世論調査の落とし穴 - 松本徹三

2010年04月26日 10:00

私は商売柄、現在のSIMロック解除論議には関心があますから、一週間前の日経に出た「SIMロック解除に賛成53%」と題する「クイックサーベイ」の記事に神経を尖らせたのは当然です。しかし、今回私がこの問題をアゴラのコラムで取り上げるのには、もっと大きな理由があります。それは、「世論調査」というもののあり方に対する基本的な考えに関係することです。

新聞社による「世論調査」は、常に読者の大きな関心事であるのみならず、政治や世相に極めて大きな影響を与えます。舛添さんが「首相になって欲しい人」のアンケートでトップだったと報道されれば、多くの人は「あ、舛添さんという人は偉い人なんだ」と思うでしょうし、「民主党の支持率が更に下がった」という記事が出れば、「あ、やっぱり駄目なんだ。じゃあ、次の選挙は他の党にしようかな」と考える人は多いでしょう。


私は、「多くのことについて頻繁に世論調査をやり、政府は、そこで読み取れた「民意」に沿う形で、色々な政策の決定や変更をしていってはどうか? そうすれば、より直接民主主義に近づくのではないか?」という考えの持主です。しかし、勿論、こういう考えに真っ向から反対の人達も多くいます。反対論の根拠は、基本的には、「そういうやり方では、国の長期的な利益に無関心な一般市民の目先の欲求に迎合した『衆愚政治』を加速させる」というものであり、私もこれには一部同意します。

何れの場合も、世論調査をする場合には、背景を十分説明し、それに関する色々な異なった見方をその根拠とともに十分紹介した上で、丁寧にやるべきです。間違っても誘導尋問的なことはすべきでなく、回答の選択肢は、慎重、且つ公平に準備すべきです。

私の会社でもマーケットリサーチは頻繁にやっていますが、質問の仕方によって全く違った答が出てくることはしょっちゅうありますから、少しでも正確な参考資料が得られるように、質問の仕方や回答の選択肢については、喧々諤々議論します。

こういった観点から、今回の日経のクジックサーベイを見ると、私としてはそのやり方に全く賛同できず、総務省がこれを参照して、「それみろ、世論は支持しているではないか」と言うことを大変懸念しています。また、日経新聞が他のもっと重要な政治経済の問題について、この様な手法で世論調査をされることがないように祈ります。

SIMロック解除の議論には、私自身ここ数週間どっぷり浸かってきましたので、「何故これを主張する人達が結構多いのか」につてもよく分かりました。SIMロックに大きな不満を持っている人達の大部分は「海外に頻繁に行く人達」です。海外に日本の携帯端末を持っていくと、現地の人に電話するにも、一緒に行った他の日本人に電話やメールをするにも、全てローミングという機能を使わなければならず、これが馬鹿高いケースがしばしばあるのです。

従って、現地で売っている現地の事業会社のSIMカードを買って使いたいのですが、日本の携帯電話機にはどれも「SIMロック」というものがかかっているので、これが出来ません。ここで、「怪しからん」と怒り心頭に発するのは全くよく理解できますし、この怒りの声は、恐らく総務省や政治家の方々の耳にも届いていることでしょう。ですから、「よーし、それならば正義の味方が現れて、こういう状態を放置している『悪い通信事業者』を懲らしめてやろう」と考える方々が出てきたとしても、おかしくはありません。

(これ以外にも、「アイフォンを使いたいのだが、自分の家にはソフトバンクの電波が入りにくい。ドコモのSIMカードに差し替えたいのだが、それが出来ない」ということに腹を立てている人も若干おられるのですが、これはアップル社の各国でのマーケティング戦略に関することなので、少し異質の問題です。)

確かに、この様な海外の状態を放置してきた通信事業者は、遅ればせながらこの事態を深く反省して、早急に改善を図るべきです。このやり方としては、「SIMロックフリーの端末を何機種か出してこれを使ってもらう」というのも一つの方法ですが、世界の各通信事業者と協議し、ローミングコストの徹底的な低減を図るほうが、より効率的かもしれません。

何故なら、海外旅行者の直面している深刻な問題としては、「日頃『使い放題の月極めフラットレート』のおかげで気楽にやっているウェブへのアクセスやツイッターなどが、海外では全く使えない」ということもあるからです。

現在の海外データローミングのレートでは、日本の感覚で気楽に使っていたら、帰国後に数十万円の請求書を受け取り、目を回す破目になってしまいます。この問題を解決しようとすれば、SIMロックフリーの端末を出すだけでは駄目で、どうしても新しいローミングの価格体系が必要になります。

さて、日経のクイックサーベイの話に戻ります。上記からもご理解頂けたと思いますが、一方で頻繁な海外旅行者やアイフォンを買うかどうかで迷っている人達が、「SIMロック解除」の問題に大きな興味を持っている半面で、日本の利用者の恐らく95%程度にあたるだろうと思われる「これ以外の人達」は、そもそも「SIMロックというものが何なのか」も意識していないのが実態でしょう。

「端末機の蓋を開けるとSIMカードというものが入っていて、それを差し替えると通信事業者が変えられる」と言われても、どんな時にそれが必要になり、どんなメリットがあるかを理解できる人は殆ど居ないでしょう。

現在シャープなどは三つの主要通信事業者の全てに対して携帯電話機を供給しており、人気の「アクオス・ケータイ」等は、どの通信事業者から出ているものも大同小異です。全事業者の全機種を併せると現時点で売られている端末機の種類は100を越えるでしょうから、アイフォンなどの特殊なケースを除けば、端末機と通信事業者の組み合わせに事欠くことはないのが現実だと思います。

ですから、そういう人達は、SIMロックの問題については殆ど理解していないし、あまり興味もない筈なのです。にもかかわらず、日経のクイックサーベイによれば、調査会社マクロミルを通じ4月9日から11日の3日間で20歳以上の男女1020人を対象にインターネットを通じて行った調査によれば、「分からない」と答えたのは僅か41%で、53%が「ロック解除に賛成」と答え、その理由として、「携帯端末の選択肢が増える」(61%)「通信料が下がる」(31%)などを上げたと言います。

もしロックを解除することによって通信料が下るのなら、誰でもそれに賛成するのは当たり前ですが、何故この回答者達は「ロックを解除したら通信料は下がる」と思ったのでしょうか? このサーベイの結果を報じる日経の記事を読むと、「日本は通信会社が端末を売る際に多額の販売奨励金を払ってきた。それを通信料で回収するため他社のカードを使えないようにしたのがSIMロックだ。制限を外せば通信会社の競争が増し、端末メーカーにも海外の販路が広がると総務省は考えた」という記述があります。

私はここには極めて問題の多い「世論の誘導」があると思います。つまり、「総務省はそう考えたかもしれないが、その検証は全くなされておらず、そのような考えは誤りである可能性もある」ということが一切斟酌されていないのです。

まず、皮肉なことに、今回、「ロック解除の強制」に最も明確に反対を表明しているソフトバンクの場合は、他社とは異なり、販売奨励金は現在殆ど支払っていません。端末代金はきちんと払って頂く代わりに、これを割賦払にして、その上で、毎月の割賦金の負担を相殺する為に「月々割」という形で通信料を既に下げているのです。ですから、そもそも十把一からげに販売奨励金の事を書いているこの記述は、始めから公正を欠いていると言えます。

次に、他社の場合は、2007年の時点で、主として「認可事業である通信事業そのもので上がる収益で、サイドビジネスである端末販売業で生じる損失を相殺するのは、事業法上好ましくない」という理由で、「販売奨励金方式は極力止めるように」という指導を受けました。しかしながら、現状では、KDDIの場合は殆ど従前通り、ドコモの場合も過半以上の販売が従前通りです。

従って、もし、百歩譲って、総務省が「販売奨励金をやめることが本当に必要だ」と本気で考えたのなら、総務省は「以前になされた指導に従うこと」をこの二社に重ねて求めれば済んだことであり、大きな問題を惹起する可能性のある「SIMロックの解除」を、敢えて強行しようとする必要はなかった筈です。

次に、上記の表現は「(問題のある)販売奨励金を通信料で回収するために他社のカードを使えないようにした」と、如何にもこの慣行が悪い慣行だったかのような表現を使っていますが、もし、この表現方法を変えて、「長期間にわたる通信料収入が保証されるなら、通信事業者はこの一部を『端末機の買い取り価格を安くする』という形で『ユーザーに還元する』ことも可能故、『長期使用を担保する為のSIMロックという技術』を導入した」と表現すれば、印象は随分変わったものになっていたでしょう。

第三に「この制限を外せば通信会社の競争が増し、端末メーカーにも海外への販路が広がる」という点については、そもそも「どういう理由でそうなるのか」の説明は全く無く、しかも肝心の通信事業者やメーカーの考えは全く反映されていません。私自身は「そのようなことにはなる筈はない」と確信していますが、百歩譲っても、「総務省の『想像』が正しい」と考える根拠は見当たりません。

しかし、一般人は、権威ある新聞に「総務省はそう考えている」と書かれていれば、「あ、そうなんだ」と思うでしょう。

さて、もし仮に、このアンケートが、下記のように全く違う形でなされていたら、結果はどうだったでしょうか? 

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SIMロックがなければ、同じ端末機を使っていても、途中で通信会社を変える事が出来る。(但し、auの端末の場合は出来ない。また、他社からauに通信会社を変えることも出来ない。)その場合、それまで使ってきた多くの機能は使うことが出来なくなるが、電話とインターネット経由のメール、及びインターネットへの接続は出来る。これにより、多少の面倒はあるが、海外に行った場合などには通信料の節約が出来る。しかしながら、SIMロックが解除されると、これまでのビジネス慣行が抜本的に崩れるので、現在のように「極めて安い金額を支払うだけで新しい携帯電話機を持ち帰って使用すること」等は出来なくなる。また、問題があった場合は、色々な通信会社やメーカーに問い合わせる必要が生じる場合もある。

さて、あなたはこの問題について、どのような指導を総務省は行うべきと考えられますか? 該当するものに印をつけてください。

1)全ての端末機にロック解除を義務付け、「ゼロ円で持ち帰り」等という不健全なビジネス慣行を根絶すべきである。
2)ロックのある端末とロックのない端末を並存させ、利用者が自由に選択出来るようにすべきである。
3)現状を維持し、何も変えるべきではない。

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恐らく、大多数の人は2)を選ぶでしょう。

つまり、解除措置が生み出すメリットとデメリットを明らかにすることもなく、また、「総務省が実際に何をしようとしているのか」すらを曖昧にしたままで、単純に「賛成か反対かを問う」という今回のアンケートのやり方自体が、甚だ不適切であり、「何らかの意図があって、世論の誘導をしているのではないか」と疑われても仕方の無いものであると考えます。

もし今、同じ新聞社が次のようなアンケートをしたとしたらどうでしょうか?

「XX大臣は、就任以来、この様なよい事をしてきました。今後の任期中には、この様なよいことをしようとしています。あなたはXX大臣がそのまま職務を続けるのがよいと思いますか、それとも辞任すべきと思いますか?」

勿論、この新聞社は、真っ当な報道機関としての適格性すら疑われるでしょう。

SIMロックの問題などは、たいていの人は何が何だか分からないし、「自分には関わり合いのないことだ」と考えているでしょうから、大きな問題にはならないでしょう。しかし、世論調査というものの重さを考える限りは、今回のアンケートに際しても、もう少しきちんとした配慮があって然るべきだったと思えてなりません。

日経新聞社は反論があればしてください。

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