ドイツ大連立政権のドタバタ劇にようやく幕が降りた。ベルリンでメルケル首相(「キリスト教民主同盟」CDU党首)、ナーレス党首(「社会民主党」SPD)、そして「キリスト教社会同盟」(CSU)党首のゼーホーファー内相が23日、再度会合した。テーマはドイツ情報機関の独連邦憲法擁護長(BfV)のハンス・ゲオルグ・マーセン長官(55)の処遇問題だ。
「もう決まっていたのではないか」と首を傾げる読者がいるかもしれないが、ナーレス党首が党内からの強い圧力を受け、マーセン長官の処遇問題の仕切り直しをメルケル首相とゼーホーファー内相に申し出たのだ。
23日夜の再会合の結論は、マーセン長官を更迭するが、内務次官には転任させず、ゼーホーファー内相の特別顧問とし、その報酬はBfV長官と同じレベルに留めることになった(欧州・国際問題担当局長クラスの俸給)。最初からそのように決めておけばドタバタすることはなかった。
話を戻し、以下、3者がどのような思惑でマーセン長官の処遇問題を協議し、妥協したかを当方の勝手な推測のもとに再現してみた。
マーセン長官のビデオ判定問題の経緯についてはこのコラム欄でも何度も書いた。興味のある読者は過去のコラムを読んで頂きたい。
メルケル大連立政権の3党首は18日、先月26日のケムニッツ市の暴動事件で誤解を与えるような発言をメディアにしたマーセン長官を更迭し、内務次官に転任させることを決めたばかりだ。その直後、内務次官の給料はBfV長官そのそれより数千ユーロ多いことが判明し、「更迭ではなく、栄転だ」という不満の声が出てきた。特に、マーセン長官が内務次官に転任することで内務次官のポストを失うSPD側の不満の声が強かった。
<メルケル首相>
「とにかく、この問題を早く決着つけたいわね。“欧州の顔”といわれるのに、こんな国内の小さな人事問題で貴重な時間を投入しなければならないのは残念ね。マクロン大統領らから笑われてしまうわ。
それにしても、マーセン長官は許せない。私がケムニッツ暴動直後に表明した発言をバカにするように、暴動はなかった、外国人排斥、難民襲撃はなかった、なんていうのだから。1本のビデオで判断すべきではないわ。他のビデオでは難民が襲撃されているところが写っていたわ。
ゼーホーファー氏はマーセン長官の能力を高く買い過ぎている。早くこの問題に決着つけて、欧州の顔に戻りたいわ」
<ナーレス党首>
「私としたことがどうして前回の協議で気が付かなかったのかしら。ホルスト(ゼーホーファー内相)には騙されてしまったわ。今度こそ彼のメンツを潰してやる。
絶対、マーセン長官を内務次官にはしない。そんなことをすれば、党内の若手から『党首は何をしているのか。会議でなぜ抗議しなかったか』という突き上げが出てくるわ。党首の座を狙う党員は私が失敗するのを待っているのよ。私はマルティン(シュルツ前党首)のよう無能な党首とは呼ばれたくない。
それにしても、反難民、外国人排斥を唱えるAfD(極右政党「ドイツのための選択肢」)はいやね。せかっく大連立政権が動き出したと思った時、マーセン長官問題が飛び出し、それをニヤニヤして喜んでいるのだから」
<ゼーホーファー内相>
「バイエルン州党首に専念していた方が楽しかった。つまらない問題でベルリンに呼び出され、同じ問題を何度も話し合わなければならないのは疲れる。前回はナーレス党首をうまくかわしたが、今回は強硬姿勢だろう。
労働者の味方という標語を捨てきれないSPDだから、世論調査ではAfDに抜かれてしまったのだ。国民は難民・移民の殺到で困惑している。難民殺到はもう御免だと感じているのだ。そんな時、難民の強制送還に文句をつけてばかりいる。マーセン長官はCDU党員だが、その能力を失うことは国の損失に繋がる。
それにしても、ナーレス女史の理解力には疑問を感じるよ。メルケル首相にしても女性政治家はどうして頑迷なのか。ベルリン生活はつまらない問題が多すぎる。ミュンヘンに戻りたいよ」
最後に、3者首脳を悩ましたマーセン長官
「やれやれ、やっと決着したか。それにしてもメルケル首相は俺を好きでないらしい。彼女の難民歓迎政策こそドイツが今日直面している全ての問題の根源にあることを忘れている。ケムニッツ市の暴動についても、同じ東独出身の首相としては理解が欠けている。
牧師家庭出身の娘さんだから、難民を追放するといった非人道的手段がとれないのだろう。しかし、難民がこれ以上殺到したら、ドイツ社会はカオスに陥る。それが読めないのだから、平穏な時の首相は務まるが、危機管理が問われる時の国家のかじ取りは難しい。
BfV長官から内務次官の栄転を聞いて、正直ビックリした。妻(日本人女性)も驚いただろうが、内心喜んでいたはずだ。それにしても、ゼーホーファーはいいやつだ。俺の能力を知っている。今後は彼の特別顧問だから気楽にやっていくよ。政治家と付き合うのは本当に疲れる。ゲハルト(シンドラー前独連邦情報局BND長官)もよく言っていたが、本音を吐露すれば批判にさらされる職業は俺には向いていない」
以上、当方が勝手に推測して書いた内容だ。大げさな部分もあるだろうが、まったく見当外れということはないはずだ。
3者首脳会談の再会合での勝利者はナーレス党首であり、内務次官の栄転の夢が消え、3000ユーロ増額の給料を失ったマーセン長官とその奥さんは大連立政権のドタバタ劇の犠牲者だ。そして敗北者は、指導力のなさを露呈したメルケル首相だろう。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。