軍需産業はどのような経済効果をもたらすのか(藤谷 昌敏)

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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

政府は、防衛予算を2023年度から5年間の総額を43兆円程度とすることを閣議決定した。過去最大の増額で、現行5年間の計画から1.6倍となる。中国が軍事力を急速に拡大する中、敵の基地を攻撃する反撃能力を整備するほか、弾薬やミサイルの確保など継戦能力を強化する。

また、同期間に計画する装備取得と施設整備にかかる総計は43兆5,000億円と現計画の2.5倍となる。このうち27兆円が5年以内の支出分で、残りの16兆5,000億円は分割後払いとして28年度以降に繰り越す予定だ。

防衛費増額の主な内訳は、次のとおり。

  • スタンドオフ防衛、0.2兆円から5兆円に(巡航ミサイル「トマホーク」取得など)
  • 統合防空ミサイル防衛、1兆円から3兆円に(イージス艦2隻など)
  • 無人装備、0.1兆円から1兆円に(攻撃用・多用途・対空型UAVなど)
  • 領域横断作戦、3兆円から8兆円に(護衛艦12隻、潜水艦5隻、F35戦闘機65機など)
  • 機動展開・国民保護、0.3兆円から2兆円(輸送船8隻など)
  • 指揮統制・情報関連、0.3兆円から1兆円(電子情報収集機など)
  • 持続性・強靭性、6兆円から15兆円(弾薬確保など)

そして、これらの防衛費増額の影響は、関連産業に安定した受注や増加をもたらし、これまで経済的に割に合わないとされてきた防衛産業全体に大きな経済的効果を及ぼすと考えられる。

例えば、かねてから戦闘機などの生産を手掛けてきた「三菱重工業」、ロケット関連の「IHI」、航空機を扱う「川崎重工業」、管制システムなどを納入している「日本アビオニクス」、銃メーカーの「豊和工業」、火薬を取り扱う「細谷火工」、各種装備品を扱う「石川製作所」などがある。

また、防衛関連品を扱ってきた商社、例えば航空機関連装備品などを取り扱う「丸紅エアロスペース」、航空機や電子機器を納入してきた「三菱商事」、防衛装備品を扱う「伊藤忠アビエーション」、「住商エアロシステム」、「三井物産エアロスペース」、「双日エアロスペース」などに対する受注増加が予想される。さらに戦闘機は約1,100社、護衛艦は約8,300社が生産に関わっている(防衛省より)。

特に防衛産業から撤退の方針を表明していた、装甲車などを製造してきた「コマツ」、新型機関銃を製造していた「住友重機工業」、航空機用ディスプレイなどを製造していた「島津製作所」、油圧機器大手の「カヤバ」、艦船メーカーの「三井E&Sホールディングス」などを再び防衛産業に呼び戻せる可能性が出てくる。

GDPに貢献する軍需産業

兵器生産は通常、政府が主導する分野であり、莫大な資金が投入される。政府が兵器生産に予算を割き、国内の軍需産業を育成することで、経済に大きな影響を与える場合がある。兵器の研究開発や製造には、多くの人が関与しており、関連する多数の産業が活性化する可能性がある。

実際、戦前の日本のGDP(当時はGNP)は、1913年に約15億円、1929年には約61億円となり、世界恐慌による影響を受けて1932年には約41億円に減少した。その後、戦争による軍需生産が進み、GDPは上昇した。1940年には約97億円、1941年には約110億円、1942年には約143億円、1943年には約192億円、1944年には約219億円、1945年には約165億円となっている。

しかし、戦争終結後は、生産設備の破壊や経済資源の枯渇などにより、GDPは急激に減少し、戦後における日本の経済復興は多大な困難に陥った。本土の軍需産業が徹底的に破壊され、陸海軍が解体されたことで、戦後の復興に軍需産業は大きく貢献することはできなかった。

その間、世界では、朝鮮戦争(1950年)、キューバ危機(1962年)、ベトナム戦争(1964年)、湾岸戦争(1990年)など、多数の国際紛争が起き、アジアやアフリカを中心に内戦や動乱が頻発した。こうした情勢の中、世界の主要国は、軍需産業を育成し、多数の武器が製造され売買された。

各国の武器の生産量は軍事機密のため正確な数字は不明だが、武器ビジネスにより、主要国の多くが経済的に潤ったことは間違いがない。

それでは、軍需産業にはどのような経済効果があるのだろうか。

  1. 軍需産業は、軍事関係のみならず民間の技術革新の推進力になる。例えば、AIや情報通信技術が格段に進歩することで、無人航空機や高性能兵器が開発される。こうした技術は民間分野にも応用され、医療や自働車、旅客機、高速鉄道などにも活かされる。
  1. 軍需産業の発達により、雇用が創出され、失業率が下がる。地元民の収入が上がり、教育施設も充実する。軍需産業のすそ野は広く、例えば武器の材料メーカー、部品の供給、工場で使う道具や衣服、冷暖房器具、食料などの産業も活性化する。
  1. 兵器を生産しても自国のみではコストを抑えることは難しいが、外国に輸出することでコストを大きく下げることができる。世界最大の武器輸出国である米国をはじめ、中国、ロシア、フランス、韓国、ブラジルなどは武器ビジネスを大きな収入源としている。

軍需産業活性化の問題点と防衛費増加の必要性

反面、軍需産業が活性化するといくつかのデメリットがある。

  1. 武器を輸出することが他国の紛争を助長するおそれがある。武器を輸出して紛争を煽り、紛争が終結すると武器を別の国に売る、いわゆる「死の商人」に利用される負の効果がある。
  1. 軍事機密のベールの中で、不法な取引や横流しなどが行われる可能性がある。政治家や官僚、民間企業との癒着が生まれ、賄賂や天下りが行われる。一部の軍事産業が独占的に支配して、他の新規産業を参加させないなどの不正が行われる。
  1. 武器の生産などで国際的な共同研究や開発が行われると、高度な軍事技術の流出や大量破壊兵器の拡散が懸念され、広範な監視や規制が必要となる。

ここまで防衛費の増額と軍需産業活性化のメリット、デメリットを考察してきたが、単なる経済的なメリットに限らず、防衛費の大幅増加と防衛産業の活性化は必要不可欠だ。日本周辺には、自国の覇権を拡大しようとする中国、ロシア、北朝鮮などが存在しており、東アジアの平和と安定のためには、日本の軍事的な貢献は今後ますます必要とされるだろう。

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。