アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
今年(2020年)9月22日、北京市第二中級法院(地裁)は、任志強(69歳の「紅二代」。2014年に引退した政府系華遠グループ元会長)に対し、懲役18年、罰金420万元(約6,300万円)の実刑を言い渡した。
1993年、北京市華遠集団と北京市華遠集団公司が成立した。その際、北京政府は、任志強をそのトップに任命している。元来、華遠集団は不動産開発企業だったが、その後、金融、ハイテク、国際観光、不動産管理、外食分野等にも事業を展開するようになった。
今年2月、歯に衣着せぬ任志強は、SNS上に「人民の生活はウイルスと(一党独裁)体制の深刻な病気によって害されている」という文章を投稿した。その中で、任は習近平主席を「裸になっても皇帝を演じ続ける道化師」と揶揄したのである。そのため、翌3月、任は当局に拘束された。
そして、任志強は共産党籍を剥奪された上、贈収賄等の4つの罪状で、重罪に処された。この重い処罰を見れば分かるように、習主席は自分に対する批判は絶対に許さない方針で臨んでいる。
おそらく任志強が控訴しても罪は軽くならないはずである(中国は二審制)。かえって、党に逆らったとして、罪が更に重くなる場合もあるだろう。したがって、任は控訴しない公算が大きい。
実は、2016年、任志強は習主席のプロパガンダ政策を巡り、批判的コメントをネットに投稿した。任は党幹部への率直な批判で「任大砲」の異名をとる人気のブロガーだった。当時、3,700万人以上のフォローワーがいたのである。
しかし、まもなく任志強のアカウントは当局に閉鎖された。だが、任は王岐山副主席と親しい間柄である。結局、任は党籍を剥奪されず、1年間の観察処分を受けただけの軽い処分で済んだ。王が任を守ったのではないかと言われる。
周知の如く、習近平主席も王岐山副主席も「紅二代」である。だが、最近、習主席と王の間に亀裂が入ったと噂されている。今度ばかりは、王は任志強を守り切れなかったのかもしれない。
「紅二代」の蔡霞も、習主席を厳しく批判して中国共産党中央党校を追われた。蔡によれば、任志強と王岐山の将来の目標が異なるという。任は中国の自由化・民主化を唱えているが、王はそこまでの改革を望んでいないという。
さて、10月26~29日、中国共産党19期5中全会が開催される。その直前、王岐山の部下だった董宏が突然、失脚した。同月2日、董宏は党の「重大な規律違反」(汚職・腐敗)をしたという理由で、規律審査と監察調査を受けている。
中国では、党規律違反の方が法律違反よりも重視される。なぜなら、中華人民共和国の上に共産党が存在しているからである(我が国で日本政府の上に、自民党が存在すると言ったら、一笑に付されるに違いない)。
かつて董宏は、中国共産党の元老だった薄一波(薄熙来の父親)財政部長(財務相)の秘書だった(薄熙来は裁判で党に歯向かったので、事前に予想されていた罪が重くなり、無期懲役で服役中)。王岐山が中央紀律検査委員会書記時代、董宏は中央第12巡視チーム組長、弁公庁調査研究室第5チーム組長を務めた。董は長い間、王の右腕だったのである。
中国共産党の党内闘争においては、よく敵対勢力の部下を狙い撃ちにする。「将を射んと欲すればまず馬を射よ」の喩えの如く、武将を討つ場合、まず、馬を狙う。その後、本丸である敵を撃破する。
今年9月3日、王岐山は北京で行われた「抗日戦争勝利75周年」の式典に出席した。王は3ヵ月間も公の場に姿を見せていなかったのである。
王岐山が中央紀律検査委員会書記だった頃、しばしば雲隠れした。王が再び現れた際、“大虎”(党幹部)が汚職や腐敗で逮捕されるケースが多かった。だが、今回、王の雲隠れに関して、その理由は定かではない。
一説には、王岐山は前立腺癌、ないしは膵臓癌を患っているという。そのため、王には自ら生き残るだけが精一杯で、任志強や董宏を助ける余裕がなかったのかもしれない。王の習主席への影響力が衰えた証左ではないか。
よく知られているように、「反腐敗」運動では、習主席と王は2人3脚で党内の政敵を打倒した。その主なターゲットとなったのは、主席を担いだ「上海閥」(=江沢民系)である。けれども、今日では習・王両者は敵対している可能性が高い。
今年3月に任志強が失踪して以来、蔡霞はずっと任に声援を送り続けたという。しかし、他の「紅二代」は19期5中全会直前の微妙な時期なので、任を支持しなかった。おそらく、目下、「紅二代」が四分五裂している状態なのだろう。
このような状況下、5中全会がどのような結果を迎えるのか、予断を許さない。
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澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年10月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。