中村知事は本当に「正義の味方」なのか?

新田 哲史

加計学園ホームページより

加計学園が先週末に、愛媛県文書に記載されていた理事長と首相との面会を「実際になかった」としたことで、事態はますます複雑怪奇になってきた。

仮に野党や朝日新聞が追及するように、首相が学園の獣医学部設置構想を「2017年1月に初めて聞いた」とする話と整合性を合わせるために“火中の栗を拾った”のだとしよう。それはたしかに首相を守りやすくなるが、郷原信郎氏も指摘するように、特区申請・補助金交付の前提とする事実に虚偽が織り交ぜられたことを追及されるのは必至なわけだから、学園の社会的信用を失いかねず、リスクは大きすぎる。

もちろん、学園側が県や今治市に話を“盛った”ことが真実であるならば、当然、これまで違法性がなかったとされる特区申請・補助金交付に至るプロセスを再検証する必要はあるというのが、普通の感覚だろう。

政権が対応を矮小化させる限り、問題を長期化させる

それで週が明けて政府や自治体側がどのような対応をとるのか注目していたが、報道によると、安倍首相は28日の参院予算委で「抗議をする必要はないと思う」と述べ、文科省も林大臣が「今の段階で措置は考えていない」という見解を示したという。

また、今治市の菅良二市長に至っては、「学園の言うこと信じたい」「勢い余ったのかな。とにかく、学園としても一生懸命だったのかなと思う」とまで擁護。補助金見直しの考えはないと報じられている。

これらの反応は率直にいって意外だった。補助金には血税が投入され、特区認定は公益性のある話だから不問にしてしまえば、安倍政権の支持者といえども真面目な納税者は不快に思う者も多いだろう。私がもし安倍政権のインサイダーであれば、「さすがにまずいのでは」と苦言を呈すると思う。

もちろん、いまさら開学した獣医学部を廃止するわけにはいかないが、嘘が特区や補助金認定にどの程度の影響があったのか、違法性の有無は正すべきだ。もし、影響が微小で最終結論を変えるほどでなかったとしても、筋を通して検証しておかなければ、国民の心象は悪化することはあってもよくなることはない。

結局、モリカケが1年半も引っ張ってしまっているのは、政権側の釈然としない対応にあると思うし、野党や朝日新聞にツッコミの材料をまた与えてるからではないだろうか。

知事選では自民推薦:中村知事「造反」の原動力はなにか?

愛媛県公式YouTubeより

一方、地元自治体でも、この人の反応はやはり違う。愛媛県の中村時広知事は、「公的機関に偽りの説明をしたとすれば、説明と謝罪をすべきだ」などと加計学園を厳しく批判。学園の今度のコメントについても「本物なのかなと」と疑問を呈しており、今治市長の反応との温度差の違いは歴然だ。

ただし、中村知事は一見、「正論」を言っているように見えるが、一方で、私はなぜ、彼がいまや安倍政権追及の“急先鋒”として脚光を浴びるまでに官邸に「造反」しているのか当初から不思議に思ってきた。もちろん部下の県職員のメモ作成に疑義を呈されたことへの純粋な怒りは動機の一つであろう。

しかし、過去の知事選を調べてみると、多くの他県の知事たちと同様、中村氏は、初当選した2010年、現在の2期目となる2014年のいずれも自民党の推薦、支援を受けてきた。しかも、5年余も一強状態だった安倍政権に反旗をひるがえすというのは、部下の県職員をかばうにしてもあまりに大胆に感じる。

政治家がニュースになるときの行動、特に地方の政治家が、中央に逆らって、全国区の注目を集めるような立ち回りをするからには、政治的思惑が全くないと考えるのは不自然ではないだろうか。

秋の3選を控え、かいま見える複雑な地元政界事情

私がまず浮かんだのは、今年11月30日に任期満了を迎え、3選を控えていることだ。

もし続投するのであれば、当然、政治的足場を強めていかねばならない。ところが、中村氏の前任者、加戸守行前知事は産経新聞の取材に、県の文書を出してきた背景として「(中村氏が)県内の自民党主流派と衝突している状態だ」と指摘している。東京の人間にはわからない、地元政界の複雑な対立構図が何か作用しているのかもしれない。

そして、ここ数日、安倍首相を支持する右派のネット民の間で、中村氏の過去の政治的言動に関する記事をまとめた「netgeek」がシェアされている。左派系の論客は同サイトを毛嫌いするし、私も煽り気味の同サイトはいつも半信半疑で注意してみているが、しかし、今回、中村氏に関する情報でバカにできないのは、ソースが地元紙・愛媛新聞の2014年の記事である点だ。

それによれば、松山市の最終処分場の環境汚染対策で77億円の公費投入を巡って、中村氏は、一部の市議たちが業者と癒着した疑惑があると追及。その証拠として市の“公文書”を持ち出していたのだ。そして同文書の中身の是非や所有権を巡って市議会と争った経緯がある。

中村氏の主張に怒った市議会は、その後、文書を返還するように決議までしたほど、騒ぎは大きかったようだ。東京では全く知られてなかったが、なんだかここ最近みたような光景を彷彿とさせるものがある。

もちろん、公文書を武器に自らの政治的主張をアピールするのが、中村氏の“お家芸”であったとしても、主張する内容に正当性があればよい。しかし、もう一つ、東京の人間でも知っている愛媛県選出の自民党のアノ政治家と、中村氏との関係性は気になる。

村上誠一郎氏(テレビ朝日より)

その政治家とは、村上誠一郎衆議院議員(愛媛2区)。アンチ安倍首相の急先鋒として、石破茂氏と並んで「自民党内からも首相に批判の声」要員でおなじみだ。

2009年衆院選は民主党“支持”なのに、村上氏を応援

実は、中村氏は松山市長時代の2009年、民主党が政権を獲得した衆院選で、逆風にさらされていた村上氏の応援に駆けつけている(と、朝日新聞が報じている)。単なる友誼によるものかもしれないが、しかし、政治的に興味深いのは、この当時、中村市長は、橋下徹・大阪府知事、中田宏・横浜市長らと組んでいた「首長連合」で、「民主党のマニフェストを自民党より高く評価し、民主党の地方分権に関する政策支持」を打ち出している(出典:市長時代のブログ)。

つまり政策的には、民主党を支持しておきながら、自民候補である村上氏を公然と応援しているのだ。さらに、前出の朝日の記事によれば、お膝元の松山市の選挙区、愛媛1区では中立を決めて誰の応援にも行ってない。そうした中で隣の選挙区とはいえ、村上氏支持を鮮明に打ち出すというのは、少なくともこの当時の両者の関係性の深さはうかがえる。

それから10年近くがたったいま、村上氏は「反安倍」の論客であり、中村氏も政権に疑義をただしている。以前よりは両者の関係は距離をおいたのか、いまも変わらないのか、それは知らないが、中村知事が本当に「正義の味方」なのか、私個人はもう少し見極めたいと思う。

発売中の『新潮45』6月号にも書いたが、安倍政権とアンチ勢力との政争は「応仁の乱」を想起するほど、誰が正義で、誰が悪なのか「二元論」で割り切れるものではない。

新潮45 2018年 06月号
新潮社
2018-05-18