韓国聯合ニュースは30日、康京和韓国外交部長官が韓日の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の延長について、「政府は現在さまざまな状況について見守っており、現時点では協定を維持する立場だ」とした上で、「状況の展開によって(協定破棄を)検討する可能性もある」と述べたことを報じた。
日米韓の外相には8月2日にバンコクASEAN地域フォーラムで会談する予定がある。その席で康長官がポンペオに対し、日本によるホワイト国除外を撤回させるように哀訴し、事と次第によってはGSOMIAの延長をしないとの、得意の「死んでやる!」風の脅しを掛けるのは間違いなかろう。
韓国優遇の除外は、戦略物資の輸出管理という安全保障に係るもっぱら日韓間の問題である上、韓国のいい加減な輸出管理で起きた不祥事の責任を負うのは日本だ。油断は禁物だが、先日のWTOで韓国は相手にされなかったし、トランプは中韓などのWTO途上国優遇外しさえ指示した。河野大臣には康長官にも「極めて無礼」を炸裂させて欲しい。
そこでGSOMIAのことになる。日本語では「軍事情報包括保護協定」といい、日韓のものは主として北朝鮮の核・ミサイルについて、それまで米国を介して共有していた軍事機密を両国が直接やりとりすることが可能になる協定だ。日本は米・豪・印など6ヵ国と、韓国は33ヵ国と結んでいる。
過去の報道などを紐解くと、そもそもは日本が民進党野田政権で韓国が李明博政権だった2012年6月末に締結されるはずだったところ、署名式の「50分前」に韓国側から平謝りで延期の申し入れがあった経緯がある。結局、安倍・朴槿恵両政権による2016年11月の署名まで4年間延期が続いた。
韓国は2012年の時点でロシアなど24ヵ国とこの種の軍事情報交換協定を既に締結していた。が、反日感情を意識し日韓の「秘密情報保護協定」と称して事前公表せずに閣議決定したところ、却って「密室決定」とメディアや野党や親北左翼団体に非難され、与党にまで批判された挙句延期となった。
当時の韓国紙を見ると、朝鮮日報は「北朝鮮の挑発行為に効果的に対処するには、両国の協力関係が必要」としながらも、「何よりも日本が独島を自国領土とする的外れな主張をいまなお続けているのは問題だ」として延期を正当と評価している。
中央日報も「対南威嚇と挑発を繰り返す北朝鮮に対抗するため、協力相手を探す場合、日本しか代案がない」とその必要性も認めつつも、「韓日軍事協定の最初のボタンともいえる情報保護協定を締結するほど、相互信頼が構築されているかどうかは疑問だ」として、これまた延期を是とした。
その後4年が経過し、2013年2月の就任当初は反日一色だった朴槿恵大統領も徐々に変わっていき、教科書の反日色を薄めるべく国定教科書化を模索するなどしていたところ、2016年12月のろうそくデモで政権が倒れる直前の10月末にGSOMIA締結を宣言し、11月23日に駆け込むように署名した。
そのGSOMIAには国家間の軍事機密を共有するために守るべき原則の規定がある。そこには両国がやり取りした映像、文書、技術などの「秘密軍事情報」を、第三者たる国や個人に提供したり、目的外使用したりすることを禁止し、双方に秘密保護義務を課すことが書いてある。
しかし、このところのレーダー照射事件などを見るにつけ、日本としてはそこに規定されていることが果たして守られるか不信感を持つ。つまり、日本が必要とする情報が日本に渡されるかどうか、そして日本が渡した情報が、戦略物資の横流し同様に、北朝鮮に筒抜けにならないか、という懸念だ。
日本はGSOMIAの下で、韓国から北朝鮮の核・ミサイルや脱北者や中朝国境や休戦ラインなどの情報を得る訳だが、親北文政権下でどれほどの質と量の情報が提供されるか大いに疑問がある。しかも文政権は脱北者に冷淡な上、休戦ラインの幅が狭められたり拡声器が撤去されたりもしている。まして拉致被害者には関心すらない。
他方、韓国側は日本の情報衛星やイージス艦などのインフラからの情報に期待する訳だが、南北融和を目指す文政権にとって果たしてどれだけの必要性があろう。日韓はそれぞれ米国と同盟関係だ。日韓のGSOMIAがなくなったところで、2016年11月以前と同じく米国を介せば良いのではあるまいか。
では米国の立場はどうだろうか。7月16日の中央日報は韓国の尹経済外交調整官が12日に米国を訪れた際、米政府関係者が「GSOMIAが揺らぐようなことがないようにして欲しい」、「経済分野の葛藤によって、いかなる場合にも安保分野がクロスコンタミになってはいけない」と伝えたことを報じた。
米国の立場については、1972年の沖縄返還に向けた69年11月の佐藤・ニクソン共同声明の「韓国条項」がエポックになろう。それは、朝鮮半島の緊張状態により韓国の安全が脅かされることが日本の安全にとっても重大事であることを、日本政府の意思として日米韓首脳で確認したことを指す。
沖縄返還は、当時は日本とも米国とも国交のあった中華民国にとっては領土問題として、また北朝鮮と激しく対立していた韓国にとっては安全保障の問題として、極めて重要な事案だった。共同声明での中華民国の扱いは「台湾条項」、韓国の扱いは「韓国条項」とそれぞれ称された。
米韓両国に沖縄の基地機能の重要性を改めて認識させたのは、68年1月23日に起こったプエブロ号事件とその2日前に発生した北朝鮮ゲリラによる青瓦台襲撃事件だった。特に米情報収集艦プエブロ号が北朝鮮に拿捕された前者の事件では、米兵1名が殺害される事態となった。
朴正煕大統領は米韓条約を改定して北朝鮮の挑発に即応する体制の確立を米国に求めた。米国は改定には応じなかったものの、条約の実質的な強化と即応行動の可否について協議する体制がとられ、1億ドル相当の支援や国防長官間の定例協議会の開催などを約束し、米韓協力体制の実質化に努めた。
これに対し日本は、北朝鮮の挑発が地域の平和と安全に与える深刻な影響を憂慮したものの、米韓両国の要請にもかかわらず、北朝鮮に対する非難声明や米韓の立場に対する断固たる支持表明を避けた。挑発がエスカレートして軍事衝突に発展した場合、日本が巻き込まれることを警戒したためだ。
米国はプエブロ号事件によって、そのアジア戦略にとっての日本の基地、とりわけ沖縄の重要性と安全保障における日米韓の緊密な連携協力の必要性を改めて強く認識した。米韓両国にとって返還後の沖縄基地の自由使用の継続と核兵器の存続、すなわち沖縄基地の「現状維持」が最重要事と認識された訳だ。
斯くて沖縄は返還されたが、すでに半世紀近くの時が流れた。目下は米軍基地無用論者の知事とはいえ、沖縄は依然として日米安保体制の要だ。また韓国の政権が、自国を破壊してまで北との一体化を目指す革命政権であるなら、余計に日米安保体制の重要性が高まる。
ここ最近の出来事からも、その目的自体が達せられない可能性の強い目下の韓国文政権とのGSOMIAが日本にとって果たしてどれだけの価値があろう。韓国が破棄したいと言っても、米国が要ると言うなら継続すれば良いが、そうでないなら、日本はどうぞと言えば良い。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。