ゴーン事件の論評を見ていると、フランス人でルノーの人間であるゴーンが加害者で日産が被害者のような受け取り方が多い。しかし、これはまったくおかしい。そもそも、ゴーンはレバノン、ブラジル、フランスの三重国籍である。レバノン人を両親としてブラジルで生まれたことで、この両国の国籍を持っていた。
そして、フランスで学びエコール・ポリテクニークに外国人学生として入り、卒業後はミシュランのブラジル法人で働いていた。その後、アメリカ法人に転じ、その辣腕を見込まれてルノーにスカウトされて専務になった。このときに、国営企業だったルノーの役員に就任するためにフランス国籍を便宜的にとった。
そして、日産の再建に送り込まれて成功し、それを背景にルノー本社の社長となった。こうした経歴から分かる通り、フランスに長く住んだわけでもないし、フランス国家にもルノー本社にも忠誠心など露もない。むしろ、自分の思うがままに動かせる日産を本拠としてルノーも牛耳っていたというべきだ。
また、日産の経営にあたって、ルノーやフランス政府の利益を図っていた形跡もない。むしろ、日産の独立性を確保すべく、日産がルノーの株式を買い増すことを可能にしたりもした。
英国のEU離脱の際には、工場建設をフランスなど大陸に移すのでないかといわれたが、いち早く英国での投資継続を決め、フランス政府を怒らせた。インドでの生産計画を一部、フランスのルノー工場に切り替えたりしたが、そんなものは新工場建設に比べれば、ささやかなものだ。
私はEUの強化が世界経済にとっても好ましいと考えているから、英国の離脱を後押しするような決定をどうして日産がするのか訝しく思ったが、いまとなっては、ゴーンと日産の共通の利益を図るための措置だったという側面があったわけだ。
つまり、ルノーはフランス政府の方針もあってゴーンに国際的な常識からみれば少ない報酬しか出していない。そこで、日産とゴーンは手を組んで、カルロス・ゴーンに“闇給与”を出して大株主であるルノーの利益に反した日産の経営方針をとってきたということだ。しかし、マクロン大統領としては、ゴーンの「日産寄り」すぎる経営は面白いはずがない。そこで、なんらかのかたちで、ルノーの利益を増進する経営を求めた。
また、いずれは、ゴーンも引退する日が来る以上は、ルノーも日産もゴーンという蝶番なしの連合体制の再構築が必要になってきた。そのなかで、この問題が起きたので、一気に勝負を賭けて、ゴーンとケリーという鬼の居ぬ間にクーデターを起こそうとしているという図式である。
しかし、そんな虫のいい話を簡単にルノーもフランス政府も受け入れるはずがない。当然、これまで、ゴーンが不当に日産側の利益を図ってこなかったか洗うだろうし、うっかりすると損害賠償の請求にもつながりかねない。日産も検察と組んでずいぶんと危ない橋を渡っているように見える。