ロイター通信は11日、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のナンバー2で査察局トップ、テロ・バルヨランタ事務次長が辞任したと報じた。IAEAはバルヨランタ査察局長の突然の辞任については、「個人に関することは公表しない」という原則に基づいて理由を明らかにしていないが、トランプ米大統領が8日、2015年7月に合意したイランとの核合意から離脱し、解除した対イラン制裁を再実施していく旨の大統領令に署名したばかりの時だけに、さまざまな憶測が流れている。
イラン核交渉は国連常任理事国(米英仏中露)の5カ国にドイツを加えイランと協議されてきた。そして2015年7月、イランの濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置き、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとするなどを明記した包括的共同行動計画(JCPOA)で合意した経緯がある。
その合意内容をイランとの間で履行する立場がIAEAだ。そのIAEAの査察局トップ、フィンランド出身のバルヨランタ査察局長(61)が突然辞任したのだ。
バルヨランタ査察局長の辞任はトランプ大統領のイラン核合意離脱表明3日後だったということで、タイミングをめぐり憶測が流れている。それだけではない。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は4月30日、テルアビブの国防省で、イランが核兵器開発計画を有していたことを証明する文書を入手したと発表したばかりだ。同首相は、約5万5000頁に及ぶ核開発関連文書とデータが入った183枚のCDを今年1月、イランのテヘランからイスラエル諜報特務庁(通称モサド)が密かに入手したと公表した。すなわち、IAEA査察局長の辞任は、2つのタイミングと重なり、何らかの関わりがあるのではないか、といった憶測から逃れられなくなる。
以下は当方の憶測だ。ある意味で「国連の高官が突然そのポストを辞任する時」の一般的なパターンについて考えてみた。バルヨランタ査察局長のケースとは直接関係がないことを断っておく。
それでは始めよう。
先ず、大きく3点に分けて考えてみる。
①個人的事情。自身の健康問題、家族の動向などがそれに当てはまる。この場合、辞任に追い込まれるケースは考えられるが、上司と相談し、職務の重要度などを考慮して対応を決定する。イラン担当の査察局長の場合、職務の重要度を考えれば、「突然」辞任するということは避けるだろう。
②引責の場合。査察局には査察関連情報が保管されている。関係者は機密情報の守秘義務を負う。第3者に漏らした場合、責任が出てくる。IAEAでは機密保持の義務について明記された文書に職員は署名を求められる。現職時代に得た情報は退職後も漏らしてはならない。
③リクルートの場合。バルヨランタ査察局長の前任者、オリ・ハイノネン氏は2010年8月末、退職後、ボストンのハーバード大の教鞭ポストを得ている。給料も悪くない上、社会的名誉も手に入れる。もちろん、査察経験豊富なハイノネン氏をスカウトしたのは米国側だ。同氏は北朝鮮の寧辺核関連施設の査察体験を有しているからだ。ただし、③の場合、突然の辞任は考えにくい。
以上の3点の中では、突然の辞任の場合、②が浮上する。もちろん、①の場合も考えられる。一種のバーンアウト症候群(燃え尽き症候群)だ。職務を続行する気が突然消滅する。緊張が長期間続いてきた人が陥りやすいケースだ。責任感が強い人が陥る。生命の危険の場合もあり得るからだ。
②の場合、情報の流出問題だ。そのパターンは2通り出てくる。イランへの情報流出か、モサドへの情報提供かだ。約5万5000頁と183枚のCDのイラン機密文書に何が書いてあったかが重要となる。モサドは今年1月にそれらを入手している。その中にはIAEAの査察活動に関する報告も明記されていただろう。イラン側にダメージとなる情報だけではなく、IAEAや第3者にとっても不都合な情報が明記されていた可能性も排除できない。
IAEA職員の中には多くの問題が山積していることも事実だ。過去には地下鉄の電車に飛び込み自殺した職員もいた。上司から評価されず、窓際族になった末、アルコール中毒となったベテラン査察官もいた。シリアの核問題で米国寄りの上司と口論した査察官がいた。その上司もアルコール中毒寸前だった。
なお、今回のIAEA査察局長の突然の辞任報道を最初に報道したのはロイターだ。IAEAのフレドリック・ダール報道官は元ロイター通信の敏腕ジャーナリストだった。不都合な情報をロイターなどにいち早く流すことで、情報の拡大と憶測防止という狙いがあったものと考えられる。
もちろん、今回の査察局長の辞任は、IAEAの査察・検証作業への信頼性を疑うトランプ大統領への抗議意思の表現という見方も排除できないが、高給ポストをトランプ大統領への抗議のため捨てる人は少ないだろう。
現代人は情報を無視して生きていけないが、情報との正しい付き合い方がこれまで以上に求められてきた。今回のIAEA高官の辞任報道は多くの教訓を含んでいる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。