英国EU離脱の混乱には希望がある。

英国のEU離脱を決めた国民投票の結果で世界中の市場が大混乱となり、「市場寄り」の立場の人からはほぼ例外なく「愚民どもが!」的な苦々しい反応が溢れていました。

しかし私個人の正直な感覚では、こりゃ結構「希望」を感じる(イギリスにとっては勿論世界の他の国の人間にとっても)出来事でもあるなと感じているので、それについて書きます。

私個人は投票前日まで、「まあ残留するだろうな。でもここで残留すると、イギリスは過去数百年のように特殊な世界的影響力を持った国ではなくなって、”普通の国”になるしかなくなるだろうし、長期的に見てそれが彼らにとって良いことかどうかはわからないな」と思っていました。

なので、離脱決定のニュースには驚くと同時に、「お、イギリス国民結構やるじゃん、男前だねえー」という感じがしました。

言っておくけど私はアメリカのトランプ旋風は嫌いだし、欧州大陸の国々でくすぶってるちょっとネオナチっぽいいわゆる「右派ポピュリズム」みたいなのも嫌いです。が、今回のブレグジットはそれらとは随分違う印象を感じるんですよね。

端的に要約すると、

「ア ンチ市場主義」はそれ自体が単なる極論として「異議申し立て」されると「一理どころか百理ぐらいあるかもしれないが受け入れるわけにはいかない事情も人類 にはある」が、今後イギリス政府という老獪さの塊みたいなプレイヤーがEUと交渉を進めていくことで、「実利と理想」を漸進的に導入していく力になるので はないか?

というようなことです。もっと端的にいうと、

異議申し立て人がテロリストならマトモな交渉は全然できないが、相手がイギリス政府なら交渉できる。それによって、極論同士の罵り合いを超える漸進的な合意形成が可能になるかもしれない。

ということです。

目次はこうです。

1●本当にイギリスにとってめっちゃ悪手かどうかはわからないぞ?

2●ブレグジットがもたらす人類へのポジティブな希望

3●まとめ

1●本当にイギリスにとってめっちゃ悪手かどうかはわからないぞ?

本題に入る前にちょっと脱線かもですが、今回の決定はイギリスにとって「経済的に最低の悪手」だというのが常識みたいになっていますが、そこのところも少し疑ってもいいように私は感じています。

と、言うのも、「狭義の意味で合理的」なことばかりやっていることがトータルに見て「合理的」かどうかはわからないことも世の中には多いからです。

色んな、「見た感じ明確なマイナス面」はあるんですよ当然ね。EU単一市場へのアクセスの問題。色んな書類仕事が増えて障壁が増えるからロンドンの金融市場の存在感も減るという話。

ただ、こういう「大きくマクロに見て因果関係を考えた」話が、やってみたらそれほどでもなかった・・・ということはよくあります。

通貨安になったら輸出は増える・・・と言われてたけど案外増えなかったよねとか。金融緩和をすれば物価は上がる・・・と言われてたけど案外上がらないよねとかね。

なんでこうなるかというと、こういう「超マクロな因果関係」が具現化する経路はいわゆる”非線形”というか、「ある閾値を超えるかどうかが重要な階段型の変化」だからなんだと思います。

要するにその通貨の信任が「明らかにこいつらヤバイぞ」って思われるぐらい緩和したら当然物価は上がる(というか通貨が破綻するというか)んだけど、それまでの段階では人々はそこまで考えて生きてないという話ですね。

なめらかな線のグラフが引ける比例関係ではなくて、どこかでガツン!と変化する階段状になっている。

そ んな感じで、イギリスとEUとの越境商取引に関しても、そもそも上手く交渉すれば今とさほど変わらない条件で妥結できるかもしれないし、多少は見劣りする 条件になったとしても、その他のプラス面でトントン(官僚主義の大陸欧州でウルサイこと言われるよりは、やっぱ色々ほっといてくれるロンドンがいいよねと か)なら、それほどの悪影響はないかもしれない。(油断してちゃダメで、問題を最小限に食い止める真剣な交渉がこれから必要というのは当然の話ですが)

だから、「悪影響は最小限に、そして今までかかってたストレスはサヨナラ」になれるかもしれない。

こういう時に、「横並びではない本当の優位性」ってのが出るんですよね。全部のプレイヤーが同じ条件でやってるかと思ったら、実は月とスッポンを同列に扱っていただけだったということが白日のモトにさらされる。

中 小企業の場合横並びの価格がどんどん叩き合いになってってる市場において、「どれだけサービスをプライド捨てて安かろう悪かろうにできるかレース」みたい になっている時があって、でもその時に「堂々と値段をあげられるかどうか」が起死回生に大事だったりすることがあります(大企業だと競合との状況が世間的 に可視化されすぎているので色々と難しいんですが)。

いわゆる「みんなと一緒の条件」で叩き合いになる市場からどれだけ逃げられるかが大事ってことね。

で、 例えば何かの値段を10%上げるというのは売り手側としては全然違う余裕が生まれるぐらい大きな変化なんですが(特に利益率があんまり高くない事業だ と)、その時に経済学の教科書みたいに10%あげたらキレイに線形に10%分比例して売上が落ちるわけじゃないんですよね。

むしろ、真剣に準備して哲学を持って値上げをすると、むしろ”個数で見た”売上すら上がったりすることがある。(つまり10%値上げしたんだから売上金額で見て10%程度のゲインがあるのは当然ですが、”個数”で見ても上がることがあるということ)

要 するに、値上げするにしても、考えもなしに値段を上げまくったら一気に客離れする地点というのは階段状にあるんだけど、その「階段上がる手前」で、しかも 「こういうサービスをちゃんとやるにはこの金額が必要だからこの値段にします」というような真剣な哲学を持ってあげることは、むしろブランド価値に繋が る・・・というような構造があるんですね。

お前のクライアントみたいな中小企業と、兆円単位の売上がある国際企業や国レベルの話を一緒にするなよ・・・と思うかもしれませんが、私は国でも同じことはあると思います。

通貨安になったら輸出があがって・・・というような単純な因果関係が「実現するはず」と思ってたら違うことがあるように、EUとの間の色んな障壁が復活するとロンドンは大ダメージなはず・・・と思ったら案外そうでもなかったということは充分ありえる。

今金融市場的には大混乱ですけど、あれは「ショックがあった時に資産をどの形で持っているかによって大損食らったりするゲーム」をやってる人たちなので、神経質にならざるを得ないからああなっているわけで。

そこから少し離れて長期的な影響だけを見ると、案外「そんなにマイナスじゃなかった」ということは充分ありえると思っています。”ありえる”と言ってるだけで”絶対そうだ”とはとても言えないバクチなのは確かだと思いますが。

実際、今回の投票前には、色んな「イギリスの有名人」が「俺は離脱派」とか「俺は残留派」とか表明していましたが、まあミック・ジャガーがお気楽に離脱支持なのは当然としても、英国のビジネス関係者の中にも結構離脱派はいる印象でした。

それも、市場が混乱するほど儲かるFX市場のシステム作ってる会社の社長が離脱派なら「まあそりゃアンタはね」と思いますが、「あの掃除機のダイソン」の社長が離脱派支持というのはなかなか意外な感じがしますね。

要するに、「明らかにあるとわかっているマイナス面」は真剣に対処すれば回避できる可能性があるが、一方で「色々とムカついてたんだよね!」的なことがスッキリすることの効果が、回り回ってプラスの影響力をあちこちに及ぼしていくことがあるんですよね。

それに、「長期的に信頼されるブランド」というのは、創業期に「世間的に見ればソンかもしれないけど、これじゃなきゃ俺らじゃないよねという決断」を継続してしていることが多いですよね?

そういうのが全くなくて「狭義の合理性」のお化けみたいな感じで成長していくと、その事業の独自性がない「誰でもできることをたまたま今はうまくやれてる」感じになりがちだし、世間的な深い信用が得られずにちょっとした逆境で潰されてしまったりする。

もっとミクロに個人レベルの例でいうと「大企業にそのままいたら安泰だったのになんでわざわざ独立したりすんの?」みたいな話だと考えてみるといいかもしれません。

実際、今回のイギリス人の決断で世界中が「ぎゃあああ」ってなってるわけで、これはある意味で「英国というもののパワー」を世界に知らしめていると言っても過言ではないですよね(笑)

イギリスは、GDPの数値で世界の中で何%、EUの中で何%とか言い出すとたいした大きさじゃないわけですけど、こういう「ガッツ」をたまに見せることで世界中がイギリスに注目せざるを得なくなるという選択肢・・・これはそんなに「悪い決断」ではないと思います。

むしろ、(投票やり直しの書名が100万件集まったり してるそうですが)こんだけ世界中を混乱させた今となってからやっぱり残留したとなると、「あいつらはいつも口ばっかり自分は特別と思って振る舞うけどい ざとなったら日和ってしまう奴ら」みたいな扱いになって、長期的にイギリス発のブランドが持ちうるパワーの源泉が大きく毀損してただろうとさえ思えてきま す。レッド・ツェッペリンもピストルズもオアシスも結局口だけ達者な奴らだったんだねみたいになる。

2●ブレグジットがもたらす人類へのポジティブな希望

・・・・という前置きを書いた上での、今回の事件のより広い、人類全体とかそういう意味での影響のポジティブ面について考えてみたいんですが。

アゴラは文字数が厳しいので、二回に分割して掲載させていただきたいと思います。次回が来る前に今すぐ読みたいあなたはブログでどうぞ。

倉本圭造

経済思想家・経営コンサルタント
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