問題先送りに過ぎないAIJ問題・民主党検討チーム案 --- 鈴木 亘

アゴラ編集部

■公的資金を投入しないと言う看板に偽りあり

AIJ投資顧問による年金消失問題に端を発し、厚生年金基金のあり方について検討を重ねてきた民主党のワーキングチームの中間報告案(「AIJ問題再発防止のための中間報告」(案))が、4月19日に公表された。

これまで、公的年金部分の積立金不足(代行割れ)解消策として、公的資金(税金)の注入や、公的年金の保険料投入が下馬評としてあがり、それに対してマスコミによる批判が行われてきた。しかし、今回の案では税金や保険料による処理を一切考えず、「一切の公的資金による新たな負担は行わない」としたことが特徴である。


その代わりに、代行部分の積立金不足解消を行う中小企業に対して、低利の公的融資や、信用保証を付けることによって取引銀行からの支援を行い、自己責任・自助努力で代行部分を返上させることが提案されている。また、将来的に、代行部分だけではなく、厚生年金基金本体(3階部分)も廃止するとしている。

この中間報告案を、我々はどう見るべきであろうか。

まず、一切の公的資金、つまり税金を投入しないとする看板には偽りがある。一見、税金が投入されないように見えるが、実際には、巧妙に隠された形で国民に負担を強いる内容となっている。

第一に、本来であればリスクに応じて高利率でしか貸せない中小企業に対し、日本政策金融公庫が低利率で融資する場合には、その利子の差額分がまさに税金投入となる。貸出先が不良債権化したり、倒産した場合の債権処理も税金によって行われる。

なぜならば、日本政策金融公庫は現在、財投債や政府保証債、財投機関債を発行して資金を調達しているが、低利子や不良債権・貸倒債権が発生すれば、調達金利を支払うことができなくなる。そのために、一般会計から出資金増資という形で税金が投入され、その補てんを行っているのである。

第二に、取引先金融機関が不良債権・貸倒債権を負った際にも、その処理に使われる貸倒引当金は損金扱いとなるので、金融機関が納める法人税が、本来あるべき水準よりも減少すると言うかたちで、実際には国民が負担する。少しわかりづらいが、本来あるべき法人税収が足りなくなるのだから、その税収不足を税金引き上げや国債発行で賄ったときに、国民の税負担が表面化することになる。

また、取引先金融機関の融資に信用保証を付けるとしても、貸倒れた場合の債権処理には、一部税金が入る。債権処理分を埋めるために、金融機関や事業団の保険金が上がれば、やはり金融機関が納める法人税収が減るという意味でも国民負担となる。

第三に、もちろん、代行部分の積立金不足を解消するために、厚生年金基金を持つ中小企業が融資を受けて特別損失を出せば、その分、その法人税収を失うことになる。この分も実際には国民負担である。

「世の中に無料の昼飯はない(“There is no such thing as a free lunch”)」というのは、経済学の最も重要な教えの一つであるが、まさにその教訓通り、公的資金投入をしないとしても、国民は何らかの負担を負っているのである。

■税金・保険料を投入しても迅速な処理をすべき

さて、この民主党案の最大の問題点は、この「見掛け上、公的資金を投入しない」という歪んだ目標を優先しているため、このスキームでは、代行部分の積立金不足が迅速に解消しないと言うことである。

実際、厚生年金基金の4割が代行割れという惨状になっている背景には、各基金に加入する中小企業の業績が悪化し、積立金補てんやその借入元本の返済をする体力が無く、問題をずっと先送りしてきたという構図がある。

この構図は、政府系金融機関が低利で融資をしてくれたところで、さして大きく変わるとは思えず、積立金不足分を金融機関から資金調達して、代行割れ解消を決断する中小企業経営者はそれほど多くないであろう。ある程度の公的資金を明示的に注入したり、保険料に負担を負わせても、経営者に迅速に決断を迫るべきである。

もちろん、モラルハザードが生じないように経営者側にも一定の負担を負わせるべきであるが、代行割れの処理を決断させるためには、民主党案よりも、もっとずっと強いインセンティブが必要である。

厚生年金基金の代行割れの問題は、私には、90年代の不良債権処理問題のデジャビュ(既視感)のように映る。つまり、不良債権処理を延々と先送りしてきたばかりに、日本経済が大停滞し、最終的に不良債権の金額も増加して、結局、その処理には当初よりもはるかに大きな公的資金を要した。先送りのツケは実に高くつくのである。

厚生年金基金の代行部分は、一時的な運用損だけではなく、高齢化による財政悪化という構造的問題があるため、問題を先送りしていては、ますますその積立金不足(代行割れ)は深刻なものとなる。そのため、将来いよいよ行き詰まって、税金投入で処理しようとした場合には、現在よりもはるかに大きな税金を用意しなければならなくなるだろう。

本来、政治家の仕事は、将来の多額の税金投入を避けるために、今、ある程度の税金や保険料を投入する必要があることを国民にきちんと説明して、この問題を迅速に解決することである。現在程度の代行割れであれば、積立金不足は実は2割程度であり、厚生年金に代行部分を戻してもそれほど本体の財政状況を悪化させない。

なぜならば、厚生年金基金の代行部分は100%の積立金を要求されているが、本体の厚生年金自体は、既に積立方式を放棄して、賦課方式となっているからだ。厚生年金は、本来830兆円の積立金を持っていなければならないが、現在、積立金は約110兆円程度しかないので、87%の積立不足状態にある。厚生年金基金の比ではない「大代行割れ」を起こしているのである。

すなわち、いくら代行割れでも、厚生年金本体よりは、厚生年金基金ははるかに健全な財政状況なのである。今のうちに、代行部分を返上してもらえば、例え100%の積立金にしなくても、まだ傷は浅い。問題を先送りして、元本割れがもっと深刻になってから、厚生年金に戻されるよりははるかにマシなのである。

■厚生年金基金3階部分の廃止は筋違い

ちなみに、民主党案が、厚生年金基金の代行部分だけではなく、3階部分まで廃止するとしていることも、問題の本質をはき違えているとしか思えない。公的年金である代行部分と、3階部分は峻別して考えるべきだ。代行部分は国の責任であるから、きちんとした処理を考えなければならないが、3階部分は企業年金であるから、基本的には企業の自主的な運営に任せるべきである。国が強制的に廃止させる等と言うことは、国のやるべき範囲を超えた筋違いという言うものだ。

どうも、民主党がやっていることは、相変わらず問題の本質を外しており、なんでも先送り体質で、実に困ったものだ。野田政権になって、政治主導の看板を下ろして、官僚を味方につけている分、その手口が巧妙化しており、ますます困りものなのである。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2012年4月21日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。