中東に於ける地政学的リスクが増大している。誠に以て深刻な状況である事は疑いの余地がない。
政府は現状を理解し、最悪の場合を想定して対策を講じているのであろうか?とてもそうは思えない。それが問題である。
チュニジアの貧しい青年による焼身自殺は、共感する民衆によりジャスミン革命となり、政権は崩壊に追い込まれた。
チュニジアだけでは収まらなかった。反政府運動の火は中東全体に燃え広がり、長きに渡り中東を代表する親米政権として栄華を誇ったエジプトのムバラク大統領を退陣に追い込んだ。
リビアは更に悲惨で、カダフィ大佐率いる政府軍と反政府軍の内戦を経て国連軍による軍事行動に迄エスカレートしている。
国連軍による軍事行動を仮に中途半端な段階で終結すれば(早い話カダフィ大佐が未だ生きているのに攻撃を終了)反政府運動家達への徹底した弾圧、殺戮は必至であり、カダフィ大佐の絶命が確認される迄国連軍による軍事介入は継続される筈である。
イラク、サダムフセインの例を思い出して戴ければ理解は早いかも知れない。
リビアの後を追いかけているのがシリアである。BBCが報じる所では
デモはダラアで、ダマスカス郊外、北西部バニヤスで多数の国民が集結し、最大級の規模となった。南部サナメインで治安部隊がデモ隊に発砲し、多くがが死亡した模様。シリア政府は24日に、1963年から継続している非常事態令解除の検討や、政党結成や報道の自由の保障、デモで拘束された活動家の釈放、公務員給与引き上げなどの改革案を発表、国民の不満を抑えようとした。しかし、これでは不十分であり、早期の事態収拾は困難な状況となっている。 これに対し、国連事務総長、アメリカ、ホワイトハウススポークスマンは遺憾の意を表明。
正に、シリアはリビアの辿った道を一直線と言う所ではないか。
この動乱を受け、シリアの通貨の下落が止まらない。野口氏が指摘する通りシリアの行く末を悲観して資金が流出しているのは間違いない。
そしてこのシリアの後を追う事を既に確実視されているのがイエメンである。政府は既に殆ど脳死状態の様子だし、元々大した人気も、カリスマ性もないサレハ大統領がここまで持ちこたえたのがそもそもの話として不思議である。
原油輸入の90%を中東に依存する日本に取っての最大リスクは、原油の供給が途絶える事。次いで供給は継続されるが価格が暴騰し経済破綻に追い込まれる事である。
原油先物市場は今回の中東動乱をどの様に観ているのだろうか?言うまでもなく、商品先物市場には利鞘を求め巨額の資金が流入する。そして、売り買いの判断基準は飽く迄将来に対する思惑である。
WTI原油先物のチャートを観てみよう。
矢張り、じりじりと上値を切り上げている。このチャートを観る限り何か大きな事件が起きれば吹き上がる事確実ではないか?
一方、石油鉱区の権利を持ち仮に原油が値上がりすれば、濡れ手に粟で巨額の利益を享受する事確実な帝国石油の株価はどうだろう?
予想通り、東北大震災で一旦は急落したが、直ぐに値を戻し何事もなかった様に従来の上昇基調に転じている。株式市場も又、原油の先高感を支持していると理解して間違いはないだろう。
日本は1970年代のオイルショック以降、今回問題になっている原発含めエネルギーソースの分散化に努力したのは事実である。その結果として、総エネルギーの中で石油の占める割合が1973年の77.4%から2005年の48.9%迄低下している。
重要な点は、割合が低下したとは言え、石油は単独では最大のエネルギーソースであり、更に重要な点は航空機、船、自動車そしてジーゼル機関車等の輸送機の燃料として、他では代替が困難な事実である。
従って、原油の輸入が滞ったり、或いは価格が暴騰すれば、人や物資の輸送が出来なくなり、最悪の場合経済がメルトダウンしてしまう。
訝しいのは1970年代のオイルショックで痛い目に遭い、1968年には90.9%に達していた中東依存率を1987年には67.4%に迄引き下げる事に成功したにも拘わらず、再び90%を越え、中東の地政学的リスクをもろに受ける体質に逆戻りした点である。
経済産業省はこの間、一体何を考え、何をしていたのか?寝ていたとしか思えないのだが。
下記円グラフが示す通り、原油の輸入元の殆どは、サウジを筆頭に湾岸諸国(GCC)に集中している。従って、オイルショックが起きるかどうかは、偏に湾岸諸国が今回の難事にしっかり対処出来るかどうかにかかっている。日本の出来る事等何もない。
湾岸諸国のリスクは、外から反政府運動、民主化運動が飛び火して来る事。今一つは国内問題。詰まり優遇されているスンニ派
と冷遇され差別され続けて来たシーア派の宗教対立をどうやって鎮静化するかにかかっている。
繰り返すが、オイルショック防止に向けて日本が出来る事は何一つない。ここはアメリカの仕切、中東の体制、秩序維持に期待するしかない。敢えて言えば、精々日本関連でアメリカの手を煩わさない様に努力する位だ。
とは言え、脱原発に向かう可能性が高い日本としては座視して死を待つ訳には行かないのも事実である。日本は中・長期的視点で何を成すべきなのか?
第一は自前の石油鉱区を所有する事である。中国、台湾と協調して、尖閣列島沖合海底油田の探査は急ぎやるべきである。やれない理由があるなら政府はその中身を国民にしっかり説明すべきだ。
第二は既にロシアからオファーの来ているサハリンLNGの輸入拡大である。東北復興の為には巨額の公共事業が必要で、この機会にサハリンに近い東北にLNG発電所を集中して建設し雇用を確保すると共に、関東、北陸への電力供給基地として地域が生まれ変わるのはどうだろうか?
第三は実績のある石炭火力の優先順位を上げる事である。この際の懸念材料は、世界の潮流が脱原発に向かう事で、燃料となる瀝青炭価格が上昇するであろうとのマーケット予測である。この打開策は用途が殆どなく商品価値がない褐炭の有効利用と思う。
インドネシアの埋蔵石炭の内、褐炭は何と70%弱との事であるから、この技術が世界に先駆け開発されれば、日本のエネルギー政策の展望は大きく開かれる筈だ。
日本は言うまでもなく京都議定書採択に於ける議長国である。従って、二酸化炭素排出が伴う化石燃料への回帰は、二酸化炭素の回収とGas Injection等の処理技術の確立とセットで進める必要がある。
上記は、現在の脆弱且つ無能で無責任極まりない政権では何れも不可能である。国家安全保障の観点からも早期の政権交代が望まれる。
山口 巌