格付け会社が、大量のサブプライム・ローン関連の証券化商品の格付けを一斉かつ大幅に引き下げたことで今回の米金融危機が表面化してから、丸3年が経過した。リーマン・ブラザースの破綻からも、2年近くの時間が経った。これだけの時間は、金融危機の発生と拡大に至った原因についての一通りの考察を可能にするものであり、危機の原因に関してはほぼコンセンサス的な見方が形成されてきているように思われる。
これだけの大規模な危機であるから、たった1つの原因で起こったわけではなく、いくつかの要因が複合的に組み合わさって危機に至ったといえる。それらの要因のうちで主なものは、[1]マクロ経済的な背景(Great Moderation(大平穏)の持続、Global Imbalance(国際的な経常収支不均衡)の拡大など)、[2]過度に緩和的な金融政策運営、[3]金融機関のリスク管理をはじめとした内部統制体制の不備、そして[4]金融規制監督体制の欠陥である。
金融規制監督体制の欠陥は、危機を引き起こした要因の1つなので、当然是正されなければならない。しかし、金融規制監督体制の欠陥だけから危機が引き起こされたわけではないので、金融規制監督体制を見直しさえすれば、金融危機が二度と起きなくなると言えるわけではない。このように再発防止の必要条件ではあっても、十分条件ではないことは正しく理解される必要がある。例えば、今次金融危機の「深い原因」に関するラジャンの見解を参照されたい。
よく「今回の金融規制監督体制の見直しで、金融危機の再発は防止できるようになりますか」と質問されることがあるけれども、そんなことはあり得ないが、見直しは不可欠だというのが真実である。このあたりを正しく理解せずに、金融規制監督体制の変更だけで危機の再発防止を実現しようとするならば、過度の規制強化に傾きがちになる。今回の金融規制改革法の成立に至る米国での議論には、そうした傾きがみられたと思う。
以下、参考までに、金融規制監督体制に関して理解するための基礎的なポイントについて簡単に解説しておく。
一般に金融危機は、A.外部経済環境の悪化→B.1つないしは少数の金融機関の経営破綻→C.システム全体を巻き込んだ危機、という展開過程をたどると考えられる。
金融機関の経営を取り巻く外部の経済環境が好調である間は、多少の問題を抱えた(不健全な経営をしている)金融機関であっても、経営困難に陥ることなく存続していける。しかし、外部経済環境が悪化(例えば、資産価格が下落)すると、何らかの問題を抱えていた金融機関が行き詰まり、破綻に追い込まれるといったことが起こる。そして、そうした金融システムの「弱い環」が壊れることを契機に、全体に混乱が広がると、システム危機に至る可能性が生じることになる。
システム危機を「火災」にたとえると、A→Bの連鎖を断ち切るための対策あるいは措置は「防火対策」的なものだと位置づけられる。他方、B→Cの連鎖を断ち切るための対策あるいは措置は「初期消火対策」的なものだといえる。そして、世界的な金融危機という「大火災」を経験したことから、その再発防止を目指して、金融規制監督のあり方が防火対策的な側面でも、初期消火対策的な側面でも根本的に見直されなければならないということになった。
防火対策の面での見直しは、2方面のものがある。1つの方面は、これまでの防火対策の対象となっていなかった(いわゆるシャドゥ・バンキング・システムを構成している)非規制分野への規制監督の範囲拡大(ヘッジファンド、店頭デリバティブ取引、証券化商品などに関する規制監督の導入)である。今回の金融規制改革法には、これにかかわる事項がいくつも盛り込まれている。
もう1つの方面は、商業銀行は今回の金融危機の直接の原因となったわけではないにしても、シャドゥ・バンキング・システムにおける過度のリスク・テイクは商業銀行からの潤沢な流動性の供給によって支えられていた面があり、銀行部門のリスク管理体制の全般的な見直しが図られるべきだという議論である。これには、(1)自己資本比率規制、(2)流動性リスク管理などが含まれる。こちらの方は、もっぱらバーゼルの銀行監督委員会を中心に検討されており、最終案が固まるのは年末あたりになる見込みである。
ただし、銀行に高リスク取引を禁止するという規制(ボルカー・ルール)は、今回の金融規制改革法で(やや緩和された形であるが)導入されることになった。これは火事が起こるのを防ぐために、火を扱う作業自体を禁止するといったものである。
初期消火対策の面では、経営困難に陥った金融機関を(たとえそれが大規模なものであっても)混乱を引き起こすことなく破綻処理する手続きを整備することが課題となっている。米国の場合には、銀行に関しては独自の破綻処理手続きが用意されていたが、証券会社や保険会社については未整備のままだった。そのことが、リーマン・ブラザーズの破綻に伴う混乱やAIGを救済せざるを得なかった原因であると反省されている。この点は、今回の法律で手当てされることになった。
なお、米国における金融規制監督体制の欠陥は、規制監督の内容と範囲のみならず、その執行体制にもあった。すなわち、各種の規制監督機関が分立して併存している状況にあった。今回の改革法で、その根本的是正が実現したわけではないけれども、金融安定化監督評議会を設立するとともに、システム上重要な金融機関については非銀行であっても、FRBが一元的に監督することなった。