2023年の宗教界で特筆すべき出来事は岸田政権が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に解散命令を請求したことだろう。宗教法人法上の解散命令の要件となっている「法令違反」は本来、刑罰法違反に限られ、民法上の不法行為は含まれないが、岸田首相は世論の圧力に屈して、その法解釈を修正し、強引に統一教会の解散命令を請求した経緯がある。
ところで、「日本のローマ・カトリック教会も解散命令の請求を受ける要件を満たしている」という声が聞こえるのだ。
日本のカトリック教会を含め、世界のローマ・カトリック教会は聖職者の未成年者への性的虐待が多発し、教会への信頼が急落、特に、欧米教会では教会脱会者が増えている。そして聖職者の性犯罪は刑法犯罪だ。その件数も1件、2件ではなく、数千、数万件だ。
平信者の高額献金を理由に憲法で保障された「信教の自由」を無視して旧統一教会の解散命令を請求したが、岸田政権は日本のカトリック教会に対しても解散命令を請求できるのだ。なぜなら、聖職者の未成年者への性的虐待は信者の献金問題と比較するまでもなく重犯罪に属し、刑法の対象に該当するからだ。
もちろん、欧米教会で聖職者の未成年者への性的虐待が多発しているとしても、日本のカトリック教会で聖職者の性犯罪が発生していないならば、日本教会の解散命令といった事態は考えられない。しかし、残念ながら、日本のカトリック教会でも欧米教会と同様に聖職者の性犯罪は起きているのだ。
最近では、河北新報が12月20日、「宮城県内のカトリック教会の男性司祭から性的暴行を受けたとして、仙台市青葉区の看護師の女性(70)がカトリック仙台司教区などに計5100万円の損害賠償を求めた訴訟は20日、仙台地裁で和解した。和解条項によると、司教区側は女性に謝罪し、解決金330万円を支払う」と伝えている。
同紙によると、「女性は1977年、気仙沼カトリック教会の男性司祭から性的暴行を受け、2016年に教会側の窓口に被害を申告。司教区側の第三者委員会が同10月にまとめた報告書は『(性的被害が)存在した可能性が高い』と結論付けたが、司祭の責任は問わなかった。司教区側の代理人弁護士は取材に『被害があった可能性が高いと判断した第三者委の調査結果を受け止め、謝罪する』と述べた」というのだ。
また、フランシスコ教皇の訪日(2019年11月)前、月刊誌文藝春秋でルポ・ライターの広野真嗣氏は「“バチカンの悪夢”が日本でもあった!カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している。児童養護施設「東京サレジオ学園」でトマス・マンハルド神父から繰り返し性的虐待を受けた被害者が語った内容は非常に生々しい(「法王訪日前に聖職者の性犯罪公表を」2018年12月28日参考)。
上記の2例は、約45万人の信者しかいない日本のカトリック教会だが、聖職者による未成年者への性的虐待が過去、発生していたこと、その性犯罪がこれまで教会側によって隠蔽されてきたことを明らかにしている。
日本のカトリック教会司教協議会は2019年、フランシスコ教皇の強い要請を受けて、日本における「聖職者による性虐待の実態調査」を実施し、その結果を翌年3月に公表した。それによると、「2020年2月末日の時点で、全16教区ならびに全40の男子修道会・宣教会、55の女子修道会・宣教会から回答を得た。その結果、聖職者より性虐待を受けたとされる訴えは、16件報告された」という。ちなみに、加害者側の聖職者の所属について、教区司祭(日本人)が7件、修道会・宣教会司祭(外国籍7件・日本人1件)が8件、1件が不明(外国籍)という。
ただし、同調査報告は「性犯罪は、暗数の多い犯罪でもある。とくに教会という密接なかかわりをもつ共同体の中での性犯罪は、被害者が声を上げることがより難しい。公的機関での公表件数然り、今回の調査においての該当件数も、言葉にできた勇気ある被害者の数であり、氷山の一角にすぎない。今もなお声を上げられない人がいる可能性は大きく、性虐待・性暴力全体の被害者の実数は把握しきれない」と述べて、被害件数の実数は16件よりはるかに多いことを示唆している。調査期間を広げれば、被害件数は少なくとも3桁台になると推測されているほどだ。
聖職者による未成年者への性的虐待が多発する背景について、欧米ではカトリック教会の機関的欠陥(例・独身制の義務)を指摘する宗教学者もいる。いずれにしても、岸田首相にとって日本のカトリック教会に解散命令の請求を出す要件は十分満ちているのだ(「日本教会にもあった聖職者の『性犯罪』」2019年2月16日参考)。
岸田首相が「旧統一教会とカトリック教会を同一視することはできない」と説明するならば、「法の下に全ては平等」という基本原則を無視することになる。ましてや、憲法でも明記された「信教の自由」の原則からみても、岸田首相の対旧統一教会政策は正当性に欠けているといわざるを得ないのだ。
幸運なことは、岸田首相の周囲には麻生太郎副総理がいる。彼はカトリック教会の信者だ。岸田首相は麻生氏に「カトリック教会の解散」の是非について相談できる。麻生氏は日ごろ、「礼拝に参加するより、ホテルのカウンターに座ってグラスを傾けるほうが好きだ」と、ダメ信者ブリを披露してきたが、岸田首相の暴走に対し、「信教の自由」の重要性について助言できる立場だ。
岸田首相がカトリック教会に解散命令の請求を出さなければ、旧統一教会に解散命令の請求を出したのは、法的な根拠はなく、反旧統一教会のメディアと世論の圧力に強いられた結果だと首相自身が認めることになる。岸田首相は論理的には既に破綻している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。