米国時間2011年8月24日、ついにAppleのスティーブ・ジョブズがCEOを辞任しました。後任は巷の噂どおり、COOのティム・クックが指名されました。
ここ何年かの製品ディレクションやマーケティングはティム・クックが実際には指揮をとっていたこともあり、Appleの今後のパフォーマンスに大きな変化が、急に顕在化するようなことはないでしょう。
しかし。しかしなんです。
Appleは創業30年を越える老舗企業?です。
それが今年に入ってさえ、さらに驚異的な事業の伸長を見せている、真に奇跡的な企業です。iPhoneは世界のモバイル事業を一変させ、強固に見えた日本の閉鎖的なケータイビジネス市場をも溶解させてしまいました。iPhoneがあってこそのAndroidです。
さらにiPadでネットブック市場を破壊し、その後により未来的なタブレット市場を成立させました。デジタルコンテンツ事業においても、英語でサービスの提供をしさえすれば一気に世界のユーザーにアプローチできる素晴らしい生態系(AppStore)を作り上げました。
これらを先導したのはやはりスティーブ・ジョブズのカリスマあってのことです。
コロンブスがアメリカ大陸に上陸したことを、さまざまな知識人や他の冒険家達が偶然だろう、誰でもできる、と非難したことがありました。そのとき、コロンブスは「僕の仕事をとやかく言う前に、この卵を立ててみろ」と彼らに一個の卵を渡します。そんなことは簡単だとばかりに多くの人がトライしますが、一人として卵を立てることはできません。そこでコロンブスは卵を縦にテーブルに軽く叩きつけて一部を割り、見事卵を立ててみせるのです。
「そんなことをすれば誰でも立てられる」「卑怯だ」と口々に騒ぎ立てる人々に向けてコロンブスは「誰もができないと考えることを最初にやってのけることこそが意味があるのだ」と言い放ちます。
これが世に言うコロンブスの卵ですが、ジョブズのしてきた功績は、実にこのコロンブスの卵そのものです。
僕たちは起業家として、人が思ってもみないようなコンセプトや手法を考えだしては、それを事業化する挑戦をしています。後からみれば、たいしたアイデアでないようにいわれもしますが、誰よりも先に、それを行うことが大事だと、僕たちは知っています。速ければ勝つ、というわけでもないですが、遅ければ必ず負ける、それがこの業界、特にIT市場における勝負の世界です。
ジョブズの卵は、クック新CEOに託されましたが、彼がジョブズ同様に今後も”誰よりも速く”素晴らしいアイデアを具現化できるかどうかは分かりません。思いついたとしても、よいアイデアは、それが素晴らしければ素晴らしいほど、最初はバカバカしいほど愚かにみえるものです。誰もが素晴らしい!と最初から思えるアイデアにろくなものはありません。凄くとも実現は難しいとか、到底無理、と言われないようなアイデアは、平凡に過ぎず、結局革新性はないのです。
よいアイデアを思いつくことは難しくはありませんが、そのアイデアを周囲の反対を押し切って事業化する意志の強さや、ある種の愚鈍さを持ち得るのはカリスマならではです。ジョブズ不在のAppleが、今後革新的な企業であり続けれるかどうか、正直Appleファンとしては不安です。
ジョブズのようになりたい。そう願わない起業家はいないでしょう。
彼の引退を目の当たりにして、自分自身の手のひらに、仮想の卵を置いてみる。その卵をジョブズなら、僕なら、あなたなら、どう立てるか。今夜は、一人、この空想に身をおいて彼の業績をしのんでみたいと思います。