ライブドア事件の本質 ―中川信博

2010年03月24日 00:37

前回のエントリーライブドア事件でアニマルスピリッツは潰えたのかで池田先生と山口さんのライブドア事件で日本の起業意欲がそがれたとの議論に疑問を呈したわけでありますが、賛否をコメントで頂戴して気が付いたのですが、私が池田先生のエントリーの引用と山口さんのエントリーの引用を同列に取り上げたことが議論に混乱が生じたようなので議論を整理してみました。


池田先生は投資行動全体としての影響を論じられたので、私の議論へ

「アニマル・スピリッツ」というケインズの言葉は、それとはまったく違う文脈の概念であり、こういう使い方をするのは、話を混乱させるだけ。」

と指摘されましたが、これはその通りだと思う。私はむしろ山口さんの

「アメリカは無条件では無いにしてもGoogleを許容する社会土壌があるのは確か。一方、翻って日本は?「ホリエモン」事件が全てを物語っているのでは?」

という日本のITイノベーションの低迷をライブドア事件に象徴される公権行使の影響で論じていることに強い「疑問」をもっているのである。これはおそらく池尾先生の

「ほんとうにそうなのか?という疑問」については、強く共有する。

というコメントでお分かりいただけると思う。では私がライブドア事件をどう考えているのかを説明したいと思う。

1990年公開されたプリティウーマンという映画があったが、主人公のエドワード・ルイス(リチャード・ギア)のビジネスはのっとり屋だった。1990年代といえば冷戦とともに工業化時代が終わるのだが、エドワードのビジネスは債権化ビジネスを象徴している。カジノで言えば賭けに勝ち続けているプレイヤーのようだ。しかしこのビジネスモデルで彼等は巨額を儲けたが何も創造はしなかった。カジノの優秀なプレイヤーだったことは確かだろう。その後、これらのビジネスを擁護するため、情報ハイウエイ構想と金融ビジネスはクリントン政権下でアメリカの国策となったのである。

情報化時代が到来して彼等は情報通信を駆使して常勝プレイヤーとなった。巨大企業を買収し合法ぎりぎりの会計手法で時価を上げゲインを得る。また起業して株式公開してゲインを得る。さらにその起業家に投資をしてゲインを得ると様々な手法を開発したのである。情報化経済といえるこれらモデルだが、一方ではエンロンを筆頭にしてイカサマも横行したのである。1990年から2000年初頭まで彼等は政府のお墨付きでプレイしたリベラリストの既得権益者ではないかと考えている。当然カジノのオーナーが代われば彼等は退場するしかない。

しかしその中でイノベーションの萌芽があった。1998年に設立されたグーグルである。グーグルは情報化時代初期のIT企業とはまったく違うと言える。カジノで例えれば、ギャンブルで勝つために情報通信を駆使したのではなく、新しい遊び方を提案したのではないかと考えている。多くのオタクの支持を得てその遊びはたくさんのプレイヤーをカジノに呼ぶことになったのである。賭けで勝つのではなく新しい賭けを創ったのである。情報化経済が情報経済に進化した瞬間だ。

工業化時代のビジネスモデルを情報通信で武装したプレイヤーは、一方で新しい金融証券を開発して賭けに勝ち続けることになるが、もう一方で米国市場における2003年のSOX法規制を予見して、新たなカジノを求めたのが年次改革要望書による日本市場開放であったと考える。彼等は新たなカジノで賭けをはじめたが、カジノのルールで自らがプレイできず協力者を得た。その協力者が村上氏であり堀江氏であったと考えている。カジノで賭けて儲けることは何も悪いことではないが、ルールを破れば退場しなければならないのは当然だと思う。村上氏および堀江氏への公権行使とその度合いが正当であったかどうかは私には評価できないが、プレイヤーの不正を取り締まることはエンロンの例の通り悪いことではないと考える。

であるから山口さんの

「アメリカは無条件では無いにしてもGoogleを許容する社会土壌があるのは確か。一方、翻って日本は?「ホリエモン」事件が全てを物語っているのでは?」

というのは誤解ではないかと思う。日本にも新しい遊びを受け入れる土壌はあるが、日本にはプレイヤーしかおらず新しい遊びを提案するオタクがいないのである。もしくは提案できる技術オタクとプレイヤーを協業分業させる土壌がないのではないだろうか。ビル・ゲイツだってはじめはハッカーだったからだ。

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