それにしてもやりにくい世の中になったものです。大声禁止で声援も禁止となれば人は感情をどうコントロールすればよいのでしょうか?
半年ぶりに観客を入れて始まった大相撲も飲酒禁止で声援自粛、拍手推奨となっています。力士からは無観客より良いという声があるものの何とも締まらない感じがします。これは他のスポーツも同様で東京ドームのウェブサイトには9つの「来場時のお願い」があります。これを見るとこちらも飲酒はドーム内での販売がなく持ち込みも厳禁、応援のスタイルは大声、メガホン、ハイタッチ禁止ととにかく、禁止条項が多すぎてこれほど肩身の狭い思いをするとなれば観戦する方も我慢大会のようなものでストレスがたまりそうです。
どなたかがスポーツ観戦がクラシックコンサートのようだと評していましたが、クラシックだって最後はアンコールコールが出たりするものです。割れんばかりの拍手のみとは何やら某国共産党大会のようで気持ち悪いのであります。
では大声が出せるカラオケはどうでしょうか?あるカラオケ店のトップ画面に「非接触、非体面を前提とした運営をいたします」とありますが、思わずラブホテルを思い出したのは私だけでしょうか?人との接触がないと非常に味気ないものがあり、サービスはいかがでしたか、というアンケートがあるならば何と答えてよいか迷ってしまいます。
そのカラオケもなぜか札幌で多い高齢者の感染原因となれば行く方もやや気持ちが萎えてしまい、家でYouTubeのカラオケで我慢するか、ということになってしまいます。
ちなみに私もカラオケ屋で使うような通常マイクとミキサー、アンプが家にあるのでYouTubeをテレビに接続すれば大画面とよい音質でカラオケはできてしまいます。確かにそれで自己満足はできるかもしれませんが、カラオケは人に披露するのが楽しみな方も多いはず。世知辛いものです。
大声を出すのはストレスコントロールでもっとも簡便な方法の一つです。日中は交感神経が活発化しており、それがストレスにもつながります。ここで大声を出せば気持ちを落ち着かせる副交感神経が高まり、精神的安定が保たれることができます。
昔、上司が部下に叱責するのに大声で怒鳴り散らすという話を聞いたことがあるかと思います。あれも上司が抱えるストレスを大声を出すことで落ち着かせるための手段だとみています。上司は上からと下からのアンコで胃がキリキリする思いをするといいます。微妙なバランス感覚の日々を過ごしている中で部下がチョンボでもしようものならこれが崩れストレスが一気に上昇、声に出るというわけです。
それを受け止める部下もたまったものではありません。同僚が酒でも誘い、カラオケ歌わせて「あぁ、すっきりした」という調整が可能なのです。
この十数年、ビジネスシーンで日本の方々の対応は異様に丁重になったと思います。そういうふうに教育をされているのもあるのでしょうけれど特に男性が草食化したように感じるのは喧嘩もしない、怒られたこともない育ち方をしたのだろうと思います。そのような方々があるストレスを溜めたとき、それを発散する方法がなくなるとどうなるでしょうか?自己コントロールに失敗し、犯罪にはしる可能性は出てきます。
最近の社会面記事にもどう見ても普通の青年がオレオレ詐欺や窃盗で捕まったり、ふとしたきっかけから殺人事件に繋がったりしているような事件が散見されます。
コロナがもたらした社会変化はあらゆるところに影響を与えています。とすれば今は自己コントロールをいかに進めていくか、ここが肝なのだろうと思います。私はスポーツする回数を増やししていますが、運動して汗をかくとその日のイライラはスーッとなくなります。どうやら工夫するしかないようです。
明日は「自己コントロール その2」として「人はなぜ自殺するのか」を考えてみたいと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年7月26日の記事より転載させていただきました。