観点を無理やりにでも一旦脇に置いて、仮にこのようなしくみが現実に機能した場合、経営効率は高まるだろうか、という純粋な経営機能と経営効率の観点から考えてみていただければと思います。
産業再生機構でCOOを勤められた冨山和彦さんの著書に『会社は頭から腐る』というタイトルの本がありますが、実際、企業における問題の大半(特に大きな問題)は経営者自身が原因だと思います。仮に経営者が会社の最大の危機をもたらすのであれば、経営者を排除するメカニズムは、企業経営上最も重要なテーマであるはずです。そして、経営者を排除する上で最も効率の高い方法は辞任に勝るものはありません。
経営者が辞任すべきとき
経営者の辞任条件を明確にするために、1.経営者の役割(仕事)は何か、そして、2.経営者の成果をどのように評価(自己評価も含む)するか、という議論が必要です。反面、企業において最も重要な人事考課は経営者に対するものである筈なのですが、経営者の評価基準とその運用方法が明確な企業は、これも稀だと思います。経営者は、社員やその他のステイクホルダーから必要とされなくなったとき、あるいは会社において最も人の役に立つ機能を果せなくなったときに辞任することが最適な経営判断と言えるでしょう。…企業経営が経営者自身の人格や価値観に大きく影響されるのはこのようなメカニズムによります。
* * * * *
*(1) リーダーシップ論は現実の企業統治において機能しなければ実践的経営論の意味を為さないため、経営論、リーダーシップ論と、企業統治に係る現行法との関係を理解することは重要です。現在の会社法上の構成において、代表権のない取締役が法律的に持つ権限は取締役会において賛否(特に反対)意見を述べることのみであり、反対意見を主張するためにできる最大の行為は辞任です。すなわち、取締役の最大の仕事は、経営者が辞任/継続するか否かに係る意見を表明すること、そして究極的には辞任によって意見を主張すること、…つまり、取締役にとっても辞めることが最も重要な仕事と言えるのです。
経営者の最も重要な仕事
経営者が果すべき多くの機能の中で、何よりも重要なことは、経営者であることの条件を明確にすることだと思います。言葉を変えると、なぜ自分が経営者であるべきなのか、なぜ他人ではないのか、自分が果すべき経営機能とはなにか、という問いに対して、可能な限り明確に経営者自身が回答するという作業です。そして、この問いに回答を示すということは、経営者自身の辞任条件を明確にすることを意味します。
経営者に就任して初めにすべきこと、そして、経営者として最も重要な仕事は、自分が辞任する条件を特定し、少なくとも役員にその内容を伝えることであり(会社法の構成を突き詰めて考えると、取締役の最大にして唯一の仕事は経営者を罷免することです*(1))、経営者が常に考えるべきことは、自分の存在は従業員と企業のために最適か、企業価値を最大化するか、という問いであるべきです。経営者の存在が従業員と企業のためにならず、企業価値を最大化しない状況において、経営者が交代すること自体が最も適切な経営判断であるということはあまりに単純な原理なのですが、この原理が実際に機能している企業は現実には殆ど存在しないのではなでしょうか。つまり、現代企業社会においては、企業において最も重要な経営機能(=経営者)が果すべき、最も重要な仕事(=経営者の辞任)が事実上全く機能していないのです。この一点だけをとっても、社会中の企業がハンドルのない車を運転しているようなもので、企業社会が現在のような状態になってしまっているのは、むしろ当然のことかもしれません。
企業社会の「常識」を良く知る経営者にとって、以上の論点はあまりに突飛で、現実にはとても機能しないと感じられることと思います。しかし、もし可能であるならば、これが「常識的」か「現実的」かという観点を無理やりにでも一旦脇に置いて、仮にこのようなしくみが現実に機能した場合、経営効率は高まるだろうか、という純粋な経営機能と経営効率の観点から考えてみていただければと思います。
産業再生機構でCOOを勤められた冨山和彦さんの著書に『会社は頭から腐る』というタイトルの本がありますが、実際、企業における問題の大半(特に大きな問題)は経営者自身が原因だと思います。仮に経営者が会社の最大の危機をもたらすのであれば、経営者を排除するメカニズムは、企業経営上最も重要なテーマであるはずです。そして、経営者を排除する上で最も効率の高い方法は辞任に勝るものはありません。
経営者が辞任すべきとき
経営者の辞任条件を明確にするために、1.経営者の役割(仕事)は何か、そして、2.経営者の成果をどのように評価(自己評価も含む)するか、という議論が必要です。反面、企業において最も重要な人事考課は経営者に対するものである筈なのですが、経営者の評価基準とその運用方法が明確な企業は、これも稀だと思います。経営者は、社員やその他のステイクホルダーから必要とされなくなったとき、あるいは会社において最も人の役に立つ機能を果せなくなったときに辞任することが最適な経営判断と言えるでしょう。…企業経営が経営者自身の人格や価値観に大きく影響されるのはこのようなメカニズムによります。
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*(1) リーダーシップ論は現実の企業統治において機能しなければ実践的経営論の意味を為さないため、経営論、リーダーシップ論と、企業統治に係る現行法との関係を理解することは重要です。現在の会社法上の構成において、代表権のない取締役が法律的に持つ権限は取締役会において賛否(特に反対)意見を述べることのみであり、反対意見を主張するためにできる最大の行為は辞任です。すなわち、取締役の最大の仕事は、経営者が辞任/継続するか否かに係る意見を表明すること、そして究極的には辞任によって意見を主張すること、…つまり、取締役にとっても辞めることが最も重要な仕事と言えるのです。





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