2019年12月30日、日産トップの立場を余すことなく利用して私腹を肥やしたカルロス・ゴーン(65)がレバノンに密出国した。この逃亡劇は、日本国内は元より世界中でニュースとして報じられ、衝撃を与えているが、私は冷ややかに見ている。国際金融を舞台にペーパーマネーを使って自身に資本還流する手口は、私の興味をかき立てた。しかし、知能犯の逃亡は、粗暴犯への転落劇にしかみえないからだ。
むしろ驚いたのは、こうなってもゴーンを擁護する声があったことだ。背景にあるのは、ゴーンの金融犯罪が、金融鎖国国家「日本」に住む人には理解できないからだと私は考えている。
すでに自著『金融ダークサイド』(講談社)で詳細に分析しているので、ぜひ読んで欲しいが、自らもゴーン同様の「黒い国際金融取引」を行った元経済ヤクザの私が、改めてその悪質性を解説したい。
「サウジアラビアルート」にある2つの異常性
ゴーンは、以下の4件の罪で東京地検特捜部によって起訴されている。
- 2010~14年度の役員報酬を有価証券報告書に虚偽記載したことによる金融商品取引法違反罪
- 15〜17年度の役員報酬を有価証券報告書に過少に記載したことによる金融商品取引法違反罪
- サウジアラビアの友人側に日産資金を不正支出したとされる会社法違反(特別背任)罪
- 日産自動車の資金をオマーンの販売代理店に不正に支出した特別背任罪
このうち私が特に注目した「サウジアラビアルート」で使われた手口だ。整理しよう。
- ゴーンは新生銀行との間で、金融派生商品(通貨取引のスワップ取引)で個人資産を運用していた。しかし2008年9月15日のリーマン・ショックの影響で、約18億5000万円の評価損の損失を出す。このことで、新生銀行側はゴーン側に追加担保を求めた
- そこでゴーンは「取締役会で契約の移転を決議する」という「虚偽の約束」を新生銀行側とする
- 同年10月、ゴーンは評価損を抱えた金融派生商品を日産に移転させる。ほぼ同時期に知人で、サウジアラビアの実業家ハリド・ジュファリ氏から2000万ドル(当時のレートで約20 億円)を提供される
- 証券取引等監視委員会が移転の違法性を指摘。これを受けて09年2月、ゴーンが自身に再移転させるが、その際に新生銀行が追加担保を求める
- ジュファリ氏が約30億円の「SBL/C」を外資系銀行から新生銀行へ送り、ゴーン氏の追加担保にした
- この時、ジュファリ氏側に日産から30億円の融資が計画されたが、社内承認が得られず中止になった(この指示はゴーンによるものだったことが報じられている)。
- しかし09年6月〜12年3月の間に、ゴーンは自らの判断で使うことのできる「CEO予備費」から「販売促進費」の名目で、ジュファリ氏が経営する会社に1470万ドル(約16億円)を振り込んだ
- ジュファリ氏の会社で「販売促進」が行われたかは確認されておらず、追加担保への謝礼と目されている
要約すれば、会長という立場を利用して、焦げ付いた個人投資の損金を知人に保証させ、謝礼を日産に肩代わりさせたということだ。注目しなければならないポイントは、
①金融派生商品の損金を日産に付け替えたこと
②ジュファリ氏が追加担保としてSBL/Cを使ったこと
の2点となる。かつて「SBL/C」の愛用者だった私には、これらが異常なことだとしか思えない。だが、国際金融の取引の中では裏と表から使われる「SBL/C」という証券は、多くの日本人にとって目にするのははじめてのことだろう。
この「SBL/C」が犯行の悪質性を覆い隠しているのだ。解説をしよう。
「SBL/C」を使う異常性
「SBL/C」の「L/C」とは「信用状」と訳される。そして「信用状」を介した売買取引が恒常化しているのが、貿易の世界だ。
石油取引を考えればわかりやすいと思うが、売買金額の大きな船積みの商品取引では、到着までに時間がかかる。その場合、輸入業者が輸出業者に前払いすれば商品を入手できないリスクを輸入業者が負い、輸入業者が輸出業者に後払いをすれば輸出業者が代金を回収できないリスクを負うことになる。
こうしたリスクを回避するために貿易取引では「L/C」(信用状)取引が行われることがある。売買契約を結んだら、輸入業者が自分の地元銀行にL/Cという証券を発行してもらい、そのL/Cを輸出業者の地元銀行に送ってもらう。輸出業者の地元銀行はL/Cが発行されたことを輸出業者に通知して、それを受けて輸出業者が商品を送るという仕組みだ。
輸出入業者各々の地元にある銀行が決済を保証することで、貿易独自のリスクを回避して円滑に商取引を成立させるというものである。
L/Cは物の取引に利用され、船積みごとに発行される。「取引の信用」を担保するために、L/Cには、「インボイス」(送り状)や、船名などの「ドキュメント」(書類)が添付される。このL/Cを「物」だけではなく、「金融取引」などにも使えるようにしたものが「SBL/C」(スタンドバイL/C)だ。
L/Cは船積みのたびに発行しなければならないのだが、SBL/Cは複数の輸送に使うことができる。「物の取引」の場面で、1回の取引に10回の輸送が必要になる時の決済にはSBL/Cを使った方が便利ということになる。
「金融の取引」の場合、例えば日本の企業が海外に子会社を作り、現地銀行から10億円の融資を受けたいとする。そこで、本社の取引銀行が10億円のSBL/Cを発行し、子会社の地元銀行に送れば融資が受けられるという仕組みである。
このようにSBL/Cは表の世界で普通に利用されている一種の決済方法だ。
金融取引に利用できるSBL/Cは、国際金融で「手形」のようにも利用されている。日本では行われないものの、例えば額面1000億円のSBL/Cを元にファンドを形成することは、まっとうな金融マンが行う常套手段だ。国際金融の世界では、額面だけが巨大な証券や債券などのペーパーマネーを元手に、日々資金調達が行われ、調達された資金が投資へと運用されている。
しかしここで疑義が生まれる。
(後編は21日に掲載します)
菅原潮(猫組長)NEKO PARTNERS INC.CEO。
週刊SPA!『猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言』連載中。『金融ダークサイド』(講談社)など著書多数。ツイッター「@