オーストリア:新型コロナ対策で戦う保健相と「犬」

Andy_Wenzel

オーストリアの新型コロナ対策の前線で健闘するアンショ―バー保健相(オーストリア保健省公式サイトから)

当方はオーストリアのルドルフ・アンショ―バー保健相のプロフィールについて新型コロナウイルスの感染問題が出てくる前はほとんと知らなかった。野党時代の「緑の党」の古いメンバーで、オーバーエステライヒ州党首時代、2012年9月、バーンアウト(燃え尽き症候群)になって政治稼業を3カ月間休んだということだけは聞いていた。バーンアウトになるぐらいだから、働き者だが、融通性に少し欠ける政治家ではないか、といったイメージがあった程度だ。

オーストリア議会の議員情報によると、保健相は1960年11月21日、オーバーエステライヒ州ウエルス生まれ、59歳。2003年10月から2020年1月まで州政府の州評議員メンバーを務める。ザルツブルク教育アカデミーを卒業後、1983年から90年まで小学校の教師生活をしている。家族構成については情報を公表していない。

今年1月、クルツ国民党と「緑の党」の連立政権が実現し、その保健相・社会相に任命された時も余り印象がなかった。それが中国湖北省武漢で新型コロナウイルスが発生し、欧州にまで感染拡大し、隣国イタリア北部ロンバルディアで大感染が生じ出したころからクルツ首相、ネーハマー内相と共にほぼ連日、記者会見に顔を出し、新型コロナの感染状況を国民の前に説明するようになって、状況は変わった。

当方が驚いたのは、保健相の声だ。聞きやすく快い響きがする声だ。アナウンサーや政治家でも声が良く通る人とそうではない人がいるが、保健相は前者で、得をしている。「緑の党」党首で副首相のコグラー党首より数段話し方がうまいのだ。

感染者数、死者数から今後の動向について詳細に説明する姿をほぼ連日、テレビでみるようになった。今では記者会見の常連であり、評価は上昇傾向だ。マスクの着用、ソーシャルディスタンスを繰返し強調する姿は熱心な宣教師の風格さえあった。

クルツ首相は経済界を支援基盤としている政党・国民党出身ということもあって、規制緩和を後押しする中、「緑の党」の保健相はウイルスの実態を出来るだけ詳細に説明し、規制措置の遵守を常に訴え続けてきた。多分、舞台裏では、クルツ首相の国民党との間で政策争いがあったかもしれない。

オーストリアでは厳格な外出規制や規制措置の実施で新型コロナの感染は抑えられ、ようやく観光業の再開の道も見えてきた。そこに米国発の人種差別抗議デモが欧州全土に波及し、週末には数万人の国民がマスクをつけずにデモ集会に参加した。オーストリアでは今月15日からマスク着用義務は解除されたばかりだ。

保健相の知名度が高まるにつれ、同相の個人情報もメディアで報じられだした。ビックリしたのは、保健相は犬1匹と猫3匹を飼っているというのだ。保健相は毎朝、犬を連れて事務所に来る。犬は保健相の仕事が終わるまで事務所で大人しく待っている。仕事が終わり、帰宅時間になると、保健相は犬と一緒に自宅へ戻る。

保健相は毎朝、ラブラドール・レトリバーのAgurと散歩する。バーンアウトを経験した保健相はどこかのインタビューの中で、「運動が如何に大切かを学んだ」と述懐していた。自宅には猫3匹も待っている。犬1匹、猫3匹と共存する保健相は本当に動物が好きなのだろう。少々羨ましく思った。

多分、保健相にとって犬は数少ない相談相手なのだろう。バーンアウトになるほどトコトン仕事に打ち込むタイプの保健相には、犬のような聞き役、忠実で心の癒しを与える存在が欠かせられないのかもしれない。

蛇足だが、政治の世界で最近、犬を飼う政治家が増えた。思い出すだけでも、マクロン仏大統領、ロシアのプーチン大統領、オーストリアのヴァン・デア・ベレン大統領の名前が浮かぶ。犬に癒される政治家が多いということは、それだけ政治家稼業は激務なのだろう(参照:「“ファースト・ドッグ”の不始末」2017年10月26日)。

保健相は先日、

「とにかく今年9月以降の状況が重要だ。感染の第2波、第3波が生じないようにしなければならないからだ。そしてワクチンが出来る来年春ごろまで、頑張らなければならない」

と述べていた。

保健相は社会相も兼任している。新型コロナの感染で経済活動が3カ月余り完全に停止した結果、戦後最大の失業者が出てきた。社会相として国民の失業問題の解決を図らなければならない。来年還暦を迎える保健相は超多忙だ。

オーストリア国民はコロナ禍が過ぎた後も保健相の健闘する姿を決して忘れないだろう。保健相は健康に留意し、愛犬との散歩を欠かさず、今後も頑張っていただきたい。ここでは新型コロナと戦う保健相の背後に優しい目で主人を見つめている「犬」がいたという事実が読者に伝われば幸いだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。