安倍元首相のご訃報に接し、心から哀悼の意を表します。
安倍元首相は2020年に総理大臣を退任されましたが、その後も精力的に日本とその周辺のための活動を続けてられていたと思います。その一つが、ロサンゼルスタイムズに寄稿した台湾防衛への世論づくりでしょう。安倍元首相はこの寄稿の中で、ウクライナと台湾には以下の3つの類似点があり、米国は台湾防衛への姿勢を明確にすべきだと主張しています。
- 台湾と中国の間には、ウクライナとロシアの間のように大きな軍事力のギャップがある。
- ウクライナにも台湾にも正式な軍事同盟国がなく、両国は脅威や攻撃に単独で立ち向かうことを余儀なくされている。
- ロシアと中国は、国連の安全保障理事会で拒否権を持つ常任理事国であり、国連による仲裁を期待することができない。
この寄稿は2022年4月12日に同紙のWebサイトに掲載され、米国市民の台湾防衛への意識の高まりに一躍かったと思われます。この件について即座に翌日報道した日本のメディアは、私の知る範囲では日本経済新聞だけで、他のメディアはその後の関連ニュースに付随して報道していたように思われます。それくらい、この寄稿への関心度は日本のメディアの間では高くありませんでした。
しかしその後、台湾防衛に関する動向を中国と米国が示します。まず4月15日に中国の報道官が「言行慎め」という趣旨で非難したことが、記事になりました。続いて、後に政権関係者が方針に変更なしと伝えたものの、米国のバイデン大統領がアジア歴訪中の5月23日、中国が台湾に侵攻した場合に米国が軍事的に関与するかという質問に対して「イエス」と回答して、日本国内でも大きく取り上げられました。
これらのことから、政権としては方針変更なしを表明しながらも、バイデン大統領個人の気持ちとしては台湾防衛に傾いているという意見もあります。ロサンゼルスタイムズへの寄稿がどれくらい米国大統領の回答に寄与したかは不明ですが、安倍元首相はバイデン大統領の回答を歓迎していました。
その後、私は今回の選挙に関係した安倍元首相の演説を聞く機会がありました。その中で安倍元首相は、バイデン大統領による「イエス」という回答に言及したのですが、自身の寄稿には全く触れることなく、ひたすら聴衆に有権者として考えて欲しいと訴えていました。
寄稿からバイデン大統領の回答への流れは安倍元首相の成果として主張しても良いはずですが、そのような姿勢が全くなかったのです。ああこの方は自らの名誉や自尊心ではなく、日本とその周辺の平和と安定を本望として日々活動されてらっしゃるのだなと、私は感じました。
日本は安倍元首相という、世界各国の指導者たちにも働きかけられる貴重なリーダーを失ってしまいました。今回の事件は、私自身、悔やんでも悔やみきれません。しかし日本国民がテロをはじめとする暴力に屈した姿勢を、安倍元首相は決して望まないと考え、今回、アゴラに投稿しました。
もし今回の事件の報道に接して心の整理がつかない読者の方がいらっしゃいましたら、拙稿がお役に立ちましたら幸いです。
追記:台湾メディアが今回の事件に関して、安倍元首相の寄稿に言及した記事を掲載していました。
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大田 位(おおた ただし)
所属・肩書:社会人。日本に関連しそうな海外記事が好き。